表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢の願い――異世界で英雄になる代償に、僕は現実の記憶を失っていく  作者: プロンプト時雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/6

第3話: 真実の片鱗

朝の光は、前よりも冷たく感じた。


カーテンの隙間から差し込む白が、目の奥を刺す。僕は息を吸って、吐いて、それから胸のあたりを確かめるように手を当てた。


痛みが残っている。


胸を貫いた衝撃の残像が、まだ骨の内側で鳴っている気がした。


(死んだ……よな)


夢の中で。


でも、確かに。


あれは「終わり」だった。


僕は枕元のノートを掴み、開いた。昨夜――いや、昨夜じゃない。あの村から戻ってきた“朝”に書いた文字がある。


穀倉。


火。


救出。


間に合わず。


代償。


同じ夢。


僕はペンを探した。


……ペン。


(どこだっけ)


すぐそこにあるはずなのに、一瞬、目と手の連携がずれる。ベッド脇のテーブル。教科書。コンビニの袋。冷えたスマホ。


あった。


ペン先を紙に当て、僕は書き足す。


「死ぬと戻る」


「夢の中で死ぬと、現実の朝に戻る」


「そして眠ると、また同じ村へ」


書きながら、指が震えた。


怖いのは死じゃない。


死んでも戻れる。


それは救いでもある。


怖いのは――戻るたびに、何かが削れていく感覚だ。


僕はふと、思った。


「母さんの顔、どんなだったっけ」


胸の内側がきゅっと縮む。


両親を亡くしたのは幼い頃だ。はっきりした記憶が薄いのは、元から。


でも今のこれは違う。


「元から薄い」のではなく、「今、薄くなった」感覚。


輪郭だけが残り、目の色が出てこない。声の高さが出てこない。笑い方が出てこない。


(……やばい)


僕はノートに書いた。


「現実の記憶が削れる」


「代償」


書いた瞬間、安心する。


怖さが紙の上に移る。


僕は机に額をつけ、しばらく呼吸を整えた。


それでも、頭の奥で水の音がする。


遠い流れ。


時の川。


村の外れの、あの川。


僕はスマホを見た。日付も時間も、いつも通り。僕だけが、いつも通りじゃない。


(今日の夜も、行く)


行かなきゃ。


終わらせるまで、終わらない。


そして、終わらせるためには――戦うだけじゃ足りない。


ドラゴンの躊躇。


ユキを見たときの目。


あれを無視して、ただ倒そうとしたら、もっと代償を払う。


(話せるなら、話したい)


そう思いながら、僕は昼を過ごした。


講義の内容は頭に入らない。自分のノートを見返す。筆跡が自分のものなのに、少しだけ他人みたいだ。


夕方、部屋に戻る。


何度もノートを確認する。


「穀倉」


「火」


「老人」


あの反対派の老人。


火で死んだ。


でも次に戻ったら、生きている。


その事実が、胃の底を冷たくした。


(僕のせいで死んだ人を、僕だけが覚えている)


誰にも分からない。


僕だけが知っている。


その孤独が、僕を眠りへ追い込む。


目を閉じる。


息を吐く。


(同じ夢は繰り返される)


守護者の声が、頭の奥で鳴る。


僕は暗闇に落ちた。


***


湿った土と枯れ葉の匂い。冷たい空気。遠い森のざわめき。


まぶたを上げると、現実より輪郭の濃い森が、すぐそこに立っていた。


同じ森。


同じ風。


同じ――はずなのに。


(……違う)


僕は立ち上がり、周囲を見回した。


木漏れ日の角度が、昨日よりわずかに低い。


足元の落ち葉の重なり方が違う。


それは誤差だ。


でも、この誤差が“進行”だとしたら。


(時の川が進んでる? 逆に進んでる?)


