2.転生者のお仕事
時計が恨めしい。
っていうか、太陽が恨めしい。
むしろ、一日の長さが恨めしい。
「……限界。マジ限界だ……」
丁度一番太陽が高くなったころ。
それが最近の俺にとっては地獄の時間の始まりだった。
机の上に常備しておいた水入りの瓶を傾け、透明なガラスに透明な液体が満たされる。
百パーセント、水道水。
浄水器を通さなくても綺麗な水がこの街の売りだ。
だがきっと俺は、この綺麗な水に殺される。
そろそろ俺、水中毒で死ぬわ……。
おかしい。
前世病死した俺は、今度はちゃんと老衰で死のうと決意したはずだ。
せめて老衰で苦しまずに死んでやると。
……けどどうだ。
今の俺は前世よりも惨めな死に方をしそうじゃないか。
仕事もあるし、
ちゃんと金もあるし、
屋根付きの家もあるんだぞ。
だけど。
「ぐぅ……腹減ったぁ……」
エコデから一生昼抜きの刑を言い渡された俺は、翌日から本気で昼抜きと言う罰を与えられていた。
世界史上類まれに見るトップクラスの男の娘・エコデから与えられた、いわれのない暴力である。
しかも今日は午前診療と言う、最悪の事態。
仕事をしていればそれでも空腹は紛らわせるもんだ。
だけど、何もしないとなると、俺は真正面から空腹を戦わねばならない。
最悪だ!
ああ、こうなったらもう、満腹中枢を刺激する魔法を使って誤魔化すか。
チート能力の使い方を間違えてる気もするが、下手に物は食えない。
それこそまた、エコデに冷たい目で見下される。
それはそれで悪くないけど。
下手すると、三食抜きだな。
それはそれでエコデが居る意味を見失うしなぁ。
せめて神経を混乱させておくのがベストだな。うん。
「よし!」
気合を入れて、診療室の机の上を適当に片づけスペースを作る。
集中するにはある程度の空間がいるからな。
肘をつき、両手を組んでそこへ額をつける。
居眠りしてる奴か、どこかまじめそうにものを考えてるか、あるいは神様に祈りを捧げてるような姿勢。
ちなみに俺は、神に説教することを心に誓っている。
あんなふざけたアンケートは俺が改訂する!
絶対にだ。
それはさておき。
さて、空腹消去の魔法を……
「先生、何してるんですか?」
「うおあぁぁぁっ?!」
飛び上って驚いた俺を見つめる若草色の瞳と目が合う。
吃驚したようで、目を丸くするエコデ。
「な……脅かすなよ、エコデ……」
安心から息を吐きだした俺に、エコデは申し訳なさそうな顔をする。
それだけで保護欲を駆り立てるのは相変わらず卑怯だ。
「で、どうした? エコデ」
「あ、えっと……」
目を伏せて視線を彷徨わせた後、エコデは意を決した様子で顔を上げる。
「午後は休診ですしっ、出かけましょう、先生!」
マジか。
空腹の俺に更なる地獄を与える気かエコデよ。
その鬼畜さに、俺は涙が出そうだ。
この世界に転生して初めて流す涙が、飢餓のためとはな。
「美味しいクレープ屋さん見つけたんです。甘い物好きな先生にも食べて欲しいなぁって」
ああ、クレープな。
エコデ、甘いもん好きだしな。
女子並に。
……ん?
食べて欲しい?
「俺も食していいのですか、エコデさん」
「先生言葉が変です」
くすっと可憐に笑って、エコデは頷いた。
「反省したみたいですから、許してあげます」
ああ、今エコデがマジで天使に見える。
俺を地獄に突き落としたのと同じ笑顔だったけど。
◇◇◇
診療所は水曜と日曜日が休みだ。
金曜日が午後休診。一応働く人々のために、土曜日は一日開店で対応している。
土曜日に開いてることの有難さは、俺も良く分かってるしな。
まぁ、問題は土曜にやってくる連中の三分の一が二日酔いってところだ。
明日もその土曜日がやってくる。
石畳の舗装路をエコデと並んで歩きながら、俺は全速力でクレープ屋に駆け込みたい衝動を抑えていた。
エコデは診療所では某アイドル風の衣装を着ている。
外は自由にしていいと、俺は思ってるんだけどな。
だがどうして、今着ているのはクラシックロリなんだろう。
意味が分からん。
男と言う自覚をどっかに捨ててきたんじゃないだろうか。
……それはそれで心配だ……。
今度、エコデのカウンセリングが必要だな。うん。
「あ、先生あそこです」
くいっと袖を引いて前方を指さすエコデ。
馬車行き交う道路の脇道に立ち並ぶレンガ造りの建物の間に、ちょこんと可愛らしい看板が見えた。
白とピンクのいかにもふわっとした雰囲気の……
「ひゃあ?!」
気付けば俺はエコデの手を引いて猛ダッシュをかけていた。
「一番高カロリーで、一番ボリュームあるのを一つ!!」
「は……はい」
引き攣った表情で何度も頷く店員。
まるで強盗にでも入られたかのような怯えっぷりだ。
ぜぇはぁ息を切らしながら注文を終えた俺は、俺以上に苦しそうなエコデを見やる。
まぁ、歩幅が違うもんな。仕方ない。
時速80キロを超えた気もするが気のせいだ。
「エコデはどうする?」
一呼吸で息を整えた俺はエコデに問いかける。
だがエコデは苦しそうに息をしながら首を横に振った。
どうやら、要らないらしい。
何で俺を誘ったんだろう、エコデは。
謎だ。
ふう、と深く息を吐いて、ようやく落ち着いたエコデは鞄から財布を取り出す。
俺の稼ぎは全てエコデが管理してくれるシステム。
「もう……先生ってば、子供みたいです」
清算しながら、エコデはそう笑った。
それが俺の今日の昼食だ。
加減なんてするか!
