死にたがりの赤ずきんと気の長い狼の迂遠な関係 - ゼロ
『ゼロ。』
授業中の教室を抜け出すと、耳鳴りがした。
教室では、偉そうな上がり調子の教師の声が、結構耳障りだったものだけど、もうほとんど聞こえない。
半端な進学校で、生徒たちもほどほどに真面目なこの学校は、いわゆる不良や学級崩壊とは縁が薄くて。二限目の真っ只中に廊下を歩く不届きものは、今のところ、僕だけらしい。
静かだ。本当に静かだ。
それにしても。
千人近くの人間がいるくせに、聞こえてくるのは精々二十に満たない大人の声。授業という時間の間、子どもたちは死んでいる。教師が読み上げる教科書は、きっとお経か聖書なんだ。
そのどちらにしても、無宗教な不信心者にとっては大差なく、ただ何となく、その黴臭さと胡散臭さで気を滅入らせるだけの代物だ。ありがたがる人も、いるのだろうけど。
僕はそんな線香の香りさえ漂ってきそうな音声の羅列に背を押され、一路屋上を目指していた。機嫌は悪かろう筈もない。なにせその線香臭さときたら、今の僕の心境に、ぴったり合致しているのだ。
ホップ、ステップ、ジャンプ。ちゃー、しゅー、めん。ほー、ちー、みん、いず、さのばびっち。
スカートがめくれるのも気にしないで、上機嫌に、そして軽快に。僕は色んなリズムで階段を跳ね上がる。夏なのに厚着な僕は、もう汗だく。だけど、そんなこも気にしないのだ。
ざまあみろ! 僕は生きてる!
隠し持ってた屋上の鍵。扉を開けたらそこは天国だ。
その日、僕は屋上のフェンスの外側で、誰もいない砂だらけの校庭を見下ろした。