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短編

名前ドロボウ。

作者:

〝名前〟とは、そのものを代用する化身のようなもの。



薄暗く、湿った狭い路地の奥。

生臭いゴミの臭いがそこら中に充満し、路地の中を漂っている。

湿気のせいでコンクリートに生えた苔の上に、真っ白で痩せこけた両足を無造作に投げ出されている。その足の持ち主の上半身は、捨てられた生ごみの中に埋まっている。


死体。


そう思ってしまいそうな状況下、生ごみの中から大きく寝息が聞こえた。

全く起きる気配がないその人間に、ここら辺に群がる野良猫たちが近付き、ちょっかいを出す。音の出す正体に、興味が湧いたのだろう。真っ白な足の指を前足で少し突っつき、ザラリとした舌で舐める。


その瞬間、足がビクリと動いた。

猫の群れは全く動かなかったものが動いたことに驚き、一瞬にして散った。

もぞもぞと動いた人間は、ゆっくりと上半身を生ごみから出した。

ごみや土で汚くなっているが、真っ白だったはずのタンクトップを着て、短パンを履いたその人間はふるふると首を振って頭に乗っていたゴミを払い落す。


汚くボサボサになった肩まで伸びる黒髪、黒ずんだ服、人間は息を吐いて「よっこらしょ」と立ち上がる。

腕も脚も、折れてしまいそうなほど細い。

よたよたと立ち上がった人間は、近くにあった壁に手をつき、ふと呟いた。



「名前を、盗られた」

か細い、少女の声だった。



「だぁからぁ、知らないってばぁ」

真っ黒のパーカーのフードを被った少年が、呆れ気味に声を上げて、小さな体でひょこひょことソファを跳びはねた。

少年の言葉の先には、包帯で右目を隠した青年が椅子に座っていた。

青年は片目を細めると、少年をギラリと睨んで吐き捨てる様に静かに言った。

「お前の嘘なんざ、俺には通じねェ」

「うッ・・・」

少年は跳びはねるのをやめ、ちょこんとソファに座った。

「だって・・・斑鳩(いかるが)も逃がしてるじゃん、いっつも」

「逃がしてるが、いつもじゃねぇな」

斑鳩と呼ばれた青年は、ため息をついて立ち上がる。


「とにかく、だ。俺たちの目的は〝あいつ〟を捕まえて、名前を取り戻すこと。わかってるよな、(ゆめ)

夢と呼ばれた少年は、口をグッと結んで頷いた。



「さて、どうしようか」

ペタペタと裸足で歩いてみるものの、この状況で路地の外に出るわけにはいかないのはいくら〝名前〟を盗られたからってわかる。かと言って、何もしないのでは、腹の虫も収まらない。


自分の脳内にある記憶は、〝名前〟を盗られたときの記憶だけ。

そのときの状況は覚えていない。

ただ盗人の特徴的な身なりと顔、不思議と耳に残る声、芯から冷やす雨の感触だけは、残っていた。


少女は足を止めて、辺りを見回す。

「どこかで、なんとかしたいんだけどなぁ」

どこかに、自分のことを一切訊かずにこの服を洗って乾かしてくれて、代わりの洋服を貸してくれて、ついでにお風呂に入れてくれるようなところはないだろうか。


ないに決まってる。

あまり自分のことには気を使わない彼女だが、この状況で生ごみの臭いがする自分の体を不憫に思ってしまうのは、まだ破片ほど残る乙女心なのではないだろうか。

「いや、違うか」

自分で思って、自分で即座に訂正した。


彼女が探し求める都合のよい場所は見つからない。

なら、無理矢理にでも作る。

見上げた先には、ぼんやりと明かりが見える。明かりの場所は、建物五階ほどの高さだ。建物と建物に挟まれたこの路地、ここら辺の土地の建物は廃墟ばかりと言われているが、これは都合がいい。


