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Libre !!  作者: Shina Kuroe
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1. 雨の降った日(2)

広場を出てすぐに、林の入り口でレイを見つけた。

「レイ!待って。」

レイはスイスイくんのスピードをゆるめてちらっとこちらを振り返った。

「満輝。果物取りに行くのか。」

「そう。もうすぐ雨が降りそうだね。」

「ああ、そんな気がするな。空が少し暗くなった。」

午前中まで雲ひとつなかった空は、どんよりとした灰色の雲が目立ち始めている。太陽が隠れたせいで一気に暗くなった。

程なくして湖へ到着した。透き通った鏡のような湖面も、曇り空を映しているせいでくすんだ色に変化していた。

夏の満月の夜、ここで挨拶を交わすと永遠に強い絆で結ばれるというジンクスのある湖。

この島には川は無いが、湧水からできているからいつでも冷たく、綺麗な水をたたえている。

ボンソワ湖の名前の由来には、あまり正確な説は無い。私が気に入っているのは、フランス語の夜の挨拶『Bonsoir 』がボンソワに聞こえるから、というものだ。

選択授業でフランス語を選んで、確かにそう聞こえるのを知った。

かっちゃん、透夜、レイ、私の4人で小学校卒業する直前に挨拶の儀式をしてみた。

そして、実際今までずっと仲良くやってきたから、あながち嘘ではないと思うけど。

「お前、冷やしすぎだよ。こんな大量のマンゴーとモモ誰が食べるんだ」

「だって、美味しそうだったし・・・思ったより早く熟しちゃったから早く食べないといけなかったんだもん。」

レイは呆れたように私を一瞥して、果物の入った網かごを持ち上げた。

けっこう重そう。私が半分持とうとすると、首を振って離さなかった。

「重くないの。」

「別に。」

レイは一見クールだけどこういうところは優しい。

スイスイくんを、今度はゆっくり並んで走らせながらかっちゃんたちのいる広場へ戻った。




「おお、大量!」

レイのもったカゴを見て、かっちゃんは開口一番そう言った。

「今日か明日中に食べ終わらないと腐っちゃうから頑張って食べましょう。」

私は人差し指を顔の横に立てて言うと。かっちゃんはレイと同じように呆れた表情でこちらを見た。自分でも馬鹿な量買ったと後悔しているのだから、あまり掘り返さないでほしい。

「早く食べましょうかね、じゃあ。」

かっちゃんはマンゴーを一つ手に取ってボールのように透夜へ放った。

いつのまにかたくさんいた人たちは消えていて、広場には私たちだけになっている。

かっちゃんたちがさっきまでイルカレースの整理券を配っていたから、人があんなにいた

んだし、かっちゃんの機嫌が悪くない所を見ると、チケットは完売したのだろう。

春・夏に行われる西地区名物イルカレース。海でイルカを手なずけた選手たちが、パートナーのイルカに乗って1㎞のコースで早さを競う競技だ。

かっちゃんと透夜はレース実行委員を務めていて、こうしてチケットの販売などをしている。委員は確か、売り高で報酬もあるとか無いとか。

私もそんなに熱心なファンではないにしろ、特に夏は週に1、2度は観戦に行く。

去年のナンバーワン選手が卒業で引退したため、今季はルーキーに期待が集まりそうだ。

かっちゃんは売上金を本部に届けるため一度校舎に戻り、私たちは3人で先に寮の談話室兼ロビーで果物を切っていることにした。



「あー、部屋に冷蔵庫がほしい!」

私はナイフでマンゴーを剥きながらため息をついた。冷蔵庫は各階に1つずつあるのを共同で使わなくてはならない。

「しゃべってないで手を動かせ。」

「レイさんキビしー・・・。」

透夜は黙々と、桃を綺麗に剥くのに全神経を集中させていて、私の呟きにピクリとも反応しなかった。

私は剥き終わったマンゴーをかじった。甘酸っぱい匂いがなんともいえず美味しくて、あっという間に一つ食べ終わってしまう。

ゴミ袋に種を捨てて、また新しいのを手に取った。

こうしている間にも、窓の外はどんどん暗くなっていて、今にも泣き出しそう、といったところだろうか。

かっちゃん、晴れてるうちに間に合えばいいけど・・・。

そんなことを考えていても、手だけは無意識にマンゴーを剥いてゆく。

なんかこの辺一帯で甘酸っぱい匂いが充満している。

「そういえば、二人とも。暑中見舞いはもう出した?」

ふいに透夜が話しかけた。

そういえばまだ書いてないな、ハガキ。

「まだ。早くしないと日本に届かないよね。」

「うん。全部残暑見舞いに書き換える羽目になるよ。」

今日徹夜してでも書かなきゃ。何枚出す予定だったっけ。

家元を離れて寮生活をしているから、こんな時でも無いと故郷の友人とはめったに交流できない。

日本人は暑中見舞いと年賀状だけど、欧米の出身者はクリスマスカードが主のようだ。

毎年クリスマスにはそれぞれの家から届いたクリスマスプレゼントがロビーに山のようにつみあがる。

郵便屋さん大忙しだ。

私たちの学校は、南国のウールーズ島がまるまる全て敷地になっていて、小学校、中学校、リースと呼ばれる高校にあたる学校が、各地区にひとつずつある。地区は中央、東、西、南、北の5つで、大学グランカは学部によって違う地区にある。ほとんどの生徒が小学校からエレベーター式に持ちあがって、グランカ卒業後、国に帰って就職する。

ハイレベルな教育と実績が定評のグランカには、外部からもたくさん入ってくる。

そんなわけで、世界中から学生が集まるこの学園で、小学校からほとんど家に帰ることなく学んでいる。

というか、船と飛行機を乗り継いで帰るのは非常に難儀で、お金もかかるから、あまりそこまで労を惜しまず帰省する生徒はいない。


ふいに、窓をバタバタとたたくような音がして、大粒の雨が降り出した。

「ついに降ってきたね。」

「ああ。」

透夜と蓮が呟くように言った。

「かっちゃん、大丈夫かな。」

私は売上金を届けに行った彼を思い出した。

「さあ・・・多分濡れて走ってるんじゃないか?」

「わあ、可哀そう。」

そんなことを話してから5分ほどして、かっちゃんが勢いよくドアを開けて飛び込んできた。

「あー!なんでこういう時に限って降ってくるんだよ!」

いらつきを隠そうともせずに叫んだ。アイロンをかけていないよれよれのハンカチで髪の滴を乱暴に拭っている。

「災難だったねえ。着替えてくるの?」

私のハンカチも貸してあげて、かっちゃんに尋ねた。

「おう。これで座ったら寮監に何言われるか分かんないだろ。」

かなり降っていたらしく、全身ずぶぬれになっていた。

一度降りだすとすごい量が降るのがこの時期の特徴でもある。


その時。ドアが開いて、もう一人少年が飛び込んできた。






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