エイプリルフールだって悪くない
4月1日。今日から新年度である。
高校生になった実感も湧かず、それならもちろん勉強に精を出す気が起きるはずもなく、俺は自分の部屋のパソコンに向かっていた。
最近流行っているブラウザゲームのイベントが近付いているから、それに向けた準備をしなければならない。
夕食(俺の家では20時と決まっている)を食べ終わってからはずっと、ネットサーフィンをしつつそのゲームをやり続けた。
今日はエイプリルフールだから、手の込んだものから3分クオリティまで、さまざまなネタが電脳世界を飛び交っている。
「ふああ……」
あくびがこぼれた。
そろそろベッドに入るべきか。時計を見ると、パソコンをいじりはじめてから3時間以上経っている。
換気のために開けておいた窓を閉めに行こうと腰を上げかけた途端、ガラガラと音を立てて網戸が開き、人影が躍りこんできた。
「誰だ!」
イヤホンを片耳だけはずして、体を窓の方に向けて叫んだ。
可能性は2つ。
夜間を狙った強盗か(もっとも、電気が点いている部屋にわざわざ忍び込む強盗などいないだろう)――あるいは、
「強盗です」
「嘘だ!」
誰何されて名乗る強盗など、いるはずがない。
……しかしこいつ、マスクとサングラスまでしてやがる。ノリノリだな。
「嘘だよ、もちろん。今日が何月何日か忘れたの?」
と、サングラスを取りつつかわいい声でしゃべる女子中学生……じゃなかった、もう女子高生だ。
隣の家に住んでいて、生まれたのも一日違い。小さいころからずっと一緒の……まあ、いわゆる幼馴染。
窓同士で行き来できるのは珍しいと知ったのは、小学校の高学年になってから。
幼馴染補正を除いても、美少女である。少し目つきがキツいのを除けば、パーフェクトと言ってもいい。漆黒の長い髪は肩まで伸ばし、身長は俺より少し低いくらい。細身ながらも出るところは出ている――まあ、着ているのはパジャマなんだけど。ピンク色の。こんな感じで、俺にはもったいないくらいの幼馴染だ。もちろん、成績も学年で五指に入っている。
の癖に、俺みたいなのにこんなイタズラ仕掛けてくるのはなんでだろう。
「4月1日のエイプリルフール、だろ。こんなしょうもない嘘のために使われたマスクがかわいそうだ」
もう俺の部屋のゴミ箱にポイしてるし。後で回収しよっと。
「で、何しに来たんだ? こんな夜遅くなんて珍しいじゃないか」
「えと……それは……その……」
なにやら、ようすがおかしい。
視線を俺に合わせてくれないし、ほっぺが少し赤い気がするし、なんか目尻が潤んでる気がする。
ここは……茶化すしかない。
「えと? 十二支がどうかしたのか?」
「誰がイノシシよ!」
「いや、イノシシとは言ってないんですけど……」
こいつはなんでもとにかく突っ込んでいく癖があるから、それでたまに猪突猛進とかいうことはあるけど。
左耳につけっぱなしのイヤホンから、なんか声が流れてきたので、面倒になってはずした。
「まあ、いいわ」
何がいいんだろう。
俺のベッドに座って、俺の方をまっすぐ見て、あいつは言った。
「今日、あんたと一緒に寝てあげるから。か……かかか感謝しなさいよね……」
と言って、本当に俺のベッドに横になる幼馴染。顔は真っ赤だ。
ちょ、え、えーと、あっと、その、マジデスカ?
「えっと、その、さ、お前今なんて言ったか分かってる? 認識してる?」
「う、うん」
「え、えっと、マジで? マジで言ってる?」
ここまで言って気付いた。エイプリルフールじゃん。バカみたいだ、俺。
「あ、エイプリルフールか。取り乱して悪かった」
「バ、バカじゃないの?」
「バカで悪かったな!」
「いや、そうじゃなくて」
相変わらずベッドから離れる気配を見せない我が幼馴染は、チラリとこちらを見ると、もうひとつ爆弾を投下した。
「も、もうエイプリルフール終わってるんだけど」
「え」
時計をもう一度確認する。0時2分。
そうか、さっきゲームが言ってたのは時報ボイスか。
「で、あんた、あ……あたしのこと……すすす好きなんでしょ?」
戻れるなら、10分前に戻りたかった。"エイプリルフール"という言葉ひとつで、ややこしい人間関係の問題を考えずに何でも口に出せる魔法の時間に。
でも、今はもう4月2日だ。エイプリルフールという言い訳は利かない。
俺は、この幼馴染の問いかけに、真摯に答える義務がある。
「……ああ、好きだ」
俺の幼馴染は、エイプリルフールにかこつけて、少しだけ素直に、自分の気持ちを伝えてくれた。
だから、俺も、幼馴染に対して、少しだけ素直になった。
それだけのお話だ。
……エイプリルフールも、たまには――年に1回くらいなら、悪くない。そう思った。
このあと滅茶苦茶(ry