「助けてもらおう」

少女は少し体勢を整えると、勢いよく地面を蹴った。

ひょいっと身軽に跳んだ彼女の体は、そのまま勢いよく建物二階ほどの高さまで跳んだ。そのまま建物のベランダのようなところに手をかけると、再び足をそこにかけて跳んだ。


そして、明かりが漏れている窓の近くのパイプに手をかけ、そのままその窓を足で粉砕させた―――・・



斑鳩は一人、コーヒーを飲みながらソファでボーッとしていた。

すると奥の部屋から夢の足音が聞こえる。

ドタドタッと煩わしく走り寄ると、夢は斑鳩の座るソファに頭から突っ込んだ。

「斑鳩ぁ」

「何だ」

「斑鳩ってさ、なんでいつも包帯巻いてるの?」

確かに斑鳩は包帯を巻いている。

片目を隠しているのも包帯だが、服の間から覗くのは全て包帯。

ぬかりない、肌は絶対見せない。見えているのは首と、顔の肌だけだった。


「片目も隠してるしさぁ、手足の指先にまで巻いてるね。お風呂入る時はどうしてるの?トイレとか、まさかわざわざ―――・・」

「黙れカス」

斑鳩はコーヒーを持つ手と逆の手で、フードを被る夢をガスッと殴る。

鈍い音と共に、夢は「あぅぅぅ」と呻き、痛みで手足をばたつかせる。

「ただの、火傷だ」

見られるのは癪だから、隠してる。と続けた斑鳩に、夢は「ふぅん」と納得し、「そうなんだ。てっきりキャラを作ってるのかと―――・・」と続けるものだから斑鳩は再び夢を拳で殴り、舌打ちをした。


パリィィ――――ンッッ!!!


突如、近くの窓ガラスが割れ、破片がそこら中に散る。

突然の破壊音に驚き、コーヒーを噴いた斑鳩は目を見開き割れた窓を見る。


夢に関しては突然のことに驚き、目を開けながら気絶している。

ノミサイズの心臓である。


窓が割れ、人一人入ることができるような穴から真っ白な足が入ってきた。

次に短パン、そして黒ずんだタンクトップ、最後に頭。

あまりに優雅に入ってきたその少女に驚いた斑鳩は、夢を置いて自分だけ充分な距離をとる。

―――・・が、動きを止める。

「くっせェ!!!」


当たり前だ。

少女は数時間ずっと生ごみに埋まっていたのだ、臭いがつくのも無理はない。

「あのう、お風呂に入らせてください」

無表情のまま言った彼女に、斑鳩は呆気にとられながら風呂の方を指差した。

少女はタッタッタッと身軽に走り、指差した方に行ってしまった。


なんだこれ。

いきなり登場して、ガチで風呂に入るつもりなんだろうか。

そして何故窓から登場?

