第2話「銀貨3枚とか高級ホテルかよ。俺は口で泊まる」
しゃべるだけのスキルって、聞こえは簡単だけど──
実際めっちゃ使いづらい。毎回、胃にくる。
カンネ村に着いた俺が、最初に思ったのは──
(腹、減った……)
いやほんと、物理的に限界。
財布の中には銀貨五枚だけ。これで飯・風呂・寝床を揃える必要がある。
異世界サバイバルって、まず人としての尊厳から始まるんだな。
村の中心には、木造の立派な宿屋が建っていた。
ドアを開けると、カランカランと鈴の音。
奥から出てきたのは、腕組みしてるだけで強そうな白ひげオヤジだった。
「泊まりたいんだけど、部屋空いてる?」
「ああ。銀貨三枚だ」
即答。
内心で、心のダイスが砕け散る音がした。
いきなり所持金の6割超え? デフレどこ行った。
「ちなみに、値下げって……できたり?」
「できん」
バッサリだった。ナタのような返答。
(こいつは……話し甲斐がありそうだ)
俺は、渋々ながら腹を括った。
ここで出すか、俺の唯一のスキル──【話術】。
ただ喋ればいいってもんじゃない。
このスキル、実は超ピーキーでクセが強い。
効果が出るのは“特定のテンション、特定の言い回し、特定のタイミング”が噛み合ったときだけ。
下手に使うと、ただの嘘つきかウザいやつになる。
しかも、相手が“こっちの話を聞く姿勢じゃない”と、何の効果も出ない。
要するに──
『発動条件:空気読め』
難しすぎるんだわ!
「おやじさん、この宿、外観からして……もう、推せますね」
俺は開口一番、全力で褒めた。ここが勝負所だ。
「木の香り、玄関のキィィッて音、床の“ギシミシ”感……五感が歓喜してます。あまりに情緒。もはや風情」
「……おだてて値引き狙いか?」
「違います! これは尊敬……いえ、敬愛です! 空気の粘度が違う!」
「なんだその表現……」
(よし、ちょっと笑った! ここだ、押せ押せ)
「今って“言葉の時代”じゃないですか? 良い宿は、旅人のクチコミで広がるんです。
つまり! この宿はもう、バズの予感がしてます!」
「……バズ?」
「つまり評判が評判を呼んで、予約が予約を超えて、未来のあなたは“空室ゼロの男”!」
「なんだその称号……」
(うん、まだ刺さりきってない)
ここで、俺はスキル【話術】に集中する。
──感覚が研ぎ澄まされる。
言葉を選ぶ脳の裏で、無意識が“刺さる言葉”を探し始める。
(……来た!)
「というわけで! 銀貨一枚で泊めてもらえれば、明日の朝、井戸の前で“たまたま通りかかった村人3人”にこう言います。
『あの宿、最高すぎて笑った』って。ちょっと泣きながら」
「……狙いすぎだろ」
「泣くほど宿が良かったって聞いたら、村人も気になりますよ! スマート&センチメンタル戦略です!」
「いや何それ」
おやじの眉がピクリと動いた。
その瞬間、世界の“空気”がカチッと噛み合う。
──この感覚。
口から出た“ただの言葉”が、重みを持ち始める。
まるで声に、目に見えない“圧”が乗ったような……
(……【話術】、発動)
「あなたの宿は、誰かの人生を変える場所になりますよ。
たとえば今日、俺の人生が変わったように──」
沈黙。
おやじはしばらく俺をじっと見たあと──
「……面白いこと言うな、お前。
銀貨一枚でいい。明日の朝、ちゃんとやれよ」
「ありがとうございますぅぅぅ!!」
その瞬間、俺は心の中でガッツポーズと共に“脳内ファンファーレ”を鳴らしていた。
(しゃべって泊まれるって……最高かよ)
出てきたシチューは、震えるほどうまかった。
風呂も熱すぎずぬるすぎず。布団はふかふか。
(神……ここ、神か……)
文明に涙しつつ、寝転がった俺は、ふと考えた。
あの宿のおやじに対して、
たしかに“言葉が効いた”感触があった。
口から出た瞬間、「あ、これ刺さる」ってわかった。
狙ってるわけじゃない。でも──
空気が、音が、周囲の雰囲気が、一瞬止まる。
それが【話術】の“手応え”だ。
(……慣れてきた、のか?)
いや、そんな上手くいくはずがない。
そう思いながら、俺はその夜──夢を見る。
それは、戦場だった。
血の匂い。叫び声。泣き崩れる人々。
その真ん中に立っていたのは、俺。
俺はただ、「やめろ」と言った。
それだけで、兵士たちが剣を落とし、
「もう戦いたくない……」と膝をついた。
世界が静まり返る。音もなく、空も動かない。
そして、誰かの声が言った。
「お前の声は、戦火を止める」
「その言葉には、誰かの命運が乗る」
目が覚めた時、全身がびしょびしょに汗をかいていた。
俺は天井を見ながら、ぽつりとつぶやいた。
「……また妙な夢見たな。言葉で戦争止めるとか、バカかよ」
けど、どこかで思っていた。
(……でも、もしかして)
【話術】──ただのおもしれー女♡じゃない。
何か、もっと“やべぇもの”なんじゃないか。