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ルクセンブルグのDJ  上

作者: 五作

 僕はいまルクセンブルグの駅に立っている。

 構内はバロック様式の建造物で、重厚な歴史を感じさせてくれる。

 周りは深い渓谷と緑の森林におおわれ、澄んだ空気と藍色の空がどこまでも広がっている。この国はフランスとベルギーとドイツに挟まれ、北緯四十九度三十七分、東経六度〇八分に位置する小国で、日本の神奈川県とほぼ同じ面積だ。人口は四十五万人ほどで、世界遺産に登録されたノートルダム大聖堂があるとパンフレットに書いてある。

 とは言っても、パリ見物をしていた貧乏学生の僕が、どうしてルクセンブルグの駅に立っているのか不思議な気持ちになる。


 あれは昨日のことだった。

 エッフェル塔を見た帰り、あまりの暑さに冷たいビールでも飲もうとキョロキョロしながら歩いていたら、うまい具合に居酒屋が見つかった。ドアを開けて中に入りビールを注文すると、すぐに肥ったウエイトレスが大ジョッキを運んできた。

 僕は冷えたジョッキを握ると、いっきに飲んだ。

 すると隣で飲んでいた背の高い男が僕の顔を見てニヤリと笑って言った。

「ボンジュ、ムッシュ、いい飲みっぷりだな、もう一杯どうだ」

「僕は貧乏学生だから、この一杯でやめとくよ」

「おーい姉さん、こっちの貧乏学生さんに一杯やってくれ、俺のおごりだ」

 背の高い男は上機嫌で自分のグラスを僕のグラスに当てると、

「貧乏学生さんに乾杯」

 そう言ってグラスに残っていたビールを一気に飲み干した。

「ところであんた、どこから来たんだ」

「ジャポーネ」

 と、答えたらその男は僕に興味を持ったらしく、身振り手振りで一所懸命にしゃべりだした。

 早口でまくし立てられたので、話しの半分くらいしか理解できなかったが、なんでも隣の国のルクセンブルグでラジオのDJをやっている名前はロドルフ・ハンスと言った。電車で一時間ちょっとで行けるからぜひ立ち寄ってくれと、わざわざ地図まで書いてラジオ局の道順を詳しく教えてくれた。

「オーケー、僕の名前は石田富夫、トミーと呼んでくれ。明日はドイツに行く予定だったけど、通り道だから寄ってみるよ」と、気安く握手をして別れたのだが……。


 いま駅の時計が午前十時をさしている。七時三十分にパリを出発したから、二時間三十分かかったことになる。なにが一時間ちょっとだ、嘘つきDJ奴と少し腹が立ったが、絵ハガキのように美しい景観に免じて許してやろう。

 僕はリュックを担いで駅を出ると、北欧風の街並みを見ながら地図を片手に歩き出した。

 アルム広場まで来て道順を確認するため地図を広げた。

 おや、地図の下に数字が書いてある。860Hz……あっ、そうかこれはラジオの周波数だ。急いでリックの中から小型ラジオを出して860ヘルツに合わせる。ピー、ガー、ピイピイと雑音の入った後に聞き覚えのある声が、間違いない、ルドルフ・ハンスの声だ。どうやらフランスの若者たちのあいだに流行っている音楽をかけると言っているらしい。

