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五話「新人研修?(前)」

 「……はぁ? ダイバーになりたいって?」


 メリッサは、素っ頓狂な声が出たことに気がつかず、電話越しに言った。

 さてここでダイバーという職業が世間ではどんな認識なのかを記しておこう。

 ダイバー。潜水機や潜水艇を駆り、主に遺跡に眠る遺産を引き上げて生計を立てる人たちのこと。

 トレジャーハンターとも言われる彼らを見る目は主に二種類。

 それは憧れと、不審である。唯でさえよく分かっていない上に危険な遺跡に入って超文明の遺産を引き上げてくるため、少年少女に人生に疲れた中年まで高い人気を持っている。

 勿論反対の考えを持つ人間も少なくない。政府が干渉しないことは実は新兵器がどうの、とか。墓荒らしと大差ないではないか、とか。

 兎にも角にも、生半可な精神力では勤まらないことは確かである。

 そのダイバーになりたいという人間が身の回りで出てしまった。自分がダイバーであるのだから、世間で言うキラキラとしたイメージで構成されているのではないと知っているわけで、メリッサは電話の向こう側に警告を与えんとする。

 電話の向こう側に居るのは元ダイバーのオヤジ。職業の内容については良く分かっているだろうが、言わざるを得なかった。


 「その子に言ってやってよ。ダイバーって肉体労働と頭脳労働を程よくミックスした過酷な仕事って」

 「なァーに、大したことをお願いしてるわけじゃない。ダイブにつき合わせてどんな仕事なのかを見せてやって欲しいんだ。それくらいお二人さんには容易いことだろう?」

 「あの子………って、いつも部品配達するなり一目散に帰っていく女の子?」


 メリッサは記憶の糸を辿りながら、昔ながらのコード付き電話のコードを指に絡めつつ、自分の部屋の椅子の上で脚を組み替えて窓の外を見遣る。

 今日もいい天気だ。星の軌道を行く大型衛星が小さな雲から顔を覗かせている。

 電話の奥でオヤジさんが小さく笑うのが聞こえた。


 「あいつは男。ついでに年齢はお前と大差ないんだ」

 「悪い冗談ね」

 「免許書送っておくから確認してくれよ、嬢ちゃん」


 言うなり机の上のメリッサの携帯電話が振動する。ボタンを操作して空間にモニターを呼び出すと、免許書と思しき画像が表示された。そこにはセミロングの栗色の可愛らしい女の子が映っている。……が、性別のところには「男性」と記されている。メリッサは目頭を押さえた。


 「ちなみに偽装でも見間違いでもないぞ」

 「……分かった。でも、なんで私たちがこの子に仕事を見せないといけないの? 見せるって言ったってどうすればいいのか分からないし。ってかアンタが見せてやればいいじゃない」


