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無希望転生物語。  作者: 翡翠しおん
2/22

1.無希望だけど無気力じゃない

 朝日が昨日まで降り続いていた雨の名残をきらきらと反射する。

 洗い流されたような空気が、景色をより透明に見せるよう。


「先生起きてくださーい。朝ですよー」


 そんな朝の空気を取り込むために、窓が片っ端から開けられる。

 若干寒い。

 一年の半分が寒いこの場所で、窓を開けるなどある種の拷問だった。


「……エコデ、寒い。閉めてくれ」


「駄目です。朝です!」


 ベッドの脇に立って、見下ろす姿はいつ見ても可愛い。

 空色の髪に、あどけなさを残した顔立ち。

 でもって、獣耳。

 こんな可愛いのが朝起こしてくれる俺は幸せ者なんじゃないだろうか。


「先生ってば!」


 ぼーっと眺めていた俺を、エコデがゆさゆさと揺する。

 朝から容赦なく。

 気持ち悪くなるほど。


「わか、わかった! エコデ分かったから、気持ち悪い……」


「あ! ごめんなさい、ごめんなさい先生っ」


 おろおろとし始めたエコデを手で制しながら、俺はやっと体を起こした。

 外気に触れた肌が思いっきり粟立つ。

 寒っ。

 見れば、エコデは困り果てた様子で、不安げな表情を浮かべていた。


 苦笑して、俺はベッドから抜け出るとエコデの頭にぽん、と手を置いた。


「着替えたら行くよ」


「あ、はい」


 ほっとした様子でエコデが表情を和らげる。


 ぺこりと頭を下げて、ぱたぱたと足音を引き連れて出て行ったエコデ。

 それを俺は見送ってから、エコデの開けた窓を即行閉める。

 寒い。

 マジ寒いからな、エコデ。

 勘弁してくれ。


「……っはー……それにしても、4年かぁ」


 ため息をついて、俺は着替えを出しにクローゼットに手をかけた。


◇◇◇


――俺がこの世界に放り込まれて、4年が経過しようとしていた。


 新しい名前は、リリバス。

 年齢は現在23。

 外見はまぁ多分、普通。


 あの謎の神様が俺に与えた能力はいわゆるチート系能力。

 そこらの山なら本気を出せばひと吹きで爆発するし、

 デコピンひとつで城が吹っ飛び、

 俺が呟けば、基本的にはすべて願いが叶っちゃうらしい。


 うわー、すげー興味ねー。

 が、最初の感想。


 まぁ、役立ったのは無駄に良い記憶力くらい。


 今じゃ、王都から三つ離れた、そこそこ発展してる街の片隅で医者をやっていた。


 ひっそりと構えた診療所には、俺とエコデの二人だけ。それなりに、やっていた。


 そう、それなりに、なんだけどな。


「あー……そろそろセーター買い換えたいなぁ」


 希望した転生ではないけど、それなりに俺は真面目に生きようと頑張っていた。


◇◇◇


 エコデは診療所に住み込みで働いてくれている貴重な存在……というわけでもなく。

 諸事情あって、今は俺の手伝いをしてくれている。


 炊事洗濯、基本的には全ての家事を一人でやってくれているのは非常にありがたい。

 お陰で、俺は仕事以外はゴロゴロと過ごしても生きていける。


 ……そりゃあ、たまにはエコデの手伝いもするけど。


 手際が悪すぎて、エコデが一人でやった方が早いのが事実。

 だから買い出しに付き合って、重いものを持つのが俺の主な役割だった。


 適材適所ってやつだ。うん。

 今目の前に広げられた栄養バランスが整った食卓は、エコデでなければ用意できない。


「……先生、またぼーっとして。あと一時間もしたら診療所開けますからね!」


「ああ、うん。考え事してた」


 考え事? と首を傾げたエコデに、俺はしみじみと頷いた。


「来月のエコデの衣装どんなのにしようかと」


「……先生」