 ラジオを聞きながらアドルフ橋目指して歩き始めると、五分たらずで橋の袂へ到着してしまった。この橋は百年以上は経っているだろうか、年季の入った石造りでみごとだ。

 橋の上から下をのぞくと、いっぱいの水が清流となって流れている。僕はしばらく石の欄干にもたれ、絶えることのない清流をじっと見つめていた。

ーーールクセンブルグに立ち寄ってよかった、ハンスにあったら礼を言おう。

 ラジオ局までもう少しと、僕は振り向きざま一歩足を踏み出したとたん、ドスンと人にぶつかってしまった。

「すみません、おけがはありませんか」

 僕が倒れている人を抱き起してみると、十二、三歳くらいの金髪で可愛いおさげをした少女だった。

「大丈夫、けがはなかった」

 僕はポケットからハンカチを出して、彼女のきゃしゃな汚れた手を拭いてあげた。

「ごめんね、川の流れを見ていたら故郷を思い出してしまい、君に気づかなかったんだ、本当にごめんね」

 僕が真剣に頭を下げて謝ると、

「そんなに気にしなくていいのよ、私がもう少し注意して歩いていればこんなことにはならなかったの、私のほうこそすみません」

 そう言って少女は手探りで何かを探すしぐさをはじめた。

 僕は心配になりやさしくたずねた。

「何かなくした物でもあるの」

「わ、私の杖が……」

「えっ、杖だって? も、もしかして君は目が……」

「ええ、六歳のときに目が見えなくなってから杖がないと歩けないの」

 ---何ということだ、目の見える僕が目の見えない人にぶつかるなんて。

「でもね、昼間はぼんやりなんだけど少し見えるのよ」

 僕は足元に転がっていた杖を拾うと、彼女の手にしっかりと握らせた。

 彼女はどこかさみしそうに微笑むと、

「ありがとう、私の名前はシェリー、この先のエーデルワイス学園にいるの」

「ぼ、僕は日本から来た石田富夫、みんなはトミーと呼ぶんだ」

「日本の人? トミー? すてきな名前ね」

「ありがとう、君、いやシェリーはこれからどこへ行くの」

「これからスーパーマーケットへ行って、友達のお誕生プレゼントを買うの」

「お誕生プレゼント……よかったら僕がいっしょに行ってあげようか」

「大丈夫、自分のことは何でもできるから。トミーはこれからどこへ行くの」

「僕はいまからラジオ局へ行くんだよ、ほらこのラジオでしゃべっているディスクジョッキー、たしかハンスと言うんだけどね、昨日パリで偶然にあってぜひ寄ってくれと言われたんだ」

「あら、そのラジオ局ならスーパーマーケットの隣りよ」

「えっ、隣り? なーんだ二人とも同じ方角だったのか」

 はじめて会った僕とシェリーは、アドルフ橋の上でふき出してしまった。

 道行く人が僕たち二人を見て、不思議そうな顔をして通り過ぎて行く。

 僕は背筋を伸ばすと被っていたヨレヨレの帽子を優美に取り、片ひざをついて真面目くさって言った。

「それではプリンセス・シェリー、スーパーマーケットまでトミー奴がエスコートさせていただいてもよろしいでしょうか」

 僕のジョークが分かったのかシェリーは右手を差し出して、

「ウイ・ムッシュ」と笑顔で言ってくれた。

 僕らは友達のように手をつないで歩き出した。

 するとシェリーは機関銃のような質問を浴びせてきた。

「日本はどこにあるの、日本はアメリカより大きい国なの、トミーはどうしてフランスに来たの、いま何歳なの、家族は」

「ま、待ってくれ、そんなに一度にたくさん質問されたら答えられないよ。こうしょう、シェリーが一回質問したら僕が答える。次に僕が質問してシェリーが答える。どう、かわるがわるに質問すると言うのはいい考えだと思わないかい」

「それじゃあ私から質問するね、一番目の質問です、日本はどこにあるのですか」

「うーん、むずかしい質問だな。日本はアジアのはずれにある小さな国で、ここからだとドイツ、ポーランド、ソビエト、中国のもっと先にある日本海という海にある島国なんだ」

「ずいぶん遠いところなのね」

「遠いよ、日本からフランスまで飛行機で十二時間かかるんだよ、さあ、こんどは僕が質問する番だね、いくよ、シェリー・プリンセスは独身ですか?」

「フッフッフ、ウイ・ムッシュ、では二番目の質問をします。どうしてフランスに来たのですか」

「それは僕が大学でフランス語を勉強しているからさ。次は僕の番だね、いいかい」

 ここで少しもったいぶってわざと咳ばらいをした。

「シェリー・プリンセスを好きだという男性はいますか?」

「ノン」

「えっ、いないの、それは残念だ。ルクセンブルグの男どもは見る目がないね、けど心配しなくていいよ、誰もシェリーを好きだという男性が現れなかったら、僕が好きになってあげるよ。こう見えても僕はアランドロンよりも男前だよ」