 基本的に敬語を使わない使えないメリッサの強気な口調にたじろぐことなく、オヤジさんの声は言葉を続ける。

 どこからか吹いてきた風がメリッサの部屋の窓を揺らした。


 「俺りゃあもう歳でね。潜るには体が耐えてくれねェ。そこでお前さんたちにお願いしようってことさ。あぁ、報酬に新型の電池をつける。どうだ?」

 「………」


 新型の電池。

 オヤジさんは企業が造る電池を改良したり、遺跡から引き上げた物資で全く違う電池を造り上げたりする。技術力だけなら誰にも負けていない。その電池をくれるというらしい。

 メリッサは、部屋にかけてあったカレンダーを見て予定の確認をすると、指に巻きつけておいたコードを解いて指で摘んだ。

 丁度整備は終わっている。体が不調でもないし、予定も今のところ無い。

 悩みは数秒。

 はぁ、と小さな溜息をつくと、電話を反対側の耳に押し付ける。


 「今度何か奢ってくれたら考えてもいいケド」

 「それよかお嬢ちゃんが水着で悩殺ポーズをだな」

 「死ね。今すぐ死ね」

 「冗談だ、冗談さ。そうだな……近くに出来た美味い店で一杯というので手を打ってくれ」

 「………いいわよ。それで? いつその子は来るの?」

 「あぁ。もう行ってるはずだ」


 屋上からエアバイクの音が響いてきた。

 初めからこのつもりだったなと気がついたのは手遅れで。


 「え? え? なに、どうしたんだよ?」

 「エリアーヌとか言う子がダイバーになりたいって言うんで、私たちの仕事を見せてやることになったの! 今屋上に居るから!」

 「あの子か―――……」


 乱暴なノックが聞こえてきた数秒後、ユトの部屋のドアが開かれた。

 突然部屋に駆け込んできたメリッサに、ユトは驚きを見せながら椅子から立ち上がると、耳につけていたイヤホンを外して、屋上へと足を向ける。

 お昼が終わった後の余韻を楽しむ間も無く、二人は屋上へ続く階段を上がっていく。

 最初にメリッサ。後からユトが続く。

 メリッサが扉を開けると、それほど広くない屋上の真ん中に小型のエアバイクが羽を休めていて、その座席に小柄な人物が乗ってヘルメットを自分の腕に抱いて待っていた。

 セミロングの栗色の髪の毛に、くりくりと大きく潤んだ瞳、そして淡い輪郭の可愛らしい顔。体の輪郭は細く、女の子のようにしか見えない。身長もさほど高くないユトと並んだだけで兄妹に見えるレベル。

 その子――エリアーヌは、二人の姿を見るやエアバイクから飛び降りて、ぴょこんと頭を下げた。セミロングの細い髪の毛がふわりと宙に舞う。

 手には荷物を持っている。


 「こ、こんにちはっ。エリアーヌと言います、よろしくお願いひまふっ」

 「噛んでる噛んでる」


 メリッサは、早速舌を噛んだ相手に苦笑しつつ、ゆっくりと歩み寄っていくと、エアバイクを倉庫へと押していく。

 ヘルメット片手に荷物を背負いなおしたエリアーヌ。

 同じように歩み寄っていたユトは、小柄な身体では辛かろうということで荷物を持ってやろうとする。するとエリアーヌは嬉しそうに荷物を差し出してきた。

 倉庫にエアバイクを入れようとしているメリッサのほうに顔を向けると、風に負けまいと声を張り上げた。


 「先に入ってる!」


 片手を挙げることで応じたメリッサを確認すると、エリアーヌを連れて家の中に入っていった。


 「しっかし、まぁ…………」


 リビングで身を小さくしているエリアーヌを、小動物でも観察するかのような目で見ていたメリッサは、感慨深げに一言呟く。


 「これで同年代。しかも男。世の中には不思議なことがあるものよねー」

 「あはは……こればっかりは仕方ないんじゃないかな」


 紅茶を三人分淹れていたユトは、音をさせない慣れた手つきでそれぞれの前にカップを置く。そして自分のカップミルクとほんの少しだけの砂糖を入れると、一口飲んで唇を濡らす。

 落ち着かないというか緊張して俯いたままのエリアーヌに、ユトは肩をぽんと叩いて見る。

 びくっ。

 体が跳ね上がった。

 ユトは微笑を見せつつ、紅茶の入ったカップを示す。エリアーヌは、紅茶を少しずつ飲み始めた。

 いつの間にか紅茶を全部飲んでしまっているメリッサは、リラックスを隠そうともせずに椅子の背にもたれ掛かかっている。が、すぐに姿勢を直すと、エリアーヌの方に向き直る。


 「仕事を見たいって言うけど、どうやって見るの? 映像だけなら後で送れるんだけど」

 「一緒に乗らせてくれればいいなぁ~……なんて。あの、ダメですか?」


 声も外見も動作も女の子にしか見えないためだろうか。メリッサもやりにくそうである。

 上目遣いの視線に耐えられなくなったのか、むっつりと黙ってユトにバトンを渡すと、今度は自分で紅茶をカップに淹れてちびちびと飲み始める。

 ユトは動揺することなく口を開いた。


 「確認しておくけど、潜水機って二人乗りで………」

 「はい。…………ひ、膝の上に乗る……なら、なんとかいけるかなって」


 メリッサは横を向くと盛大に紅茶を噴出した。

 こいつはなにをいっているのだ?

