第四話 歴史
出国許可証と推薦状はすぐに発行された。形式的な文章に、王国の印と僕の名前が書かれた簡単な書類。これがどれほどの重さなのか今の僕にはわからなかった。旅に出るのであればと、いくらかの金も一緒に渡された。あまりの待遇にさすがに申し訳ないと言ったが、あのメーテリアさんが一度渡したものを受け取るはずもなく、半ば強引に懐にねじ込まれそうになり、しぶしぶ受け取った。同じだけの金をアニアスも申し訳なさそうに受け取る。兵士に連れられ、城の一階に降りると、国王の傍にいた初老の男性が待っており、アニアスに声をかけた。
「書庫はこちらにございます。どうぞ」
長い髪が顔にかかり、表情がわかりにくい。不気味だと思ってしまった。常に大事そうに本を抱えているが、記録係か何かだろうか。その左手には白い石の付いた指輪がはめられていた。メーテリアさんの物とは少し違って見えたが気のせいだろうか。
「セキも一緒に行っていいですか」
アニアスが突然言い、僕は驚く。
「構いませんよ」
僕も一緒に行ったら、褒賞を貰いすぎている気もした。アニアスは何も言わずに僕を見て頷く。そんな彼に、僕は付いて行くことにした。
書庫は城の地下にあり、入り口には警備の兵だろうか、鎧を身にまとった兵士が立っていた。初老の男性を見るなり、すぐさま扉の鍵を開けた。彼の後に続いて中に入ると、一番奥にある本棚の前に男性は立った。
「この棚の物以外は好きに見ていただいて構いません。それでは私はこれで」
それだけ伝え、男性は部屋を後にした。警備兵に見守られながら、アニアスは一番奥以外の棚から、二冊の本を抜き取った。部屋の中央に移動し、据えられた丸い机にそれらを置いた。
「もしかしたらセキの記憶に関する何かがあるかもしれません、一緒に見ましょう」
そう言うとアニアスは椅子に掛けた。少し感じていたが、やっぱり僕の為だった。彼に続いて僕も椅子に掛ける。歴史の本だろうか二人の間に開いて、アニアスは話し始めた。
「デメルギア王国は約二百年前に建国されたとあります。ネイブロス王国の当時の公爵が“地”の神の石を手に入れ、国王の後ろ盾の元、建国を宣言したと。守護に長けたご加護の力もあり、これまで他国との大きな戦争はありませんね。当時は他にも三つの国があったとされています。今はデメルギア王国、ネイブロス王国、カグドーラ帝国、大小様々な国が集まる連合国があります。一番力のある国の名をとってランセイス連合なんて呼ばれたりしていますね。後はノライト教国。教国と呼ばれていますが国として、他国に認められてはいないようです。情報は少なく、神を語りそれを崇める異端の者たち、と書かれていますね。強大な神の石を持っている可能性があるため、むやみに手出しは出来ないと。何か知っていることや、引っかかる言葉はありましたか」
「いや、今のところは何も。そもそも神の石とは何なの。そんなに沢山あるの」
「それについてはこちらに詳しくありますね」
アニアスはもう一冊の本を開いた。
「神の石は五大祖神、十三従神、分神に分けられ、五大祖神は地、水、火、風の四つ、十三従神については土、木、霧、熱、戦、渦の六つの存在は確認されているようです。十三従神はかつて五大祖神に仕えた神で、最初の分神とも言われているようです。今は幻石と呼ばれる石に、十三従神以上の力を持つ者が、祈りを捧げることで分神石が作られている、と書かれています」
「分神から分神は作れないということ」
「そのようですね。分神の数はそのまま軍事力に繋がるでしょうから、おそらくこの幻石という物も、かなりの価値があるのかもしれません」
「この国では軍以外、それこそアニアスのような普通の人に分神を与えているようだけど」
「さっきの本にも書いてあった通り、この国は他国からの攻撃を防ぐ力は十分にあるのでしょう。きっと国王様の考えのもと、そうしているのかもしれませんね。そもそもほかの国に比べると、そんなに大きい国ではありませんし」
「そうなんだね。その五大祖神の力とかって見つけた人が使えるの」
「それは……あ、ありました、神のご加護が与えられる人間は依り子と呼ばれ、選ばれし人とも言われているみたいです。なので、神の石に選ばれた人にしか使いこなせないみたいですね」
「メーテリアさんや君を見るに、依り子の子孫は依り子となり得るってことなのかな」