斑鳩は散乱した窓の破片を見て厄介なものが来たものだと悟り、はぁ、とため息をついた。



「どうも、どうも。まさかガチで入らせてくれるなんて、思ってませんでした。こちらから言うのもなんですが、あなた馬鹿ですか」

「いやマジでお前に言われたくねェが」

「このご時世、そんな性格だと苦労しますよ」

「いや、風呂入らせねェと戦闘に入るつもりだったろ、ガラスの破片握ってたぞコラ」

ここは建物の五階の部屋。

そんな部屋の窓から、まるでアクション映画のように登場する人物を見て、一般の人間とは思えない。

戦えば勝てる自信はない。

よって、無駄な抵抗をしないという、安全対策を取ったまでだ。


少女は何故か勝手に斑鳩のTシャツとズボンを着ている、どっから引きずり出したのか。びしょ濡れの髪に被せる様に、斑鳩はそこらへんにあったタオルを投げた。

少女は「でかいな」と呟いてTシャツをまくり、ズボンの裾を折る。

当たり前だ。少女はまだ十代くらいであり、斑鳩はもう二十歳を超えている。

たとえ斑鳩が小柄な体型だったとしても、年下の女よりは大きく在りたいものだ。


「よろしければ飲み物くださいな。ああ、あったかいのがいいです」

「お前、図々しい上に図太いな」

斑鳩は眉を潜め、立ち上がる。

「それにしても、お前・・・なんなんだ」

「なんなんだとは、何がですか?」

少女はソファに座り、自分の家のように寝転がる。


「入ってきたときの異臭といい、年頃の女にもかかわらず汚れ過ぎていることいい、五階の高さの窓から入ってきたこといい」

「異臭は私の体臭ですし、汚れていたのには深いわけが・・・あまり謎の美しい少女を詮索するものではありませんよ。まったく、デリカシーがないですね」

「体臭なわけあるか、生ごみだぞ!!それと、いきなり他人の家に入ってきた奴にデリカシーの説教をされる覚えもねェッ!!!」

まったく無表情を崩さないまま、普通に自分を美しいと言う少女に、つい荒々しい声になる斑鳩。

少女はそんな斑鳩に臆せず、「うーん」と唸った。


「あなたの包帯は、キャラ作りですか?」

「お前もか!!!」

火傷だって言ってんだろうが、と舌打ちする斑鳩を横目に、少女はソファの上で寝がえりを打って手を伸ばした。


「あったかい飲み物ー」

「お前ここ誰んちかわかってるか」

「犬小屋」

「殺すぞ」

斑鳩は湯気が立つコップを少女に差し出すと、少女は体を起こしてコップを受け取る。


「お前、名前は?」

「名前、ですか」

少女はコップの中のお茶を一口飲むと、考える仕草をして―――・・

「謎の美少じ―――・・」

「そうかそうか、そんなにここを追い出してほしいか」

「ただの可愛いジョークじゃないですか。キレやすいんですね、カルシウム取った方がいいですよ」

「誰のせいでキレやすくなったと思ってる?」


それでも、熱くなるのはよくない、と斑鳩は首を横に振ると、近くの椅子に座った。

「んで、本当のところの名前は?」

「人に聞くときは、まず自分から。常識ですよ」

いちいち突っかかるなと思いつつ、前に進まないと自分を宥めて息をついた。

「斑鳩」

「イカルガさんね」

少女はお茶を飲み終わり、コップを机に置くと、再びごろりとソファに寝転がってひょいっと向こう側を指差した。

「向こうの、真っ黒フードを被った少年は?」

夢は未だに気絶して固まっていた。

「夢」

「ユメさん」

「年下にも〝さん付け〟か」

無礼極まりない言動をするくせに、変なところで律儀らしい。


掴めない。


いきなり登場した謎の少女の第一印象だった。

「私の名前はねー」

「ん」

少女は口を開いた。

確かに、自分のことを美しいと豪語するくらいのことはある。真っ白な肌に、真っ黒な髪。やせ細って少し角ばったとこはあるものの、顔も整っている。容姿端麗を人にしたような、そんなガキだった。

「んーと」

「?」

「んー」

「??」

「じゃあ、ノラ猫で」

「〝じゃあ〟ってなんだよ、完全に今考えただろ」

「ううん、ノラ猫でお願いします」

「何でお願いされてんだ、俺。最初っから本名言う気ナシかよ」

斑鳩の言葉に、少女は無表情のまま目を細めた。


「別にね、言う気がないんじゃないんですよ、奥さん」

「誰が奥さんだ、性別変わってるぞコラ」



「ただね、ないの」


何が、とは言えなかった。斑鳩の脳内に、ある昔の記憶が蘇る。

少女は初めて、微笑んだ。

会ってからずっと無表情のままだったために、こいつは表情を作れないんじゃないかと思っていたが、そうでもなかったらしい。

「〝名前〟が、ないの」

そのとき初めて斑鳩は、この少女(自称ノラ猫)が自分たちと同じ境遇だということを知った。



さすがにいつまでも自分の服を着せるわけにはいかない、と斑鳩は外に自称ノラ猫を引っ張りだした。最初は面倒くさいとソファにしがみ付いていたノラも、一応常識は備わっていたようで―――・・いや、人んちの窓ガラスを割っといて平然としている非常識はあるが、そこは置いておこう。