と突っ込みたいのを堪えて、俺は黙って完成品が出てくるのを待ち構える。
暫くして、それはやってきた。
「お待たせしましたー。ショコラ&チーズケーキストロベリー鬼盛り生クリームチョコでーす」
たった一つのクレープだが、俺のここ数日の一日摂取カロリーを越えていた。
通常、ぐっしゃぐしゃのべしゃべしゃになるという恐ろしいダイエットキラーのクレープを、俺は一ミリたりとも汚すことなく、綺麗に平らげる。
くだらないことに能力を使ったとは言わせない。
俺は日常生活でしかチートな能力は使わないと心に誓ってるからな。
もしもそれ以外で使うとしたら、あの自称神のじーさんのアンケートを書き換えるときだけだ。
それとマジでヤバいとき。
先ほどまでのように、飢餓で死にそうなときとか。
「うん、美味かったー。満足したぁ」
「よかったぁ」
ぱぁっとそこが花畑なんじゃないかと錯覚を起こしてくれそうな、エコデの笑顔に俺は頷き返す。
まぁ、鬼畜天使のエコデだけど、それなりに気を使ってくれてたのは知っていた。
朝食多めだし、夕飯は早めにしてくれてたし。
でも昼食抜き! という状態は続けたという悪魔っぷりだったけど。
「じゃあ、買い物してから帰るか。折角出てきたし」
「はい!」
嬉しそうに頷いたエコデの頭をくしゃっと撫でて、俺たちはクレープ屋を後にする。
後で聞いた話だが、あのハイカロリー鬼畜メニューをぺろっと平らげた俺を、店員たちは影でグラトニー≪暴食の悪魔龍≫とあだ名していたらしい。失礼な奴らだ
◇◇◇
買い出しでの俺の役目は基本的には荷物持ちだ。
後はエコデに意見具申。
今週はあれが食べたいなー、みたいな。
基本エコデは全部聞いてくれて、その上で栄養バランスを考えてくれる。
とても良く出来た助手だ。
断じて嫁じゃない。
妹ならいいけど。
「うーん、どうしようかなぁ」
フリルでレースな衣装を風に遊ばせながら、エコデは並ぶ野菜と睨めっこ。
そんなエコデを見ていた店主の鼻の下が伸びてる。
病気だな。今度縫い付けてやろう。
俺は少し後ろからエコデの背中を眺めていた。
ああ、平和っていいな。
満腹だし。
……ん?
気配を辿って視界を巡らせると、その子は居た。
人並みの真ん中で、泣いてる迷子。
茶色のベレー帽が目につく、エコデよりも年下の少年だった。
「……しょーがないな」
ちらっとエコデを見やる。
まだ真剣に八百屋で格闘していた。
今のうちだな。
エコデに気づかれないように、そっと踵を返して、俺はその子へと歩を進めた。
傍まで歩み寄っても、目を擦って泣き止む様子はない。
まぁ、それもそうだよな。
「……おい坊主」
俺が声をかけると、その子はぱっと顔を上げた。
目を真っ赤にして、泣き腫らした顔。
俺は思わず苦笑して、ぽすっとベレー帽を潰す様に頭に手を置く。
「もう泣くな。今送ってやるから」
きょとんとした目を俺に向けてくるのが、何か可愛い。
俺、小さい子って結構好きなんだよな。
ぴっとその子の額に指で触れる。
ふわっと微かに風が舞って、その子は見る間に霞んでいく。
じっと俺を見上げたその子は、くしゃっと笑った。
――ありがと、おじさん。
「誰がオジサンだ」
反論すると同時に、完全に視界から消える。
俺はふっと口元に笑みを浮かべて、空を見上げるとぽつりと呟いた。
「もう迷子になんなよ」
死んでまで迷子なんて、悲しすぎるからな。
日常では絶対使わないチート能力だけど。
俺は、この能力だけは惜しみなく使う。
一応は、こんなんでも御子認定されてるからな。
エコデは知らないだろうけど。
「先生ー?」
やべ、エコデが迷子になったら、本末転倒だな。
戻るか。
両手に重そうに袋を持ったエコデが、若干泣きそうな顔で俺を探していた。
「先生ぃ、どこですかぁっ」
俺が案内してあげるよ、だの、一緒にあっちで待とうか?だの、ナンパ野郎どもに声をかけられても、エコデは無視だった。
どうやら頭が俺を探すことで一杯らしい。
可愛いやつめ。
でも昼飯抜きの傷は深いからな。
「帰るぞー、エコデ」
割と遠くから声をかけると、エコデはぱっと俺を見つけた。
流石獣耳。耳だけはいいな。
嗅覚は人と同じレベルらしいけど。
「先生ぃーっ!」
ぱっと駆け寄ってきたエコデの頭をわしゃわしゃ撫でる。
くすぐったそうに身を縮めたエコデは何か犬っぽい。
「ほら、荷物貸せ。持つから」
こくんと頷いてエコデは買い物袋を俺に差し出す。
受け取ってみて分かったけど、これ結構重いし。
買いすぎだろ、エコデ。
2週間分はあるぞ……。
「帰りましょ、先生っ!」
嬉しそうに笑いやがった。
……何も言えなくなるじゃねーか……あざといな、こいつ。
でもまぁ、一週間で刻み込まれた昼食抜きのトラウマで、俺は逆らえなくなってるんだけど。
マジで、食べ物の恨みは怖いな。
いや、何か違うな。
ま、いいか。




