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無希望転生物語。  作者: 翡翠しおん
10/22

9.予定通りと予想通りの女達

「あー……眠いぃ」

言いながら、ぐでっと机に伏す。何かゆるキャラに居そうな感じで。人気でないかな。

そーしたら、グッズ販売で一儲けできそうなのに。

午後三時。そろそろ患者がちらほら現れそうな時間だ。眠い目を擦り、欠伸を堪えているのも結構きついなぁ。

がらが、がーん!

どこの馬鹿だ! 扉の強度も無視して勢いよく開け放ったのは?! ぶっ壊れたら修理費でまた家計が圧迫されるだろうがっ!

すっくと立ち上がり、俺が診察室の扉を押し開けると、

――ごぉん

と鐘の音が響いた。

見れば床でのびている、甲冑の額部分が無惨にへこんだ奴がいた。俺は思わず溜め息。

「またお前かビクサム。朝来たろ。断られたろ。帰れ帰れ」

「か……患者作っといて医者がいう台詞かぁ?!」

あー、なんも聞こえねー。耳遠くなったかなー。

無視の俺にビクサムはぐぬぬ、と唸って立ち上がる。

こいつの素顔ってそーいや見たことないな。興味ないけど。

「お宅の患者が屋上から身を投げようとしてるってのにっ!」

……えぇぇぇ……そういう面倒なことしそうなの、一人しか思い付かないんだが。

「エコデさん、すみませんがドクター借りますっ!」

ぐいぐい俺を引っ張るビクサムは、受付で書類整理中のエコデに声をかけた。

エコデは目を丸くして、首を傾げる。

「ビクサムさん、顔面陥没してますよ?」

そこは突っ込まなくていいぞ、エコデ。

しかも表現がおかしい。顔面は陥没してないから。まぁどうでもいいんだが。

「何か面倒な展開らしい。行ってくるな、エコデ」

「? 分かりました……」

疑問符を頭の上に躍らせながらエコデは頷く。

最近ずっとご機嫌斜めだったが、今日のエコデは機嫌が良い……というか普通まで回復している。

平穏っていいよな。

「代わりと言っては何ですが私がエコデさんをお守りしま」

「あ、いいです」

即答。今日もビクサム撃沈。

なんかもう、可哀想すぎて俺が泣きそうだ。

いい加減エコデの正体を教えてやらないと、ビクサムは真実を知った時に首吊るかもなぁ。

ちらっとビクサムを見やると、何か同情するくらいに落ち込んでいた。

これは真実を知っても同じだな。すまん、ここまで黙っていた俺が悪いんだ。多分。

でも最後まで責任は持ったりはしないけど。


◇◇◇


項垂れながらも、自分の目的だけは忘れていないらしいビクサムは、その場所へと俺を案内した。

大通りから一本外れ、更に迂回した割と静かな商店通り。今は特売セールのごとき喧騒が広がっていた。

「……マジかぁ……」

確かに、その女は居た。

ある時はキャリアウーマン、ある時は不倫女子、ある時はメンタル患者の、レイラだった。

やっぱりな……。

「はは……」

「何笑ってんだよ、ドクター。止めろよ!」

ビクサムにまともな事を言われ、俺としては複雑である。

確かに、レイラは屋上、いや屋根の上に上ってヤバい顔でぶつぶつと何か言ってる。

だけどほら、落ち着けよお前ら。あの家、二階だから。多分打ち所が悪くない限り、助かる確率高いし。地面に衝撃緩和クッションそれだけ引いてたら、問題ないし。

「俺、要らなくない?」

この平和ボケした素晴らしい町では、2階からの投身自殺未遂も大きな事件だ。

いやー、実に平和だな。

「さて帰るか」

「いやいやいや医者が何を言うっ?!」

うーん。言い分は分かるけど、俺、面倒に巻き込まれるの心底嫌なんだが。

「あっ、先生!」

「ドクターのお出ましだ!」

「腐れロリコンドクター!」

「助けてリリバスさん!」

「今日も安くしとくよー」

凄い歓迎を受ける。

……ん? おい、待て誰だ今。 どさくさ紛れにロリコンドクターとか言ったの、前に出ろ。大体、俺はどうまかり間違っても、ロリコンじゃない。

それはエコデが女子だったら七十八歩譲ってそうだと頷いてやろう。

だけど、あれはあくまでも男だ。言うなればショタコンだ。

「俺って……!」

何か自分で思って、凄く傷ついた。がっくりと膝をついて項垂れる俺に、ビクサムがそっと肩を叩く。俺が顔を上げると、目しか見えないビクサムが、ぐっと金属に固められた手で親指を天に向けていた。