「フッフッフ、本当かしら?」

「ところでお誕生プレゼントは決まっているのかい」

「ええ、お友だちにはお誕生カードと鉛筆と消しゴムを買うつもりよ。それとロザリー先生にはきれいなブローチをプレゼントしようと思っているの」

「楽しそうだね、邪魔しないからそばで見ていていいかい」

「いいわよ、トミー、こっち、こっちよ」

 話しに夢中になっていたら、もうスーパーマーケットの前に来ていた。シェリーがエレベーターの方へと僕を引っぱってゆく。

「あのね、ここの二階に洋服や文房具があって、お休みの日は必ずここに来るの。だからなにがどこにあるか私ぜんぶ知っているの。ここの二階のいちばん奥の棚に、お誕生カードが置いてあるのよ」

 一所懸命に説明してくれるシェリーは嬉しさを隠しきれず、エレベーターのドアが開くと同時にカード売り場へと直行した。

「ハーイ、シェリー、今日はボーイフレンドとお買い物?」

 年配のメガネを掛けた女性が、こっちに向かって手を振っている。

「あっ、ロザリー先生、紹介するわ。彼は日本から来たトミーよ、こちらはエーデル学園のロザリー先生」

 僕は一歩前に出ると被っていた帽子をとって自己紹介をした。そしてアドルフ橋での出来事をかいつまんで話した。

 そのときシェリーは、僕とロザリー先生をほったらかして買い物に夢中になっていた。

 嬉しそうにお誕生カードを一枚一枚顔に近づけては、ながい時間をかけて品定めをしている。じっと見ていた僕は、こんないたいけな少女の目が不自由だなんてと思ったら、目頭が熱くなってしまった。ロザリー先生に分からないようにそっと涙をふくと、シェリーの目のことを聞いてみた。どうやらシェリーの目は、角膜を移植すれば見えるようになるらしい。問題は角膜を提供してくれる人と、たくさんお金がかかるということだった。

 シェリーは買い物かごにお誕生カードを入れると、つぎはブローチを選んでいる。これはすんなりと決まったようだ、こんどは隣の棚に並んでいる鉛筆と消しゴムを手にとって見比べている。どうやら値段を調べているように見えるが、どちらにしょうか迷っているようにも見える。

 そうか、子供ながらに予算内でプレゼントを買うということは、大変なんだなあと感心してみていた。

 シェリーはがっかりしたような仕草で消しゴムを棚に戻すと、十本程の鉛筆をかごに入れレジへ行った。四ユーロ(日本円にして約四百五十円)を小銭入れから出してレジのおばさんに払っている。

ーーーあれー、たしか消しゴムも買うと言ってたのにどうしたんだろう。そうか、お金が足りなかったんだな。

 僕は片手をあげてシェリーに声を掛けた。

「シェリー、お誕生プレゼントはそろった?」

「ええ、そろったわ」

「それはよかった、じゃあ僕はこれから隣りのラジオ局へ行ってくるよ。帰りにエーデルワイス学園に寄ってもいいかな」

「もちろんよ、みんなで大歓迎するわ、男前のアランドロンさん」

 シェリーと握手をして別れ、外へ出ると隣りのラジオ局から聞きなれたハンスの声が流れてきた。屋上の大きなスピーカーから音を流しているようだ。実況放送ということは仕事中ということか、僕は軽く挨拶をしてから帰るつもりでいた。

 ドアを開けて中に入ると、奥で二十人くらいの若い男女が音楽のリズムに合わせて手足を動かしている。音楽が終わるとガラスの向こう側にいるハンスが軽快にしゃべりだした。

「ハーイみんな、楽しい音楽をたっぷりかけるから、しっかりきいてくれよ。今日はフランス特集だ、ジャズからボサノバ、映画音楽なんでもありだから、君たちのリクエストを待ってるぜ。そうだ、もしかしたら珍客が来るかもしれない。じつは昨日休みだったのでパリへ遊びに行ってたんだ。酒場で飲んでいたら、俺の隣りにみすぼらしい背の低い東洋人が来て、ビールを注文したんだ。そこまでは別にどうってことはなかったんだが、そいつの飲みっぷりのいいことといったらなかったな。俺も負けるくらい喉を鳴らしてゴクゴクと一気に飲んだんだ。だからもう一杯どうだと言ったら、二杯飲む金がないと言うから俺は気前よくおごってやったぜ。そこで自己紹介をして、ルクセンブルグはすぐ隣りだからこのラジオ局に寄ってくれと言ったんだ。ヨレヨレの青い帽子を被って、青いくたびれたリックを担いだ日本人だ。名前はたしか富夫、そう、トミーだ、トミーこのラジオを聞いていたら局へ寄ってくれよ、待ってるぜ。では一曲かけよう、映画音楽から<男と女>」