「十三従神以上のご加護は限られた人間にしか与えられないようです。分神は“神の依り子に選ばれし者”と書いてあるので、それよりは多くの人に可能性があるのでしょう」
「そして選ばれていない人が使うと命を」
「はい。“誓いの対価として神の力を借りる”もしくは“命を対価とし神の力を借りる”と書かれています。恐ろしい事ですが、野盗のように人を使い捨てるような使い方も出来るわけですね。そんな事が日常的に他でも行われているとは思いたくないですけどね」
「そうだね。おそらくその神の石が、僕の記憶に関係しているのは間違いないだろうね」
「言っていましたね、黄色の石についてと」
「ああ、夢を見たんだ。黄色い石の付いた指輪をはめている誰かの。それ自体が僕の過去なのかどうかは分からないけど」
「であれば、やはり行かれるのですか、ネイブロス王国に」
「そうだね。自分が何者なのか、それを探そうと思う。アニアスには本当に世話になったよ。感謝している。ありがとう」
アニアスは少し寂しそうな表情を浮かべた。アニアスへの恩を返す手段が今の僕には無い。過去も無ければ金も何もかも。与えられるものといえば労働力くらいだろう。だが彼はそれすらも受け取らないかもしれない。そんな彼に甘えてこの先を過ごしていくことを、今の僕はよしとしなかった。
城を出た後僕は、旅の支度をするからと言い、アニアスと別れ一人街へと向かった。道具屋を見つけて中に入る。
「いらっしゃい」
愛想のよい店主が店の奥から顔を出す。
「何かお探しですか」
「地図はありますか。国外がわかる程度のもので良いのですが」
「旅の方ですか。こちらはいかがでしょう」
店主は慣れた手つきで棚の中から丸められた紙を一本手に取り、机の上に広げた。地図の中央から三等分するように線が伸びている。右下にはデメルギア王国と書かれており、左にはネイブロス王国、中央から上は連合国と書かれていた。デメルギア王国の南側に微かに海が描かれているところを見るとアニアスの村はこのあたりだろうか。街から西に向かえば国境に行き着くことが見てわかる。
「もう少し広いものになると、地形がわかりにくく旅には不向きかと思いますが」
確かにこの地図には森や、渓谷と思われるようなものや、村の近くに流れていた川も描かれている。確度は高そうだった。
「これを下さい。他にも見ていいですか」
「もちろんです」
水を入れておける袋、動物の毛皮、それらを入れられる鞄も一緒に購入した。手に取ってみると地図は紙ではなく丈夫な皮のようなものに描かれていた。不意な雨にも困らなそうだ。店主に礼を言い、店を後にする。次は食糧か。日持ちのする乾燥肉をいくらか買い込めばしばらくは大丈夫だろう。飲食店を探しながら歩く。ついでに夕食も済ませられるといいが。
すっかり日も落ち、街は火の光に包まれた。村に比べると随分と明るい。お酒を飲んでいるのだろうか、陽気に話す住人もちらほら見かける。路肩に机を並べ、飲み食いするお客の居る店を見つけた。ここにしよう。中に入ると店員がせわしなく料理を運んでいた。空いた机に座り注文をする。乾燥肉もあるようで助かった。運ばれてきた食事を頂き、支払いを済ませる。褒賞の金はまだ半分以上も残っていた。気前のいい国王に改めて感謝する。住民の顔を見れば国の幸福度が高いこともうかがい知れる。陽気な雰囲気を横目に、僕は宿を探した。元々はアニアスと同じ仮設の住居に住まわせてもらいうつもりだったが、明日の朝には街を出ようと思い、帰らないことにした。アニアスの顔を見ては決心が揺らぐかもしれないというのも、大きな要因だった。
行き交う住人に、寝るだけでいいのだがいい宿は知らないかと尋ねると、快く教えてくれた。そこは注文通りのいい宿だった。部屋にはベッドと小さな机だけ、宿賃も夕食とほとんど変わらない。机の上に購入した地図を広げた。街から国境までの間に森があるようだが、道が整備されているのか二つに分かれている。国境を越えてすぐに街のようなものがあるらしい。明日はここまで行ければいいが。村と城下との距離を見るに一日では厳しいかもしれない。食料を買っていてよかった。旅は万全にはいかない。睡魔も襲ってきたことだし。僕は地図を丸めて鞄に入れると、ベッドに横になった。