「エコデさんの未来は俺に任せろ、ドクター」

反射的に俺はビクサムの顔面を完全に陥没させた。

あ、多分肉体的損傷はないと思うけど。してたらしょうがないからサービスで治療してやるか。

がしゃぁん、と崩れ落ちたビクサムを無視して、俺は立ち上がる。

上を見上げれば、民家の屋上で絶望を呟くレイラがいる。

どうせなら、愛でも叫んでくれ。どっちにしろ聞きたくないけど。

すぅっと息を吸って、俺はレイラへ叫んだ。

「レイラー、とっとと降りてこーい」

驚いた様子で、レイラは下の俺を見やった。

あー、遠目でもわかるほど泣き腫らしてるな。およその原因は分かってるが。

「私はもう終わりよ。もう生きてる価値なんてないんだわ!」

言い返す元気があるじゃないか。流石レイラ。

「そこから落ちても痛い思いして終わりだ。さっさと降りて来い」

「ふふ……うふふふ。その程度の痛みなんて感じる状態の私じゃないわ」

怖ぇ。マジ怖いわ、狂乱状態のレイラは。あの不倫彼氏と別れたか、あるいは現実を見たか。

どっちにしろ終わったんだな。少し俺の肩の荷も下りた。

「何でほっとしてるんだ、ドクター」

「医者には守秘義務があってな……。でも俺、今清々しい気持ちだ……!」

不倫なんてゴシップ黙っとくのは結構きついしな。

大声で叫んで回りたいが、それは我慢だ。非常識です、ってまたエコデに怒られる。

「私にはあの人しかいなかったのに、そうでしょう、先生!」

いや、それは肯定できないな。倫理観を問われたくない。

「この想いが届かないなら、私、消えてしまった方がいいわ……!」

あー、参ったな。全然だめだ。聞こえてない。

……あ、れ?

ふと、屋上にもう一人姿を現す。その姿に、俺は呆気にとられた。

レイラの隣にすっと現れたのは、風もないのに頭をうねらせる女。

「ポアロ? 何でそこにいるんだ?」

「気持ち、よくわかるから」

何の?

首を傾げる俺の周囲はざわついている。

それもそうだ。メドゥーサなんて見たことあるやつの方が少ない。

「ぽーちゃんだ!」

「ポアロっさーん!」

「俺は貴方の石になりたいっすー!」

何か違う。意外と人気者?! 何故に?!

屋上から無表情にポアロはアイドルよろしく手を振っている。

より一層大きくなる歓声。アイドルなら輝く笑顔で応対しろよな。

「ポアロ、降りてこい。ついでにレイラ引きずり下ろせ」

「降りない。迎え来るまで」

「誰が?」

ぴっとポアロは指を指す。

思いっきり俺に。

「何で?!」

意味が分かりませんポアロさん。

「俺はお前の保護者じゃないんだが」

年も多分下だし。て言うか、俺より年長者が世間を騒がせてるのか……若者の手本となる大人がいない社会って何か、寂しい。

「ドクター、エコデさんは俺に任、ご」

ビクサム、お前はもう少し寝てろ。鬱陶しい。

ふう、と溜め息をついて俺はポアロとレイラ、面倒な女達をみやる。

何でこう、俺の回りの女は変なのしかいないんだろう……。

「俺は目立たず、日陰暮らしを愛してやまないんだが……」

「店で暮らすという提案?」

若干目を輝かせたポアロ。何故その結論にたどり着いたのか是非、詳しく聞きたい。

「蛇に絞め殺されるのも、毒殺されるのも嫌なんだが」

「言うこと聞かせるっ」

えぇぇぇ……そこは引いてくれよ……。するとレイラが唐突にポアロの肩に手をおいた。

吃驚した様子でポアロがレイラを見やる。レイラの腕にポアロの蛇が沿う光景。身の毛がよだつ。

あのざらついたしゅるしゅると音を立てる蛇がなければと、何度思ったことか。

そして、レイラは。

「そうね! ここは私達二人して、先生のお宅で暮らさせて貰いましょう!」

「ちょちょちょ、待て待て待て!」

俺とエコデが頑張って生活してるんだぞ? 相手の家計の逼迫について目を向ける能力が欠けすぎだ。ほんとに手に終えない。

「いやぁ、大変だねー先生」

「でも結局オーケー出すんだろうなぁ」

「エコデちゃんも大変ねぇ」

誰か助けろ。

「あらあらあらー、一生に一度のモテ期到来ね、リリバス。でーも!」

またお前か!