僕は村へ向かって走った。


「執行者様!」


森の中から村人が現れた。呼吸が荒い。顔に焦りが張り付いている。


「ケン様、こちらへ!」


呼ばれるたび、胸の奥が嫌な音を立てる。


(僕は“ケン”で、僕は“執行者”で――)


名札みたいに貼り付けられた役割。


それを捨てたら、村は燃える。


僕は頷き、村の中央へ入った。


集会所の前には、すでに輪ができている。


昨日と同じようで、同じではない。


誰かの立ち位置が半歩ずれている。


誰かの視線が一瞬だけ僕を避ける。


それが怖い。


「やめろ! また儀式だ、執行者だと騒いで……!」


反対派の老人が叫んだ。


生きている。


声も、杖の震えも、生々しい。


(昨日、死んだのに)


僕は喉の奥が詰まった。


老人は昨日と同じ言葉を吐く。


「願いの代償は、金では払えん! 痛みでも払えん! 自分の中の、大事なものが削られていく!」


その“削られる”という言葉が、僕の背中を冷たく撫でた。


老人はユキを睨む。


「子どもを近づけるな!」


ユキが一歩前へ出る。


「お母さんを守りたい。村も守りたい」


その声は昨日より少しだけ強い。


いや、僕がそう聞きたいだけか。


長老が現れ、輪を鎮める。


「静かにせい」


長老の声は変わらない。


でも今日の僕は、長老の言葉の“余白”に耳を澄ませてしまう。


(長老はどこまで知ってる)


(僕のループを、知ってるのか)


長老が僕を見る。


「ケン。おぬしは今日も来たな」


“今日も”。


その言い方に、胸がざわつく。


僕は一歩、長老に近づき、声を落とした。


「長老。時の川を見ましたか」


長老は一瞬だけ瞬きをし、それから視線を逸らした。


「……見た者はおる。だが口にすると、恐れが増える」


言い逃れ。


隠し。


それでも、答えはあった。


(時の川が変だ)


僕は息を吸った。


「僕は、川を見に行きたい」


長老は短く頷く。


「行け。ただし、ユキを一人にするな」


その言葉に、僕はユキを見る。


ユキは僕の袖を掴んだ。


「ケン……一緒に行く」


***


村の外れ。


草の匂い。


朝露が靴を濡らす。


時の川は、そこにあった。


水面は穏やかに見える。


けれど、よく見ると――流れが、ほんのわずかに逆を向いている。


下へ落ちるはずの泡が、上へ滑っていく。


砂が、巻き上がる。


そして、耳の奥に不協和音みたいな水音。


「……逆流してる」


僕が呟くと、ユキが身をすくませた。


「やっぱり。わたしも、見たことがある」


「いつ?」


ユキは視線を落とし、指先を握った。


「小さい頃。村が襲われたあと……夜に、ここへ来たの。怖くて、でも……何か、確かめたくて」


ユキの声は薄い。


「川の向こうに、光の柱が立ってた。空まで届くくらい。――それで、みんなの時間が、ちょっとだけズレたって、大人たちが言ってた」


光の柱。


きっと、これが中心だ。


(ユキの願いが、時の川に触れた)


(それでドラゴンが――)


僕は川の流れを見つめた。


水面に、自分の顔が映る。


現実の僕より、少しだけ目が鋭い。


(ここが境界なんだ)


ふいに、ユキが言った。


「ねえ、ケン」


「なに」


「……ドラゴン、今日、畑のほうから来る。最初は右。次に、火を――」


ユキは言いかけて、口を押さえた。


僕は息を止めた。


「……どうして分かる?」


ユキは首を振る。


「分からない。ただ、そうなるって……胸が言う」


それは予知じゃない。


記憶。


ユキも断片を持っている。


(僕だけじゃない。ユキも“気づいてる”)


僕の背中を冷たい汗が流れた。


ユキはさらに、苦しそうに言う。


「わたしの願いが……呼んでる気がするの。守りたいって思うほど、来る」


「……それでも守りたい?」


ユキは顔を上げた。


「守りたい。だから、逃げない」


それから、言葉を選ぶみたいに、少しだけ目を伏せた。


「……今夜だけでも。明日の朝だけでも、ちゃんと迎えたい」


強い。


でも、その強さが怖い。


願いは強いほど、代償も大きい。


僕はユキの手を取った。


「今日、穀倉を守る。火を出させない」


ユキが目を見開く。


「……穀倉?」


言った瞬間、僕は噛みしめた。


(言いすぎた)