 にっこりと微笑むエコデ。

 おぉ、眩しい。眩しいな、そのスマイル。


「次そんな事考えてたら、お昼抜きにしますからね!」


 怒っても可愛いんだからエコデはずるいと思うのは俺だけじゃないはずだ。


◇◇◇


 診療所の開店は一応10時。

 夜間応対も一応してるけど、基本急がなければこの時間で十分だ。


 白衣を羽織って、欠伸をしながら俺は診療室の机に頬杖をついていた。


 左から差し込む光があったかくて、丁度眠くなる……


「先生寝ちゃ駄目ですからね」


 開いていた扉からエコデが釘をさす。

 真面目な可愛い助手にひらひらと手を振って生存を伝える。


 ちなみに、エコデは診療中も白衣は着ない。

 ていうか、俺が着させてない。


 今は前世で俺が死に際流行していた某アイドルっぽい衣装を着させている。

 月一で注文するのが俺の唯一の楽しみ。

 エコデからしたら、地獄の一瞬らしい。


 いや、面白いからやめないけど。


 からんからーん、と扉についたベルが来客を知らせた。


「……あー、来たかぁ」


 のそっと体を起こして後頭部を掻いていると。


「エコデさん今日こそ結婚を前提にお付き合いをお願いいたしますッ!!」


 待合室から聞き覚えのある大声が聞こえ、俺はやれやれと立ち上がった。


 診察室から続く待合室へ出ると、エコデに跪いて一輪の花を差し出す甲冑男がいる。

 正面にいるエコデはおろおろと視線を彷徨わせている。

 それが駄目なんだけどな、エコデ。


「俺は心の病は見ない主義だ。帰れ」


 問答無用で甲冑男を蹴倒す。

 もちろん手加減してるって。

 本気で蹴ったら、下手すれば惑星一周して戻ってくるし。


 がっしゃん、と音だけは激しい。


「今怪我したし?!医者の暴力反対!」


「うっせ。帰れビクサム」


「うぐぬぬ……」


 よくわからない反抗心の目を向けてきたこの甲冑は相変わらず反省してねーな。


 こんなのが城壁の門守ってるとは、警備に不安を覚えなくはない。


「大体、診療所に来るのに仕事着のまま来るなよ。重たそうでこっちが疲れる」


「ドクターに会いに来たわけじゃないから問題ない」


 ふふん、と得意げに腕を組むビクサム。

 ちなみに鎧の下は自慢の筋肉が存在し、街行く女性一同が噂するほどの美形らしい。

 らしいが、俺とエコデにはどうでもいい情報だった。


「……というわけで、エコデさんっ!」


「だ、だから困ります!」


 慌ててエコデは俺の後ろへと回りこんだ。

 おお、今日の俺はすっごい役得だな。


「ほら、エコデが嫌がってるだろ。帰れ帰れ」


 しっしっと手で追い払うも、ビクサムは今日も帰る気がないらしい。

 野犬のごとく俺を睨んでくる。


 それは一般人相手なら怯えて逃げ出すだろうけど。

 人生達観した俺には効かねーからな? うん。


「そこらの女の尻でも追いかけてろ。エコデのじゃなくて」


「先生! 何卑猥なこと言ってんですかっ!」


 助けたはずのエコデが背後から怒鳴る。

 今日はよく吠えるなぁ、なんて若干感心するほどだ。


「おいエコデ。俺は一応助けてやってるつもりなんだが?」


「僕、先生の事見損ないましたからね!」


 全然聞いてねーな……。

 よほど頭に来たのか。しかしまぁ、何でそこまで怒るかね、エコデは。


「エコデさんっ、そんな下劣な男とではなく、私と一生を共にしま……」


「それはお断りします!」


 断言した。

 がっくりと肩を落とすビクサム。

 その落ち込み方は、同情するぞ、ビクサム……。


 まぁどうせ明日忘れて来るんだろうけどな。

 とぼとぼ出て行くビクサムの背中を心の中は同情一杯で見送る。


 ナイスファイトだったぞ、ビクサム……


 ふぅっと背後で息を吐いたエコデ。

 こいつ、もしかして計算してやってんのか?


