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第三話 撃退


 野盗の顔が曇る。助けが間に合った。僕は安堵する。


「遠征の帰りにたまたま、緊迫した表情で馬を走らせる男に出会ってね。君たちはついているよ。それから君はアニアスだね。良いものを持ってきたよ」

 

メーテリアさんは傍らに置かれた草刈り用の大鎌を指さす。刃渡りは倒木の太さをゆうに超えていた。


「わたしの事を知っているのですか」


「もちろんさ。君の持つ神の石は、私の持つ土の神の分神石だからね。さあ、その鎌で辺りの木を払ってくれないか。こうも木があっては戦い辛くて仕方ない」


 そう言われ、アニアスは大鎌を持ち上げた。両手でしっかりと持ち手を握り、腰を下ろして構える。


「させるかよ」


 野盗はアニアスに向けて矢を射る。


「それはこちらの台詞さ」


 彼女が地面に手を付くと、矢からアニアスを守るように土が隆起した。


「分け離されし土の力よ、我が誓いを禊とし、祓い給え」


 祈りを捧げたアニアスは、大きく息を吐き鎌を振るう。後方に広がる木々が音を立てて倒れていく。改めて神の石の力を目の当たりにして驚きを隠せなかった。メーテリアさんが僕らの背中を押す。


「ありがとう。じゃあ少し下がろうか」


 彼女は再び野盗との間に土を隆起させ、視界の晴れた方へと進んだ。先ほど木を抜いて見せた野盗だろうか、素手でその隆起した土壁を強引に壊して、僕たちを追ってくる。その後を弓を持つ者、鋭い剣を手にした者たちが続いている。数では明らかに劣勢だ。


「一人であの数の相手に勝てるのですか」


「問題ないさ。私の誓いは“殺生禁断(せっしょうきんだん)”護る為なら土を操ることが出来るんだ。つまり君たちがいる限り、私は負けないということさ」


「野郎ども、弓はもういい、剣を手にしろ。首を掻き切ってやれ」


 野盗たちは剣を手に迫ってくる。アニアスが鎌を振るえばあるいは。だが、ただの農夫の彼にそれを求めるのは酷なことだろう。おじける僕らの前に立ち、メーテリアさんは地面に両手をついた。


十三従神(じゅうさんじゅうしん)が土の神よ、我が身を依り代とし、祓い給え」


 彼女がそう言うと、野盗たちの足元が瞬く間に陥没していく。まるでアリジゴクに落ちたように、野盗はもがきながら土に飲み込まれていった。このまま埋めてしまうのかと思った瞬間、今度は勢いよく

隆起し、土は円に形を変え、その場にとどまった。そのいたる所から手足が飛び出していた。


「彼らは大丈夫なのですか」


「うん大丈夫だよ。捕らえただけだから。これ以上やると誓いに触れるからね。後のことは私の兵に任せてくれていいよ。じきに夜も明ける、とりあえず君たちは城下町へと避難してくれ」


 僕とアニアスはメーテリアさんに深く頭を下げ、城下へと続く道を歩き始めた。

彼女がどこからか持ってきた大鎌を、軽々と肩に担ぐアニアスが頼もしく見えた。何事も無く、城下町へとたどり着くことが出来た。街の入り口では、泣いて詫びる男のせいで群衆の視線が集まり、アニアスはばつが悪そうにしていた。しばらくして長い夜は明けた。

 

 怪我人は治療施設へ運ばれ、それ以外の者には仮設の住居が用意されるということだった。土にまつわる神を持つ国だけあり、半日も経たずに村人全員分の住居が造られた。土造りだが快適で立派な家。僕とアニアスは被害者を最小限に抑えたことが褒賞に値するとして、国王の城へと招かれた。

城内を歩くアニアスは辺りを落ち着きなく見渡している。


「こんな所に来るのは初めてで緊張してしまいます」


「そうなのか。別に怒られるわけじゃ無いんだ。もう少し堂々としたらいいのに」


「褒美を貰う程の事なんですかね」


 城を案内してくれている兵に聞こえない程度の声でアニアスはつぶやいた。


「まあくれるって言っているんだし貰っておけばいいじゃないか」


「あの時はただ必死で、褒めてもらいたくてしたわけでは無いのに」


「そういうものさ。僕だって君を助ける事しか考えていなかった」


 兵士が大きな両開きの扉の前で立ち止まる。


「件の村人二名を連れてまいりました」


 声に反応して扉が開かれた。部屋の奥に見えるのが国王だろうか、赤い絨毯が彼に向かって敷かれている。その脇には兵士が直立し、前方を向いていた。物々しい雰囲気に呑まれそうになる。


