2 本当のあなた
婚約者が俺の剣で自ら心臓を貫いて死んだ。他の人は自殺だと言うが、実際は俺は殺したのと変わらない。
婚約破棄の時なぜ剣を持っていたのかと言うと、アルをいじめているという婚約者が暴れないようにするため、と考えてのことだった。いじめをする人は、逆上して暴力を振るう事が多いと思った。だからそれを牽制するために、と考えて。まさか、その剣で自らを貫くとは思ってもいなかった。全く持って逆上などしない、全く怒りを見せず、それどころかほっとしたような表情をしていた。
俺は6歳の時に婚約が決まった。親が婚約者だと言って紹介したのは、前に一度会った事がある黒髪でまんまるの目をした愛くるしい少年だった。初めて会った時から、黒髪の少年は俺のことが好きなのだろうというのがわかった。一目惚れ、というやつだ。黒髪の少年は公爵家の次男で我儘を言って婚約まで漕ぎ着けたのだと思った。
生まれてすぐにわかった。俺の長所と呼ばれ皆に好かれるものは、整った容姿と身分ということに。俺の中身を見て、好きになる人などいないと思っていた。だから黒髪の少年、、いや婚約者も俺の容姿に一目惚れをして、中身など見ていない、と思った。だから俺に一目惚れをして、ずっと好きだとアピールしてくる婚約者が容姿と地位しか見ていない他の人と一緒で心底嫌いで仕方がなかった。
定期的に開かれるお茶会では、はじめのうちはなんでも聞いてくる婚約者が鬱陶しくて、形式的な返事をしていたらそのうち質問の数も会話も減っていった。相手も俺の気持ちに気づいているのかもしれないが、そんなのどうでもよかった。
12歳になり学園に入学した。学園では他の生徒の目もあるということで、信頼しあっている婚約者を演じた。功を奏してか、理想の婚約関係と言われるようになった。
しかし、
14歳になって、学園に編入生が来た。茶髪の平民の青年でとても優秀だと。編入早々、優秀ということで俺の所属している生徒会メンバーに任命された。そこからだ、俺と茶髪の青年ーアルはお互いを深く知っていった。
俺は皇族という立場からできる友達は限られていた。それなりに地位が高いもの、容姿が優れているもの、俺の見た目に関わらず中身を見てくれるものと条件が高かった。それでも友人はいた。しかし、アルは、その友人達の中でも異例ではあるものの、親友というのだろうか。お互いを尊重できる友人であった。
17歳になったある日アルが、俺の婚約者からいじめられていると話を聞いた。俺は今まで感じたことのない嫌悪感でいっぱいになった。その噂はどこからきたのか、誰が言い出したのか、とその情報の真偽も調べもせず、鵜呑みにしてしまった。俺の婚約者、俺を心から愛している婚約者ならやりかねない、と思った。
そこからはあっという間だった、アルにいじめられているかどうかを聞き出し、本当にいじめている現場を見たと言っている人物を探して、婚約者にアルをどう思っているかどうか尋ねた。他にもどんないじめをしたかというとこで行ったいじめの種類も調べた。
完璧だと思った。アルは婚約者はいなかったが取り巻きにはいじめをされたと言っており、その目撃者も10人以上はいた。だからいじめは事実だと確信していた。しかし、婚約者にアルについて尋ねたが嫌いではないと答えていた。それは俺の手前嫌いとは言えないのだろうと考えた。
、、さっき情報を調べずと言ったが、訂正すべきだ。情報は調べた。ただ、婚約者がいじめに関係がある前提で、そのいじめを根拠付けるためだけの証拠集めをしたのだ。俺は噂を聞いてか、最後の最後まで婚約者が潔白だと考えたことはなかった。
卒業パーティーの日。
俺は婚約者に婚約破棄を叩きつけた。建前は皇子の婚約者が皇子の友人に対するいじめ。皇子の婚約者にあってはならない行動だったと、。この日のために少し前からアルに卒業パーティーはいじめの被害者として近くにいてほしい頼み込み、弱っているフリをしてもらった。しかし実際は、ずっと嫌いで仕方なかった婚約者と婚約破棄をする機会ができたと思ってのことだった。
俺の婚約破棄と国外追放の発言は、婚約者を少しの間動揺させているように見えた。しかし、ゆっくりと顔をあげ、俺とアルを見るように一歩ずつ歩み寄って来る。その顔は、今まで見たことのない優しいような切ないようなホッとしたかのような表情だった。