ユキは僕を見て、何かを飲み込むように頷いた。


「……分かった」


そのとき、空気が変わった。


遠くから低い音がして、羽ばたきと咆哮が重なる。ドラゴンが来る。


***


村の外。


畑の向こう。


風が熱を含む。


黒い影が空を裂き、巨体が降りる。


――ドラゴン。


村人たちが叫ぶ。


「下がれ!」


「子どもを!」


僕は息を吸い、手を突き出した。


「止まれ!」


光が飛ぶ。


ドラゴンは避ける。


炎が来る。


僕は覚悟して、光の膜を張った。


熱が膜を叩き、空気が歪む。


(耐えろ……)


村人たちが動く。


桶を運ぶ。


水を溜める。


穀倉の周りに湿った布をかける。


僕は叫ぶ。


「穀倉を守れ! 火の粉を落とすな!」


誰かが驚いた顔をする。


でも、今は構っていられない。


ドラゴンの目が、僕の背後へ向く。


ユキ。


ユキがふらりと膝をついた。


「ユキ!」


僕が振り返る。


ドラゴンが止まる。


躊躇。


確かに。


(お前はユキを見てる)


僕はドラゴンへ向けて叫んだ。


「お前は、何がしたい!」


ドラゴンは答えない。


でも咆哮が、ただの怒りじゃない。


音の中に、節がある。


刻むようなリズム。


(言葉?)


その瞬間、頭の奥が痛んだ。


守護者の声が響く。


『願いの力を使え。――だが代償を忘れるな』


僕は歯を食いしばる。


願いを使えば、守れる。


代償で、僕の現実が削れる。


それでも。


僕は手を胸に当てた。


「願いの力……僕に力を貸してくれ」


光が爆ぜる。


膜が厚くなる。


炎が弾かれる。


そして――


ドラゴンは、穀倉のほうを見た。


尾が振り上がる。


僕は叫んだ。


「今だ! 水を!」


村人たちが一斉に桶を投げる。


水が飛ぶ。


尾が壁を裂く。


火の粉が舞う。


でも、濡れた藁は燃え広がらない。


火は小さい。


村人が踏み消す。


止まった。


(止めた……!)


胸の奥が熱くなる。


同時に、何かがすっと抜けた。


僕は息を呑む。


(……何を忘れた?)


考えようとした瞬間、ドラゴンが翼を広げた。


村外れの遺跡へ向かう。


(遺跡……!)


僕はユキを抱き起こし、言った。


「行く。追う」


ユキは青い顔で頷く。


「わたしも」


***


遺跡は、石と苔の匂いがした。


崩れた柱。


刻まれた符号。


壁に走るひび。


僕は息を整えながら、奥へ進んだ。


ドラゴンの影が、さらに奥へ消える。


その背中は、逃げているというより――導いている。


(見ろ、と言っている?)


僕は足を止め、耳を澄ませた。


遠くで咆哮。


リズム。


節。


ユキがふらつく。


「だいじょうぶ?」


「……うん。ここ、近い。胸が……引っ張られる」


ユキの言葉に、僕は背筋が寒くなる。


「引っ張られる?」


ユキは震えながら言った。


「記憶が……引き戻されるみたい」


そのとき、遺跡の壁の一部が微かに光った。


青白い。


水面の光みたいな色。


僕が触れると、指先が痺れた。


(共鳴……?)


ユキが膝をつき、息を荒くする。


「ユキ!」


僕は支え、壁の符号を見た。


それは文字じゃない。


でも“音”を表している。


そう直感した。


隠し扉。


埃をかぶった箱。


中に、古文書。


紙は薄く、古い。


僕は息を呑み、開いた。


そこに書かれていた。


『守護者』


ドラゴンの絵。


そして、音節。


(ドラゴンが……守護者)


喉が乾く。


僕は試しに、音節らしき記号を声に出した。


「……ア、ル、……」


言いかけた瞬間、遺跡の奥で咆哮が返った。


同じ節。


同じリズム。


僕の背中を、鳥肌が走る。


(繋がった)


ドラゴンは言葉を持っている。


そして、僕はそれに触れられる。


その瞬間、頭の奥がずきんと痛んだ。


視界の端が白くなる。


(……代償)