「ノラ」

「はいはい」

「服、なんか買ってこい」

斑鳩はポケットから札束を出すと、ノラに持たせた。


「わぁ、お金持ちなんですね。千円の札束かと思いきや、ちゃんと諭吉でした」

「ぶっ飛ばす」


「行ってきますね、ちゃんとここにいてくださいよ」

「そのまま(それ)持ってどこか行ってくれても構わんのだが――・・」

斑鳩の言葉を最後まで聞かずに、ノラは軽快な足取りで服屋へと走っていった。



「斑鳩斑鳩斑鳩斑鳩いかるがいかるがいかるがいがいが―――・・」


斑鳩の背後から、呪文のように彼の名を呼ぶ夢。

背後に立っていた夢は斑鳩の腰に抱きつき、「うぉぉぉ・・・」と呟いている。

「なんだお前、この世の終わりみたいな顔して。あと最後〝いがいが〟とか言いやがったな、ぶっ殺すぞ」

「あの人誰ッ」

「ノラ」

「名前じゃない、何あの人何で居座ってんの僕が気絶してる間何があったの!?」

「お前の過度な人見知り癖を直す要員だ」

「大きなお世話だよぉぉぉ」

夢は何故か人見知りだ。

人見知りな上に、人に見られたくないらしい。

だから、いつも前髪を長くして、フードを被っている。

真っ黒なパーカーを着ていれば、まぁ目立つわけなのだが。


「まぁ、成り行きでな」

「成り行きで人拾うなッ」

「いやあいつノラ猫だし」

「ふざけてる場合か!!」

うわぁぁ、と夢は両手で頭を抱えた。


「それとな、あいつは俺たちと同じらしい」

「同じ?」

斑鳩の言葉に、夢は目を丸くさせた。

「まさか」

「そう、名前が無い」

斑鳩は頭を掻いた。

「まぁ、名前を探す同志だ。仲良くしろや」

「ぬぬぬ・・・」

「お待たせ」

いきなりのノラの登場に夢は発狂しかけて、斑鳩の背後に瞬時に身を隠す。

ノラはその行動を一瞥し、斑鳩に釣銭と借りていた服を渡した。


「どうもどうも、ここまでしてもらうなんて思ってもみなかったんで、正直あなたの馬鹿さ加減には驚かされますね」

「あれ、おかしい。感謝の言葉がない上に、馬鹿にされてる」

「さて、行きましょう」

斑鳩はノラの格好を見て、眉を潜める。


「何で、このクソ寒い時期にタイツも履かずにミニスカ・・・?上はしっかりマフラーと手袋、上着装備してるくせに。それにお前、脚かどっか悪いのか?」

脚が悪いのか、と訊いた斑鳩の視線の先には手袋に握られている一本の杖。

まるで魔法使いが持っているかのような、木で作られた古い代物。

一体、どっから買ってきたのだろう。


ノラは「ああ、これ」と杖に視線を送ると「キャラ作りです」とさらりと暴露する。


「馬鹿かおまッ・・・」

「冗談ですね」

「てめ・・・」

「いや、別に・・・深い意味はないんですが。なんか、手持無沙汰なので、飾りを」

「それ、キャラ作ってるんじゃなくて?」

「総称すると、そうなります」



びしょ濡れで、靴の中が気持ち悪い。

体が芯から冷えていく―――・・否、体だけじゃない。

心も、冷たい。


ザァ―――・・と遠慮なしに降り注ぐ雫、分厚い雲に覆われた空。

「ああ、もう」なんて呟かれた言葉も、雨の音にかき消される。

疲れ切って、裏路地のごみ捨て場に座り込み、天を仰ぐようにして雨に顔を浴びさせた。


死んでしまっても、もういいのかもしれない。


私は切実に、そう思った。



こんなびしょ濡れ、極寒、最悪な状況の中でも、脳裏に巡る記憶がそれらをかき消す。

悲鳴と、鉄のニオイ。

ああ、なんて。

私は不幸な人間だ。

そう思ってやまない日々。

そのくせ、逃げ出してみてもやっぱり変わらない毎日に、私は絶望した。

「キミは、誰だい?」

ふと、声がかけられた。

雨音のせいで聞こえた空耳だと、私は下を向く。すると再び、その声は聞こえた。

「キミは、誰なんだい?」

バッと顔を上げると、そこにいたのは――――・・ピエロ?