ポケットに手を入れ何かを取り出す。ナイフではないか、と少し警戒をして、剣を持つ手に力が入る。しかし出てきたのは、白くて小さい四角いもの、折り畳まれた紙だった。俺たちはの目の前で止まり、その紙をアルに手渡しすると、「呼んで」と優しい声で話す。手紙を開き文字を目を通すアルの横でいつ暴れ出すかわからない婚約者を警戒しながら、アルの様子を伺う。3回左から右へと瞳が動き、文の真ん中で止まる。驚いた表情のアルを見て、どんな酷いことが書いてあるのか、と紙を取る。
『同意書
〇〇〇〇年〇〇月〇〇日
我々の長きにたる、婚約関係を終わりにする、婚約破棄に同意します。
アネル=モネカ』
婚約者の名前の横にもスペースがあり、そこにはもう一人の婚約者、俺の名前書く欄があった。
俺を愛してやまないはずの婚約者が自分から婚約破棄をするとは思わず、驚きを隠せなかった。
だから、その隙を狙ったのだろう。警戒が緩くなったその一瞬で右手で剣の刃を鷲掴みにして、婚約者は自らの心臓を貫いた。右手からは深く握ったのか、たくさんの血が出ていたが、そんなところよりも、心臓を貫いた剣はそのまま体を貫通しており、背中からも刃が見えていた。近づいてきた傍観者達が政生死を確認するが、確認する必要がない。止まらない血と、剣が貫通した体を見ると、誰が見ても助からないとわかる。
この国では婚約者が亡くなっても婚約破棄はされない。重婚として扱われる。重婚は罪ではないがあまり印象のいいものではない。それは皇族も同じである。だからだろう、契約書を残していったのは。しかしその契約書も俺の手から落ち、婚約者のどこまでも広がる真紅の血によって染められていってしまった。
俺の婚約者はどこまでも俺を愛していたのだと、思った。
婚約者の死後、俺は誰からも非難されることもなかった。どう考えても婚約者を自殺に追い込んだのは俺だというのに。
世間では皇子を愛しすぎたゆえに、歪んでしまい、いじめをして、その後悔と婚約破棄の事実にショックを受けて自害したのだと言われている。
俺もはじめはそう思った。しかし、公爵家から手紙が届きその中に入っていた婚約者の遺書がそれは違うのだと思わせた。
遺書の内容はアネルは俺を愛しているということ、いじめをしていないということだった。そして、最後にみんなに幸せになってほしいと。
いじめの噂が出回った時に、婚約者と話した者たちがそんなことするような人ではない。本当に優しい人だと発言していた。実際どんな会話をして、そう思ったのか、、。俺が今まで婚約者と話してきて、優しいと感じたことなんてなかっ、
嫌なことに気づいてしまった。
今の今まで、俺は婚約者とまともな会話をしたことがなかった。お茶会では世間話はしたが、それ以外の会話がなかった。婚約者ははじめのうちは質問をしてきたが、俺がちゃんと会話をしようとしていなかったからか、そう言ったことも無くなった。全部、自分から拒否していた。出会った時に、他の人と一緒で容姿と身分しか見ていないのだという偏見で、関わりを持たないようにしていた。
婚約者のことを何も知ろうとしなかったし、今も実際どんな人物で何が好きかもわからない。そしてこれからもわかることなどない。
一つ嫌なことに気づくとだんだんと嫌なことと自分がしてきたことの矛盾に気づいていく。
容姿と権力だけを見て好きだと言い寄られることが嫌いと言いながら、自分は婚約者を自分の容姿が好きなだけの人物だと言って本当の中身を見ようとしなかった。
少しでも話すべきだった。話してから本当に好きか嫌いかを判断すべきだった。自分のした選択に酷く後悔する。その後悔はどこまでも続き、いっそのこと周りの人に責めてほしいとすら思った。
婚約者は俺が婚約者を嫌いなことを知っていた。遺書にもあったように、俺が本当に好きな人と婚約することを願っていた。だから自ら加害者になって自殺を選んだ。
しかし、だからこそわからないことがあった。婚約破棄を言い渡された時の安堵したような表情だ。婚約者の幸せを願っての表情、と言われても理解することはできるが納得はいかない。
考えれば考えるほど、婚約者はいじめをしていないという考えの方が大きくなっていく。俺のどこが好きだったのか、婚約は本当にわがままでなったのか、好きなものは。
俺は今更婚約者を知りたいと思った。
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