「サッチーはロヴィの味方なのよー」

黒い衣装でポアロとレイラの背後へ舞い降りたのは、案の定サチコだった。もう勘弁してくれ。

「貴方たち、甘いわ」

くすっと邪悪な笑みを浮かべるシスターコスプレイヤー・サチコ。

周囲は誰だあのスタイル抜群の美人はと盛り上がりを見せている。

俺としては、正直おぞましい存在なのだが。手を取り合ってサチコを凝視するポアロとレイラは、恐らく何がしかの恐怖感を覚えたのだろう。

正しい感性がまだ二人に残っていたことに、俺は感涙しそうだ。

「リリバスはね、人妻で巨乳が好きなのよ!」

「人前でお前は何をばらすんだ?!」

「徹底的なドM体質なのよ。貴方たちのようなSっ気のない女なんて相手にされないわ」

あ、それは否定しないな。したほうが良いんだろうか。

でも何か周囲の視線が生暖かくなってます。

しかし、何でこういう時に限ってエコデがいないんだ。最低ですねと即行で罵ってくれるはずの存在が。悔やまれる……!

「ほんと、困ったもんだわ。私にも選ぶ権利はあるのに」

……は?

「ごめんなさいね、リリバス。私、貴方みたいな子供には興味がないの」

ひらっと白いハンカチを振るサチコ。

「すみません、サチコさん。貴方が何を申し上げているのか、この私めにも分かる様な懇切丁寧な説明をお願いしてもいいですか」

「あら、照れなくてもいいのよ」

くすくすと笑うサチコは、壊れてしまったんだろうか。俺はサチコのスタイルは認めるが、その他は認めてない。そもそもサチコは存在自体が論外だ。

どうしたもんか、と遠い目で空を眺めていると、俺は名案を思い付く。

古典的に言えば、ぴんぽーんと頭の中で電球が閃く。

「俺、仕事があるから、帰るわ」

くるっと背を向けた俺の背後に、瞬き一瞬でサチコが舞い降りる。

首根っこを掴まれ、流石に踏みとどまる。下手すると首に入って死ぬ。

「逃げるな下衆が」

「いや俺、サチコの事は別にどーでもいいし。レイラはいつもあんなだし。ポアロは多分、恋と飼い主の感覚間違えてる」

「ふぅ……言い訳が下手になったわね。まぁ、良いわ」

何が良いのかぜひ説明して欲しいが、なんかもう絡みたくない。

「ところで、不倫した末に捨てられて投身自殺を図ろうとしてる素敵な現場はどこか教えて頂戴?」

「事件はここで起きてますが」

何故ここにサチコが現れたのか、俺はようやく合点する。相変わらず、怖い女だよお前は……。

「あら、じゃああの二人のどっちかね?」

ぱっと俺を掴んでいた手を離して、サチコは嬉しそうに振り返った。

そして、

「さぁ飛び降りてっ!そして素敵な死体になって頂戴!」

表情をキラキラさせながら手を広げたサチコに、周囲はさーっと物理的にも精神的にも距離を広げた。今日も悪霊を宿して破壊するための物理的器を求めていたらしいサチコに、俺は深くため息をついた。

そのあとすぐに、レイラとポアロが屋上から無事保護されたことは、言うまでもない。


◇◇◇


「残念だわ。実に残念だったわね」

「どうかしたんですか?」

「ええ、素敵な器をね……」

ふう、とため息を吐くサチコにエコデが、苦笑する。

「それは残念ですねー」

「本当にね」

いや、エコデ。サチコがいう器は死体だけど、お前の言う器は皿とかだよな?

本当は納得するところじゃ、ないからな? まぁ、突っ込むと藪蛇だから言わないけど。

「さて、お茶も戴いたことだし。帰る事にしようかしら。あ、寂しがっては駄目よ?リリバス」

「いや、ないから。とっとと帰れ」

「ふふ、そういう事に、してあ・げ・る」

……気色悪いからとっとと帰ってくれ。俺の周りに集まるのは、他人様の家でくつろいで、気色悪い捨て台詞を残して行く変態ばかりだ……。

「面白い方ですね、サチコさん」

サチコを見送って戻ってきたエコデが、せめて俺の救いになりますように。

祈らずには、いられない日々である。


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