1. 雨の降った日(4)
かっちゃんはなかなか帰って来ず、私たちはひたすら果物を食べ続けた。
あの子にもあげれば良かった。
それにしても、この時期に新入生とは珍しい。
99%エスカレーター進学のこの学校では、新入生といえば小学1年生かグランカ生だ。あまり中学やリースに途中編入してくる人はいない。
しかも、今着いた、ということは2学期から、だ。
ところで、もうだいぶお腹も膨れてきて、そろそろ私たちだけでは限界だった。
やっぱりこんなに買うんじゃなかった。
本気で後悔していると、階段上のドアが開いた。
かっちゃんかと思いきや、下りてきたのは1学年後輩のヴァンソンだった。
「ああ、満輝。さっき廊下で大荷物抱えた勝也と誰かを見かけたけど、里帰りでもしてたの?」
ヴァンソンは海へ行ったらしく、濡れた髪をかきあげた。
フランス出身の彼は、輝くようなプラチナブロンドの髪と甘いマスクで、西寮の女の子達の人気を集めている。特に東洋人の子は一種の憧れのような気持ちを抱くみたい。
最近人気の映画俳優に似てるかも。
「なにこのフルーツの山。全部食べるの?」
私たちの頑張りにより、半分ほどに減っていたがまだまだ積み上がるマンゴーにヴァンソンも目を見開いた。
「そう、ヴァンソンもどうぞ。さすがに私たちは飽きてきたところなの。」
「いいの?ありがとう。丁度喉乾いてたんだ。」
かれはうれしそうにマンゴーと桃をひとつづつ手に取った。
"超チャーミング" と女の子たちに称される笑顔でお礼を言い、フランス人特有の挨拶に倣って、私の頬にキスして、ヴァンソンは玄関から出て行った。どこで食べる気だ、マンゴー。
そのとき、ようやくかっちゃんが戻ってきた。絹君もいっしょだ。
「おかえり~。」
「絹がマンゴー食べたいって言うから連れてきた。」
そう言って絹君をソファにに半ば押し込むように座らせた。
かなり戸惑っている彼の表情を見れば、そんなこと言った覚えはないのがすぐ分かった。
恐らく彼自身はマンゴーのマの字も口にしていないだろう。
しかし強引に引っ張りこまれたとはいえ、戦力が加わるのはありがたい。みんな何も言わずに彼を歓迎した。
「たくさんあるから好きなだけ食べろ。あー、俺もう限界、無理。」
レイが絹君に果汁でべたべたのナイフを押し付けて、背もたれににひっくりかえった。
あわれな転入生君は、小さく礼を言って桃を剥き始めた。
「ところで、どこから来たの。転入してきたんだよね?」
透夜がふいに話をふった。絹君が顔を上げる。
「日本です。2学期からリースの1年に入ります。」
「ふうん。あ、それからタメでいいから。そんなビジネスみたいな話し方されるとこっちがかしこまっちゃうよ。」
「え、ああ、ごめん。僕、バイリンガルじゃないので、どうも敬語とフランクな話し方が使い分けられないんです。」
なるほど。どうりでさっきからしゃべり方がいかにも固いわけだ。
世界中から生徒が集まるため学内の公用語は英語だ。同郷どうしだと母国語だけど。
「ていうか、日本語で話せばいいんじゃないか?」
私が言おうとしたことを、レイが先に口にした。
「だよね。私もそう思った。」
「確かに。」
絹君が英語だったから、つられて私たちも英語になっていたけど、日本人だってことは、日本語で良かったんだ。
「え?みなさん日本人だったんですか?」
絹君は思わず、といった感じで日本語に切り替えた。私たちもさっきのように日本語で話しだす。
「そうだよ。さっき言わなかったっけ。みんな東京出身だよ。中国人じゃないよ。」
絹君は、心底ほっとした様子で微笑んだ。
やっぱり一人でこんな所に来たから緊張していたみたい。
「良かった。今まで一人も日本人に会わなかったから、ちょっと安心したよ。」
かっちゃんがうなずいた。
「ここ、日本人少ないからな。割とアメリカ人が多いんだっけ。」
「そうそう。3割以上はアメリカ人。その次がヨーロッパ系で、アジア人といえば大半が中国。」
透夜も付け足した。
「良かったら慣れるまではいろいろ助けるよ。あと、不定期だけど日本人の集まりもあるから、あとで校内サークルを検索してみるといい。」
「ありがとう。」
絹君とのおしゃべりで、午後は過ぎて行った。