 そんなコトを脳内で叫びながらゴホゴホと咳き込むと、心配そうなユトを手を挙げて制し、置いてあったタオルで口元を拭って紅茶分を拭き取る。

 確かにこの小柄な体であれば、操縦している側か補助側の膝の上に乗ってもなんとかいけるであろう。居住性が無いといっても最低限は確保されている。難しい任務を行うなら兎に角、潜るだけなら特に支障は出てこない。

 その提案は流石に予想外だったらしく、メリッサは咳き込み、ユトは小さく口を開けて椅子に座っている。

 エリアーヌは、何故か赤面しながらもじもじと指先をすり合わせて。


 「だめ……ですか?」


 首を傾げつつ、ユトに向かって尋ねる。

 男だ。

 男のはずだ。

 ついでに自分はノーマルのはず。そのユトですら心臓の動きがやや早くなるような完璧な女の子の動作と素振り。

 目を合わせているのも一瞬。ユトは、亀が歩くような速度で視線を反らす。

 メリッサは立ち上がると、無言で顎を動かしてユトを部屋の隅まで連れて行くと、声が漏れないように手で壁を作って話を始める。


 「エリアーヌ君、男………よね?

 「あぁ、免許書とか偽装する意味も無いし、男だと思うけど………」

 「私には女にしか見えないんだけど………年齢も子供にしか」

 「うん…………合法なんちゃらというか……」

 「そうだ、いいこと思いついた」

 「なんだよメリッサ」

 「男かどうか、お風呂に入るなりして確認すればいいんじゃない?」

 「は? ナニをバカなことを仰います!? 確認するヒツヨウないってさっき」

 「面白いじゃない」

 「………………」

 「だから、面白いじゃない」

 「………ソレは置いておいて、誰のヒザの上に乗せる?」

 「アンタで」

 「正気デスカメリッササン?」

 「勿論。同年代の男を膝の上に乗せろっての? はい、相談終了っ」


 両手を打って話を強引に切り上げたメリッサの顔はニヤけている。丁度よい悪戯を思いついたとばかりの笑みである。

 対するユトは戸惑いと困惑の表情を隠せずに居る。

 最初と比べて落ち着いてきたエリアーヌは、二人を見てどうしたのだろうと小さく顔を傾けている。

 飛ぶように駆けて椅子に腰掛けたメリッサは、さっそくダイブに関する話をし始めた。


 その後、二人はエリアーヌを連れてポンピリウスの確認作業に入った。

 潜るといっても遺跡の全体像を見るだけということにしたのだが、万が一のことを考えてである。

 エリアーヌはオヤジさんの弟子とだけあって作業速度も手際も良く、失敗もしなかったが、体力だけが致命的に足りなかったという。



 そしてその夜。

 ユトは人生でも指数本に入るピンチに遭遇していた。

 風呂に入るのは好きだ。好きだが、もう一人入ってくるのは勘弁願いたい。

 問題は相手。男ならいいだろうが、外見が女の子の相手ではどうしていいのか分からない。

 メリッサに強制的に風呂に押し込まれた。そして外の脱衣所では誰かがもぞもぞと服を脱いでいる音がしている。衣擦れの音が妙に大きく聞こえた。

 腰にしっかりと巻きつけたタオルが唯一の武器である。ユトは、椅子に腰掛けたまま落ち着かない様子でシャンプー類の位置を直し、タオルの結び目をキッチリとしなおした。

 大丈夫なはずだ。

 そう、相手は男。

 免許書などから考えるに100%男ではないか。まさか公文書偽造もありえない。男だ。正真正銘の。

 第一何をたじろぐ必要があるのか――弟をお風呂に入れるくらいに考えればよい。男同士なら裸の付き合いをしても問題はない。

 やや混乱気味なのは仕方があるまい。

 湯船のほうに視線をやった次の瞬間、風呂場のドアが小さく開いたかと思うと、上半身までタオルを巻きつけたエリアーヌが入ってきた。

 顔を赤らめ、恥ずかしげに両手を自分のお腹に回し、ついでによちよちと不安定な足取りで歩いてくると、扉を閉めた。


 「まずは君からどうぞ」


 そう言うと、ユトはシャワーを相手に渡して自分は風呂場の隅に寄る。

 エリアーヌは、まるで女の子のように上半身をタオルで覆ったまま椅子に座ると、シャワーのコックを捻ってお湯を出す。身体を濡らしていくと、続いて頭も濡らしていき、お湯を止めた。