ーーーなになに、ヨレヨレの帽子に、青いくたびれたリックを担いだ日本人。名前が富夫、トミー……なんだ、僕のことじゃないか。

 人垣をかき分け前に出ると、ガラス越しのハンスに向かって大きく手を振り、自分自身を指差してアピールした。

 ハンスはまさかと言った疑り深い目で、口をあんぐり開けてこっちを見ている。

 僕はルクセンブルグまで一時間ちょっとで来られると言ったハンスに、ガラス越しではあるけれどあえて日本語で怒鳴ってやった。

「やい嘘つきDJ、ここまで二時間三十分かかったんだぞ。ビールをおごってもらわなかったら、お前なんか僕の鉄拳でKOだ」

 すると側にいた二十人くらいの若者がいっせいに僕を見た。

 やっとハンスは僕が正真正銘のトミーだと分かったようだ。

 僕はすぐにDJルームに招かれた。

 ハンスはいまかかっている曲が終わったら話を聞かせてくれと言った。べつに緊張することはなく、酒場で一杯やっているような調子で話してくれたらいいんだと言った。

「ラジオを聞いているみんな驚いたぜ。いま話した貧乏学生の日本人がスタジオに来てくれたんだ。名前は?」

「い、い、石田富夫、みんなはトミーと呼ぶんだ」

 そのあと日本の季節のことや、東京、秋葉原の電気街、京都、金閣寺、舞子、富士山、芸者と名所を案内した。

 ハンスと話していたらラジオ中継をしているという緊張感はなく、二時間はあっという間に過ぎてしまった。リクエスト曲がかかったのを機会に、おいとますることにした。

 ハンスが気を悪くするといけないと思い、その理由をかいつまんで話した。

 ここに来る途中、アドルフ橋で目の不自由なシェリーという少女に会ったこと。いっしょにスーパーマーケットへお誕生プレゼントを買いに行ったら、エーデルワイス学園のロザリー先生に会ったこと。シェリーの目は手術をしたら見えるようになるが、莫大なお金がかかること。シェリーが友達のプレゼントを買うとき、鉛筆と消しゴムを買うはずが小遣いが足りず、消しゴムをやめて四ユーロ払ったこと。

 ハンスはときどき考えるようにうなずき、黙って僕の話しを聞いていた。

「ハンス、君の言うとおりルクセンブルグに来てよかったよ。これからシェリーのプレゼントを買いに行くんだ、それじゃあ楽しい一日を、さようなら」

「ま、待ってくれトミー。君だけシェリーにプレゼントをするなんてずるいな、俺にもプレゼントをさせてくれよ」

「えっ、君もプレゼント? いったい何をプレゼントするんだい」

「目」

「えっ、いまなんて言った」

「目だよ、トミーは言ったよな、手術をすればシェリーの目は見えると」

「でも手術には莫大なお金がかかるんだ、君のプレゼントは無理だよ」

「トミー、簡単にあきらめないでくれ。俺たちには強い味方が大勢いるんだぜ」

「味方が大勢? どこに……」

「いまラジオを聞いているリスナーさ、エーデルワイス学園のシェリーの目が見えるように、基金を作ってみてはどうだろうか。シェリー基金と名づけて一口一ユーロで集めたら、そうだこの国の人口は四十五万だから、その一パーセントの四千五百人が一口出資してくれたら、目の手術費用は出来るんじゃないだろうか」