僕は必死に踏みとどまった。


ユキの手を握りしめる。


ユキは薄く目を開け、言った。


「……ケン。今の、ドラゴンの声……怖くない」


僕は頷いた。


「うん。……怒ってるだけじゃない」


僕は古文書を抱え、ユキを支え、遺跡を出た。


村へ戻る途中、ふいに僕は思った。


(僕の大学……どこだっけ)


心臓が跳ねる。


(……え)


東京近郊。


駅。


アパート。


その“場所の名前”が、出てこない。


(思い出せないわけじゃない。……ただ、遠い)


指の間から砂が落ちるみたいに、現実がこぼれていく。


僕は唇を噛んだ。


(これ以上はまずい)


でも、止まれない。


***


夜。


集会所。


焚き火の光が、皆の顔を赤く染める。


僕は古文書の断片を、長老の前に置いた。


長老は静かに目を通し、深く息を吐く。


「……やはり、残っておったか」


「長老は知ってた?」


僕が問うと、長老は目を細めた。


「知っていることもある。知らぬこともある。時の川は、すべてを語らん」


曖昧だ。


でも、否定しない。


長老は古文書の一節を指でなぞり、言った。


「ドラゴンは“守護者”と記されている。だが守るものが何か、民は忘れた」


「忘れた……」


僕は呟く。


忘れた。


代償で。


あるいは、意図的に。


反対派の老人が焚き火の向こうで睨む。


「……また文字遊びか。そんなものが命を返すか」


その声に、誰も強く言い返せない。


僕は言った。


「返せない。でも……次は奪わせない」


老人が鼻で笑う。


「言葉は簡単だ。代償は簡単じゃない」


僕は頷いた。


簡単じゃない。


だからこそ、僕が背負う。


ユキが僕の隣に座った。


「ケン。……わたし、思い出した」


「なにを」


ユキは焚き火を見つめ、言った。


「光の柱を見たとき、川の音が変わった。――今と同じ。逆に流れてるみたいに」


僕は息を呑んだ。


時の川。


逆流。


ループ。


全部、一本の線になる。


僕は古文書を握りしめた。


「ドラゴンと話す」


ユキが僕を見る。


「話せるの?」


「……分からない。でも、咆哮は言葉だ。古文書がそれを教えてる」


長老が静かに言った。


「対話を望むなら、川を利用せよ。時の川は音を運ぶ。記憶を運ぶ。――代償も運ぶ」


その言葉を聞いた瞬間、僕は理解した。


(時の川に触れれば、もっと削れる)


でも、触れないと届かない。


僕はユキの手を取った。


「次のループで、試す」


ユキが頷く。


「わたしも。……一緒に」


その瞬間、胸の奥で水音が強くなった。


流れ。


巡り。


そして――


視界が暗くなる。


頭が落ちる。


地面が近づく。


(……また?)


僕は自分の身体が、勝手に“終わり”へ引っ張られるのを感じた。


息が吸えない。


音が遠い。


(やめろ。まだ――)


次に見えたのは、闇。


***


「……っ!」


僕はアパートのベッドで飛び起きた。


現実の朝。


心臓が暴れる。


僕はノートを掴み、ページをめくる。


古文書。


守護者。


音節。


時の川。


書く。


書いて、繋ぎ止める。


ペンを握った瞬間、僕はまた一瞬止まった。


(……僕の名字、なんだっけ)


喉が凍る。


次の瞬間、思い出した。


佐藤。


佐藤健。


出てきた。


でも。


出てきたこと自体が、恐ろしい。


“出てこない可能性”が、現実になり始めている。


僕は震える手で書いた。


「記憶は削れる」


「削れた分だけ、真実に近づく?」


答えはない。


でも、やる。


次の夜、僕はまた眠った。


***


森の匂い。


冷たい空気。


同じ村。


同じ声。


「執行者様!」


「ケン様!」


僕は胸の奥で誓った。


次は。


次は、時の川の流れを使って、ドラゴンの声を拾う。


戦うだけじゃない。


声を聴く。


ユキが僕を見上げる。


「ケン。次は……一緒に」


僕は頷いた。


「うん。次こそ、真実の片鱗を掴む」


遠くで水音がした。


時の川。


その流れは、僕の記憶と引き換えに、答えへ続いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