君の「好き」はどこにある?
「いやー、お前ってやっぱり綺麗だよなー」
彼女はひとつ溜息を付いた。
また来たよこの台詞、本日何回目だろう、いや今日はまだ一回目かまあいいや呆れた、みたいな視線を彼に突き刺している。カフェでの窓際の席、先ほどまで窓の外に向いていた彼女の視線は横目ながらすでに彼に注がれていた。
彼もその視線を感じ取ったようで苦笑いを浮かべる。
「そんな目するなよ、褒めてるんだからさ」
そう言ってわしゃわしゃと向かいに座る彼女の頭を撫でる彼。周りでゆったりとした時間を過ごしている他のお客さんが色めき立ってしまっているのに、肝心の彼女はむっつりした顔のままで近くにある自分のアイスコーヒーをストローで吸った。実に苦い。彼女はますます顔をしかめた。
「毎回毎回そればっかり言うよね、やっぱり雅私の事見た目しか好きじゃないでしょ」
はっと吐き捨てるように言い放つ彼女。コーヒーの苦みもちょうどちょうど吐き出したかったせいか、いつもより気合の入った吐き捨て方である。
彼はまた苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
間を持たせるためか意識を逸らすためか、手元にある自分のブラックコーヒーを一口啜った。実に苦い。しかし彼は顔をしかめたりはせず、ふっと頬を緩めた。
「俺、もともとブラックコーヒー飲めなかったんだよね。まあ飲まなかっただけかな」
彼はコーヒーに視線を落としながら言った。
彼女は何の話だ興味ないといった素振りでブラックコーヒーをストローで吸った。やはり苦い。彼女は視線を窓の外に送った。
「でもお前がよく飲むからさー。時々家とかで飲んだりしてたんだよな。特にお前の前で『俺苦くて飲めない』なんて言うのも格好悪いし。そういう所は治さないとって思ったんだ」
「……そうだったの?」
いつも無表情でコーヒーを飲むから別に大丈夫だと思ってたのに……。
急に申し訳ない気持ちになってしゅんと落ち込む彼女。アイスコーヒーの中の黒味を帯びた氷が彼女を投影する。
「で、まあたくさん飲んで、だんだん普通に何でもない感じで飲めるようになってきたんだよな……って何の話を俺はしてるんだ……」
彼はふと自分が何の話をしているのかわからなくなってきておろおろしだす。右手が机の上をこつこつと叩いて音を鳴らしだした。
彼が困った時にする癖だ。彼女は彼が立てるこの音が好きだった。困らせるのが好きなどSという意味ではなく。ただ好きだった。眼を閉じてふと耳を傾ける。何か言わなければいけないのかもしれないが、彼もまだ何か話を続けるつもりに違いない。今はその音に聞き惚れていようと思った。
しばしの後、ふっと音が止まる。
「うん、まあつまりだな、見た目が好きなだけの女にそんなに合わせようとなんてしない! お前の好きな物がどんな物なのか知りたかった! お前の心も知りたかったんだ!」
彼女が目を開く間もなく飛び込んできたその声を聞き、やっぱり惚れ直した。
もう一度口に含んだブラックコーヒーは彼女にとって甘すぎるぐらいだった。
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