「ハンス、君はなんて頭がいいんだ。でもそんなに簡単に集まるだろうか」

「心配するなよ、この国の人たちは人情に厚いんだ。もし足りなかったら隣りのフランスやドイツ、ベルギーの人たちにも頼むさ。このラジオ電波はあんがい遠くまで届いているんだぜ」

 あれからまた二時間話し込んでしまった。その間、ラジオ局の電話は鳴りっぱなしだった。スタッフがメモを片手に、次から次へとお礼を言っている。ハンスの放送番組が終わっても、電話はずっと鳴りやまなかった。

 ハンスがニコニコ顔で僕のところへ来た。

「トミー喜んでくれ、かるく三千ユーロを超えたぜ。目標の五千ユーロは一時間もすれば達成だ」

「ほ、本当かいハンス、やったー、やったぞー」

 僕とハンスは抱き合って喜んだ。そのとき不覚にも涙が頬を伝ってしまった。

「おいトミー、涙なんか流して泣き虫だなあ」

 背の高いハンスがかがみこむようにして僕の顔を覗いた。

「やいルクセンブルグ人、お前は日本の法律を知らないな。よく聞けよ、よいおこないをして涙を流すことは、日本国憲法で保障されているんだ。だから僕は法律に従って涙を流しているんだ」

 僕がハンスの顔をにらむと、目が真っ赤に充血して涙が溢れていた。

「俺も日本の法律に従っていいかな」

「いいよ」

 また僕とハンスは抱き合って、二人して涙を流した。

「ハンス、ハンス、取り込み中で悪いんだけこのメモを見て」

 女性スタッフがメモを手渡したので読んでみると、たったいま五千ユーロを突破しましたと書いてある。

「やった、やったぞトミー、手術代が出来たんだ、五千ユーロ集まったんだ」

「じゃあシェリーの目は見えるようになるんだ、よかった、本当によかった。いまからシェリーに知らせてくるよ」

「もうとっくにスタッフが知らせているよ、それに学園の子供たちみんなラジオを聞いていたからトミーのこと知ってるってさ」

「僕これからスーパーマーケットへ行って、消しゴムを買わなくちゃ。シェリーと学園の子供たちにプレゼントをするんだ」

「トミー、俺もいっしょに行ってもいいか。昨日オープンした美味いフライドチキンを食わせる店があるんだ、きっと子供たち喜んでくれると思うぜ」

 僕は消しゴムを一箱買い、ハンスはフライドチキンを山ほど買った。エーデルワイス学園の前に来たとき、重大な失敗をしたことに気がつき足が止まってしまった。

「トミーどうした、顔が真っ青だぜ。体の具合でも悪いのか?」

「う、うん、じつはシェリーの目が見えるようになると、具合の悪いことが一つだけあるんだ」

「なんだって、さっきあんなに二人して喜んでいたじゃないか、具合が悪いなんて……」

「君に言わなかったけど、アドルフ橋でシェリーにぶつかったとき、目が不自由なことをいいことに、ついアランドロンよりも男前だと言ってしまったんだ」

 ハンスは僕の顔をじっと見て、一呼吸おいてから腹を押さえて笑い出した。

 さんざん笑った後に、真面目くさった顔をして言った。

「トミー、なんにも心配することはないさ、こんどはトミー基金を作って、アランドロンよりも男前に成形してくれる医者にかかればいいんだよ。ハッハッハハハ」

 大笑いをしているハンスを見て、学園の子供たちが笑いながら出てきた。その中にシェリーの顔も見える。

「ほらほら笑ってサル顔おじさん、じゃなかった、あしながおじさん」

 僕はムッとしてハンスをにらんだ。

「そんな怖い顔をしていると子供たちが泣いちゃうぜ、それにシェリーの手術はずっと先だろう、そのころトミーは日本に帰っているんだから心配いらないぜ、そうだろう猿顔おじさん、じゃなかった、トミーおじさん」

 言われてみればハンスの言うとおりだった。

「トミーおじさん、笑顔、笑顔、笑って」

 ハンスに言われ引きつった笑いを浮かべて、

「チーズ」と言ってみた。

                                                おわり

  

   

ルクセンブルグには行ったことはありません。ましてや飛行機でパリなど論外です。すべて頭の中の空想ですので、つじつまの合わないところはご容赦願います。

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