真っ赤な傘を差した、ピエロ。

派手な衣装に、派手なメイク。

被り物を被って、私をじっと見下ろしていた。傘を握った腕を天に伸ばし、ニコッと笑うピエロ。


怪しくて、謎の存在に違いない筈のピエロに、私も笑った。


「私はね、―――・・て、いうの」

「へぇ、いい名前だ」

「そうかな」

掠れる声、叫び過ぎて潰れた喉。

「でもね、私の名前をつけた両親は、私を売った」


華やかな都市の裏側。

都市が発展する一方、能力を持ち合わせない人々が解雇されていく現実が、国民を襲う。有能な人材だけを使い、あとはゴミとして捨てられる。選ばれなかった人々は職を失い、路頭に迷う。

私の両親も同じ。

そして私は売られた。

人身売買が始まったのは、そんな都市の身勝手な解雇が始まって数年後。

その存在を知った両親が、私を売った。もともと私には、ちょっと珍しい能力があった。

能力というか、体質。


重力を弱めたり、重力の向きを変えたりする体質。


重力を弱めれば高く跳べるし、向きを変えて強くすれば力強い攻撃も繰り出せる。使い方次第では、相当な脅威となる能力だった。珍しいから、高値で売られた。


「売られてから、私は生きてなかったの」


買い手が見つかるまで、鎖に繋がれて、漫画やアニメで見ていた奴隷のような仕事をさせられるようになった。

怖い、とは思わなかった。

ただただ、両親に会いたくて。


私を売った両親だけど、両親の温かかった笑顔が、記憶から消えないの。

苦しいんだ。



「じゃあ、僕がもらっていい?」

「・・・?」

「僕の名前は、〝名前ドロボウ〟」

「変な名前」

「ふふ、そうだろう?」

名前ドロボウは笑った。


「名前ってね、自分自身に一生纏わりつく、言わば自分自身の化身のようなものなんだ。つまり、己の記憶そのものなのさ」

「どういうこと?」

「キミ=名前、名前があってこそのキミ、名前はキミの生きた証、つまり記憶」

「よくわかんない、回りくどい言い方しないで」

「名前はね、キミにとって必要不可欠な存在なのさ。だけどキミが、〝生きて〟いないのなら、それは最早必要のないもの、そうだろう?」


名前ドロボウは、変な理屈を口にすると、座る私に目線を合わせてしゃがんだ。



「さぁ、選択して。キミには選択権がある」


手を伸ばし、私の額に人差し指で触れたピエロは、静かに言った。




「――――・・」

私は、なんて答えたのだろうか。



「ノラ?」

斑鳩の声にハッと我に返ったノラ。

「どうした?」

ノラはふるふると首を横に振ると、無表情のままスタスタと歩き始めた。

「なんだ、あいつ」

ノラの先程の様子、何かいつもと違った。

何があったのか。様子が違うノラから、最早何も聞くことができなかった。



「ただいま」


「お前の家じゃねェけどな」

「何を言ってるんですか、もう私はここの一員でしょう」

「どの面下げて言ってんだコラ」

斑鳩はスパンッとノラの頭をスリッパで叩くと、ソファに倒れ込んだ。

「あー・・くそ、疲れた」

夢も部屋に入って、斑鳩が倒れ込むソファの―――・・上を見る。



「い、いッ・・・斑鳩ッ・・・」


「おー、どうした?夢」

「ド、ドロッ・・・ドロボー」

「あ」

夢がそう口にしたのと、ノラが声を漏らしたのはほぼ同時だった。


その瞬間せっかくさっき修復してもらった窓ガラスが、再び粉砕して散った。

斑鳩は跳び起きて、窓の方向を睨んだ。

「やぁ、斑鳩」

ニコリと笑って見せたのは、ノラの脳の片隅で笑う、いつしかのピエロだった。

「ドロボウ、てめッ・・・さっき直った窓が・・・」

「え?何?ごめんねぇ、かっこよく登場したくて」

「ぶっころーすッ!!」

鬼のような形相の斑鳩を軽くいなすと、軽快なステップでノラに歩み寄った名前ドロボウ。夢は「あッ・・・」と声を出すと、ノラに向かって叫んだ。

「そ、その人から逃げて、ノラ!!」

「え・・・」


「その人、変態なの!!」


呆気にとられるノラと、必死に叫ぶ夢。

そして何故か大きなショックを受けている名前ドロボウ、「僕が、何故変態キャラに・・・?」と心の傷を隠しきれないでいる。

「まぁ、変態だとは思っていたけど」

「なんで!?」