「おい、エコデ」


 首を巡らせると、俺の二の腕くらいまでしかないエコデが顔を上げる。

 一応咎めておこうと口を開きかけた瞬間、


「僕は、先生と一緒じゃなきゃ、嫌ですからね」


「…………」


 落ち着こうか、俺。

 上目づかいごときで騙されるな。

 エコデの常套手段じゃないか。

 ここは一発、ビクサムの心理的ダメージについて説教を……。


「先生?」


「わーかってるよ」


 くしゃっと頭を乱暴に撫でると、エコデは小さく悲鳴を上げた。

 若干嬉しそうなのは気のせいだ。気のせいじゃないとおかしい。


「ちゃんと受付の仕事してるんだぞ」


「はぁい」


 満面の笑みで応えたエコデに俺は深く頷いた。


 踵を返してすたすたと診療室に戻って、椅子に座り……


「すまん、ビクサム……仇は俺には討てなかった……」


 頭を抱えて心の底からビクサムに懺悔した。


 つくづく、恐ろしい男だな、エコデは……。


 史上最強に可愛い獣耳属性持ち……それがエコデだ。

 外見上は絶対に分からない。分かった奴に会ってみたい。


 身長145センチ。

 体重を計測しようとしたら本気で切れられた。

 何でだ。男同士でそこ気にするのかあいつは。

 謎だ。謎過ぎる。

 空色の柔らかい髪に、新緑のくっきりした目。

 ついでに肌は白いし、基本的に線が細い。

 ちなみに指先が超綺麗。


 でも、エコデは正真正銘の男だ。

 いわゆる、男の娘ってやつだ。


 まぁ、俺にとっては可愛い妹みたいなもんだけど。


 診療所にやってくる野郎どもの半数はエコデ目当て。

 しかも性別分かってないから可哀想になるときもある。


 ビクサムにもいい加減教えてやるかな。

 あいつが事を起こす前に。


「先生、聞いてくださいっ!」


「うぉあっ?!」


 ぼけっとしてる間に、いつの間にかエコデが患者を通していた。

 見ればさめざめと泣く女がいる。


 こいつ、また来たのか……


 年齢は大体30代後半。街中の大手出版社でバリバリに働いてるいわゆるキャリアウーマンと言う属性。

 華美でもないが見合った化粧をしているのだが、今現在は完全に崩れている。

 ハンカチが黒いぞ……。

 いいのか、女子としてそれで……。


 若干勢いに気圧されている俺の視界の隅で、青が過る。

 エコデが俺と患者のためにお茶を出してきたのだ。


 エコデと、泣いている女を思わず見比べる。

 ……負けてる。負けてるよ……誰だっけ。


 左手でカルテを漁ろうと手を伸ばし……その手にエコデがカルテを渡す。

 流石に慣れているだけあって、頼りになる。

 向けられた笑顔さえ武器なのがネック。


 さておき、名前だけをさらっと確認。


 ああ、そうそう、レイラだっけ。

 カルテを机の上に置いて、レイラを見据える。


「で、今日はどういう振られ方を……」


「振られたなんて言わないで頂戴! 気にしているのにぃぃ」


 藪蛇だった。


 レイラは年の割には若く見えるが、どうやら仕事と違い、恋愛が苦手らしい。

 というか、毎度振られてやってくる。

 しかもどいつもこいつも駄目な男にばっかり引っかかってるんだから、救いようがない。


 ちなみに俺の能力で何とかできなくもないが、しない。

 レイラの性格上、また駄目な輩に引っかかるのが落ちだ。


「元気出してください、レイラさん」


 傍らにいた一番言われたくない相手が口を開いた。


 ぐっと握り拳を作って胸の高さに持ってくるエコデ。


 あー、アイドルっぽいなぁ。

 衣装にぴったりだ。流石エコデ。そしてそれを選択した俺。


 レイラはぐしゃぐしゃになった顔を上げて、エコデを見る。


「レイラさんにはもっと相応しい人がいるんだと思います!」


「何度そう思い込んだか分からないわ……!」


 わっと更に声を上げるレイラ。

 うん、それは俺も思った。

 この間も同じこと言って励ましてたもんな、エコデ。


 やれやれ、と俺は頭を振ってぽん、とレイラの肩に手を置いた。

 言っとくが、俺は医者だからな。

 やましい感情じゃあない。


 レイラは恐る恐る顔を上げ、俺を見やる。

 正直、レイラは綺麗な部類だとは思うんだけどな。


「レイラは、笑ってればきっともっといい男が寄ってくる」


「でも……」


 言いかけたレイラの目の前に、一輪の花を差し出す。

 さっきビクサムが置いてったやつだ。

 結構綺麗な大柄の白い花。


「とりあえず、仕事場に花飾るところから始めてみたらどうだ?」


「え……」


「レイラに似合うと思うし」


 ぼっ、と音が聞こえそうなほど一瞬でレイラが顔を赤くした。

 あれ……俺また変な事言ったか……?


「あ、ありがとう……先生」


 そっと俺の手から花を受け取って、レイラは可憐に微笑んだ。

 そうそう。そうやって笑ってればいいのに。

 後は変なのを選ばなきゃいいだけだ。


 ぺこっと頭を下げて、嵐のような泣き女レイラはエコデと共に診察室から出て行った。

 後は会計済ませて帰るだけだ。


 ああ、俺メンタルカウンセリングって苦手なんだよなぁ……。

 レイラがまた来たらメンドクサイな……。


 椅子の背もたれに体重を預けて天井を仰いでいると、傍らに負のオーラを感じた。

 ぎょっとして目を向けると、死んだ魚の目をしたエコデがいる。


「な、何だ? どうしたエコデ」


「……レイラさんから言付けです」


 声まで死んでるし。何かあったのか?


「……先生今度デートしましょうね! だそうです」


 滅茶苦茶棒読み。

 しかもデートって、レイラ……相当疲れてるのか。可哀想に。


「そうか。時間作ってやらないとなぁ」


 再び天井を見上げると、ぼそりとエコデが言った。


「先生、お昼抜きです。決めました」


「え? ちょちょ、何で?」


 慌ててエコデを見やる。

 何故か涙目。


「抜きったら抜きですっ! 先生なんて一生お昼抜きですっ!」


 そう叩き付けて、エコデはぷいっと背中を向けて出て行った。


 ぽかんと口を開けてエコデが出て行った扉を見つめる。


 今日はまた、エコデの機嫌が悪いな……俺なんかしたかな。

 深いため息をついて、俺は天井をまた見上げる。


 昼抜きかぁ。

 きついな。

 流石にそれは、マジきついです、エコデさん。


「先生、患者さんです」


「ひぃっ?!」


 地獄の底から響いたような声に、俺は背筋を正す。

 扉の向こうから顔を覗かせていたエコデが、見えた。


「……先生、分かってますよね?」


「なな、何が……?」


 にっこり微笑み、エコデは怖いトーンで告げた。


「次は、お夕飯抜きですからね」


 何が怒りの琴線かは不明だが。

 俺は前世でみたことのある赤べこのごとく首をぶんぶんと縦に振った。


 満足げに笑ったエコデが患者を呼ぶ声がする。

 それを聞きながら、俺はそっと息を吐き出した。


 全く、年頃の子供はよくわからない。

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