「来た来た。こっちだよ二人とも」


 あの姿はメーテリアさんだろうか。今は鎧ではなく白いドレスを身にまとっている。長いスカートが動き難そうだ。


「メーテリアよ、少しは落ち着きなさい。いつもそうだ」


 ひと際威厳のある椅子に掛ける男性が彼女をたしなめる。


「お父様がそんなに怖い顔をしていては二人が委縮してしまいますよ。見てください、アニアスなんて震えているじゃない」


 王族の方だったのか。不遜な振る舞いはなかったか思い返してみたが杞憂だった。僕たちは国王の前で立ち止まり、膝を折った。


「此度は迅速な避難誘導、護衛団到着までの時を稼いだ働きに感謝と敬意を表し、ここに褒賞する。例に倣えば分神石の付与となるのだが、すでに分神を所持している者もいるそうだな。他に何か望みがあれば申してみよ」


 国王に問われ、アニアスは眉間に皺を寄せ、難しそうな表情を浮かべた。無理もないか。彼はそういう男だ。何が欲しいと言われてすぐに答えられるはずがない。言葉を返せずにいるとメーテリアさんが口を開いた。


「何でもいいんだよ。金でも土地でも、何なら私の団に入りたいでもさ」


「少し黙っていなさい」


 国王に言葉を遮られ、彼女は頬を膨らませた。


「では先に僕からいいですか」


 親子の会話に割って入り手を挙げた。僕が先に言えばアニアスも続きやすいかもしれない。特に金や地位に興味は無いが、せっかくの機会だし、きっかけだけでも手に入ればいいか。


「申してみよ」


「黄色い神の石に心当たりはありませんか。それが欲しいわけではありません。もし知っている事があれば教えてほしいだけです」


「ふむ、黄色か」


 国王は少し考えた後、傍らに立つ初老の男性を呼び寄せた。二、三言葉を交わすと男性は一冊の本を開き、何かを確認し始めた。その後小さく首を振る。


「我が国が保有する地の神の石は白であり、当然分神石も白色である。だが他国との交渉ごとにおいて分神石が対価となる場合があるため、これまでの記録を調べてみたが、黄色の神の石が我が国に存在する記録はない。すまないな、過去に奪われでもしたか」


「いえ、そこまで詳しいことを教えてくださりありがとうございます。今更で申し訳ないのですが、僕は記憶を失ってしまい、過去の事を何も覚えていません。昨日ここにいるアニアスに助けてもらった身でして。国民であるかどうかもわかりません」


「ほう、名を何と申す」


「トーキ・セキです」


「この者の顔や名前に覚えのある者は居るか」


 国王の問いかけに、周りの兵士たちは首を振る。僕を知っている人はいなかった。


「すまんな、何の情報も与えてやれず」


「いえ、ありがとうございます。報告が遅くなってしまい申し訳ございません」


 国外退去や捕らわれる事も覚悟したが、顔と名前に覚えがないというのは、良くも悪くもということかもしれない。頭を下げて一歩下がった。するとメーテリアさんが声を上げる。


「お父様、ネイブロスならばもしかしたら」


「ネイブロス王国か。あそこは水の神の石を保有して居るが、国の規模を考えればあってもおかしくはないか。もし探しに行くと申すのであれば身分の証明になる国からの出国許可証、および王国への入国推薦状を出そう。今では政治的な付き合いしかない為、これが限界だがどうだろうか」


「ありがたい限りです。心より感謝を申し上げます」


 旅に出るかどうかはひとまずとして、記憶を取り戻す可能性を見出すことは出来た。正直なところ、僕はアニアスと共に行動をしていただけだ。褒賞には期待していなかったが、言ってみるものだな。


「ではわたしも一つよろしいですか」


 アニアスは緊張した面持ちで前に出る。


「申してみよ」


「国の書庫の使用許可をお願いします。わたしにも知りたいことがありまして」


「そんなことでよいのか」


「はい、可能な限りでよいのでお願いします」


「すぐに手配しよう。他に望みは無いのか」


「はい。在りません」


 アニアスがそう言うと、メーテリアさんは残念そうにしていた。



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