ノラの言葉にも、敏感に反応した。が、コホンとわざとらしく咳払いをすると、少し身長の小さいノラに目線を合わせた。

「ねぇ、前に言ったこと、覚えてる?」

「前に・・・」

名前を頂戴って言ったこと?と続けると、名前ドロボウは満足そうに頷いた。


「でも、ドロボウさん。名前を盗ったよね」

「へッ・・・いや?盗ってないよ」

ギョッとした名前ドロボウに、ノラは続ける。

「だって、私・・・名前思い出せなくて・・・昔何があったかも、詳しく思い出せないし」

「ははッ」

名前ドロボウは声を上げて笑った。


「それはね、キミが自分で名前を捨てたんだ」


「自分で・・・?」

「そうさ、でないと辻褄が合わないよ」

何の辻褄かと訊こうとしたが、やめた。

ピエロの顔を見ると、何故か自分の気持ちがわからなくなる。

不思議な感じ。

胸に手を当ててみる。


溢れ出す何か。


訳がわからない、何もわからない―――・・でも、胸の奥底から湧き出る温かくて、冷たい気持ち。

掻き混ざって、ぐしゃぐしゃになって。

涙となって、頬を伝った。


「名前を盗るとね、泣けないんだ」

「な・・・ん、で・・・」

「キミに名前は必要ないかと思って、よっぽど盗ってやろうかと思ったけど、やめた」


しゃくりをあげて、名前ドロボウの瞳を見た。

初めて覗いたピエロの瞳は、夕焼けのような鮮やかな紅色だった。


「キミの名前には、キミの大好きな記憶が詰まり過ぎていた。僕には、そんな名前は必要ないんだ」

「でも・・・もう、ない・・・」

捨ててしまったんだ、とノラが続けようとすると、ピエロは笑った。




「はい、どうぞ」


ノラの額に、人差し指をつける。

ああ、前にもこんなことがあったな、とぼんやりと思っていると、目の前が真っ白になった。



「ただいまぁ、お父さん帰ってきたぞぉ」

「おかえりー!!」

「いい子にしてたかー?」

「うんッ」

「御飯よ、二人とも!」


ああ、あったかい。


こんなに、あったかかったっけ。

こんなに、愛されていたっけ。


目の前の地獄に眩まされ、大切なモノも捨てようとして。

じゃあ一体、自分は何を求めていたのだろうか。




―――・・自分は何故絶望していたのか、こんな幸せな〝名前〟を持っていたのに。



「お前、何しに来たんだよ」

警戒し続ける斑鳩に、名前ドロボウは笑った。

「この子に〝名前(しあわせ)〟を届けに」

「じゃあ俺たちの〝名前〟もついでに置いていけ」

「やぁだよーだ」

舌を出して退散する名前ドロボウに斑鳩は殴りかかろうとするが、名前ドロボウは窓からヒョイッと外に出ると、消えていなくなった。


後に残るのは、びくびくと怯えている夢と、泣きじゃくるノラと、怒りの収まらない斑鳩。

名前ドロボウは何が目的でここまで来たのかはわからない。ただ、名前ドロボウのおかげでノラに表情が出たのも事実。

斑鳩にとっては敵だった名前ドロボウは、ノラにとっては恩人になってしまったのだ。

「あー・・くそ」

本日二度目の悪態。

悪態が向けられた張本人は、足軽に裏路地を去っていった。


「はぁー」

ゴシゴシと袖で涙を強引に拭ったノラは、地面に座り込んだ。

「よかった」


―――・・さぁ、選択して。キミには選択肢がある。

静かにそう言うピエロに、私は笑った。


―――・・ごめんね、ピエロさん。私はまだ、私でいたいみたい。


しっかり、断っていた。



何が〝よかった〟のかわからない斑鳩と夢は、訝しげな顔でノラを見ていたという。

ノラの言葉の真意を、知るときは訪れないのだが。




「結局、何て名前だったんだよ、お前」

「え?そりゃ、謎の美し―――・・」

「いやもういい」

ノラのこの性格は、生まれつきだったらしい。


悪ふざけをしましたすみません。

もうあとのほう面倒くさくなって文章も話もズタズタですが…

もうこれは謝るしかないですね、マジすんません。


この話を続ける気力はないので、短編とします。

気が向いたら、斑鳩と夢、調子に乗って名前ドロボウについても書けるかな…


一つ言っときます

名前ドロボウは変態な顔をしているだけです!!

きっと誠実です!!



ということで、よいお年を(おい)

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