 なんというか、エロい。そんなことを考えてしまう自分が嫌になった。頭を振って視線を反らすユト。

 濡れて身体に張り付いたタオルが透けているのは気にしない。

 ささっと洗って、身体を拭いて、寝る。

 これだけのことなのだから混乱する必要はない。

 エリアーヌが洗い終わるまで後ろで待機しなくてはならないユトは、腕を組んでおくことにした。ついでに目を瞑って情報を制限してしまう。


 「あのぉ……」

 「ん?」

 「どれがシャンプーですか?」


 他人の家では勝手は分かるまい。そこで目を開けたユトは、タオルがはだけて白い胸元があらわになっているのを見てしまうが、「男だから」と自分に言い聞かせることで男としての尊厳を防御しつつシャンプーを指し示す。

 お湯で生まれる湯気が浴室を覆い始めた。

 シャンプーを取って頭を洗い始めるエリアーヌ。ユトは、自分も洗ったほうが早く終わるのではと考えて、シャワーで身体を濡らすと、シャンプーを手に出して頭を洗い始めた。

 何しろ髪の毛は短い。エリアーヌよりも早く終わるはず。

 爪を立ててがしがしと洗い、シャワーでシャンプーの泡を流す。案の定エリアーヌは長い髪の毛をまだ洗っている。

 ボディーソープを手に取ったユトは、自分の身体を洗い始める。


 「髪の毛長いね」

 「そうでもないです。メリッサさんとかと比べると短いですから」


 自分の体を洗い終わってしまうと、時間が無駄に長く感じられてしまうよう。

 すると、自分ひとりで洗ってとっとと退散するのは空気を読めていないというか、そんな感じの人間になってしまうのではないかという考えが出てくる。裸の付き合いなのだから、時間くらいは合わせようと。

 やっと髪の毛を洗い終えてお湯でシャンプーを流したエリアーヌの後ろに立つと、ユトは手にボディーソープを泡立てて、尋ねんと。


 「洗ってあげるよ。男同士だし、問題ないよね? ……よね?」

 「………はい、もんだい……、ないです……よ」


 エリアーヌはタオルを腰に落としている。

 女性にしろ、男性にしろ、体型は細い。同年代のユトにすら筋肉が確認できるというのに、エリアーヌにはそれがない。女性的な曲線すら見えてきそうだ。

 ユトはあわ立てた手をエリアーヌの肩に置くと、背中をごしごしと洗い始めた。

 時々色っぽい声が聞こえてくるのは気のせいだと自分に言い聞かせつつ、腕を取って広げさせると、傷つけないように慎重に泡を広げていく。

 男とは思えぬほど皮膚は艶やかだったとだけ言っておこう。


 「ほっそいなぁ…………こんなこと聞くのもアレなのかもしれないけど、ずっとこんな感じ?」

 「―――……んっ、ぅ………はい………きんにく……つかないんです」

 「筋トレとかはしてたり?」

 「しても……つかなくて………ユトさんの筋肉羨ましいです」


 腕を洗い終えたユトは、今度は脇腹を擽らない様にしていき、お腹を洗う。そこで手を止める。これ以上下は同性でも無理なのだから。

 俯き加減の体勢で洗われていたエリアーヌは、タオルの結び目を解いて横に置いてしまう。

 背後から見ているユトには見えないが―――その―――ついているのだろう。

 見る気分になれるわけも無かった。

 言葉一つ一つが浴槽に反響してくわんくわんと鳴る。


 「………したもあらってって、言ったらどうしますか?」

 「は? あ、あのね、………俺は君のお父さんとかお母さんじゃないんだから……というかこれ以上は勘弁してくださいお願いします」


 勢いで洗わせられたら堪らない。ユトは、エリアーヌの背中に向かって頭を下げた。

 最後のは冗談だったのか、エリアーヌはくすくすと笑い声を上げてみせ、シャワーで身体を濡らす。


 「ユトー! ご飯できたからちゃちゃっと上がってー!」


 メリッサの声に二人はいそいそと風呂から上がる準備をし始めた。

 明日は潜水機で潜る日。早く寝たほうが自分のためになるのだから。


当時の私はどうかしていました

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