番外編 かつて怪物と呼ばれた者
騎士団の兵士たちは、早朝から城の横に造られた屋外練習場に集まる。彼らの前に一人女性が歩み出た。彼女は声を張る。
「今日は槍盾部隊と歩兵部隊の合同訓練だ。各部隊長のシュウカイとウィンスの指示に従って訓練を行うように。それから新たに作られた弓部隊は各自で弓の訓練を行うこと」
「はい。ミル副団長」
兵士たちが口々に声を上げる。それぞれ訓練用の武器を手に取り整列した。弓部隊は入り口付近に置かれた弓と矢筒を手に取り、訓練場奥に造られた射撃場へ向かう。
その様子を木の陰に隠れて見ているひとりの少女。彼女は兵士たちの目を盗み、訓練用に用意されていた弓に近付くと手を伸ばした。それに気づいたミルが声をかける。
「こら、リク。何をしている」
「あたしも弓の訓練するの」
「駄目だって言っただろ。セキ、いや団長からの許しも出ていないだろ」
「なんであたしだけ駄目なの。他の皆はしてるのに」
「今はまだって事だ。もう少し成長したら正式に騎士団に入れてやるから」
「じゃあその時まで一人で訓練する」
「危ないから駄目だ」
「ミルはうるさいから嫌い」
「副団長って呼べって言っているだろ」
リクはその場から走って王城の方へ逃げだした。
「どうしたリク。また副団長に怒られたのか」
城内を一人歩いていると、リクスが声をかけた。肩を落としながらリクは言葉を返す。
「ミルに弓を取り上げられたの」
「そうなのか。リクは弓が上手くなりたいのかい」
「うん。剣じゃ空に届かないから」
「空か。それはそうだな。じゃあ副団長に内緒で俺の弓を貸してやるよ」
「本当に」
「ああ。もし怪我したらすぐに俺の所に来るんだよ。副団長に知られたら本当にまずいから」
「わかった。ありがとうリクス」
リクスは彼女を城内の自室に連れて行き、鍛錬用の弓を渡した。彼自身も力が強い方ではない。リクスに合わせられた弓力はリクでも扱える物だった。それを手にして、嬉しそうに彼女は城を出る。
屋外訓練場では兵士たちの訓練が続いている。リクは見つからないよう、反対側の道を進み、開けた場所に出た。道を少しそれた所にある大きな石の傍まで行く。人があまり立ち寄ることのない場所。ここを秘密の場所とし、内緒で持ってきた矢を隠しておいた。
「弓さえあれば練習できる」
リクは少し離れた場所に丸太を立て、それに目掛けて弓を引く。放たれた矢は風に流されて思っているよりも左に飛び、地面に刺さった。
「もっと右を狙って」
口に出しながら修正する。狙いを少し右にずらし矢を放つ。だが今度は高さが合わず、矢は丸太を越えていった。
「うまくいかないな」
めげずに矢を射るが、中々的には当たらなかった。
「基本がなっていない」
遠くから眺めていたミルが声をかけた。
「あ、ばれた」
「こら、ばれたじゃないだろ」
逃げ出そうとするリクを彼女は呼び止める。
「待て。もういい、分かったから。弓を教えてやる」
「え、いいの」
「リクでも引ける弓を持っている奴に心当たりはある。どいつもこいつもリクに甘いんだから」
ミルはそう言うとリクの横に立ち、構え方を見せる。
「いいか、まずは同じ構えが出来るように体に覚え込ませる。これが出来なければ狙いは付けられない。構えて見ろ」
「こう」
「違う。もう少し胸を張れ」
言われた通りリクが構える。ミルの姿を何度も確認し、同じように。
「こうか」
「そうだ。それが体に染みつくまでは矢を使わずに空撃ちを続けろ」
「分かった」
リクは言われた通り、矢をつがえずに同じ動きを繰り返した。弓に張られた弦の音だけが鳴り続ける
「それが出来たらまずは的に当たるようになるまで練習しろ。十本中半分当てられるようになったらまた教えてやる」
ミルはその場を離れ、リクは一人練習を続けた。彼女から姿が見えないよう、少し離れた所からその姿をミルは眺めていた。
――――
的となる丸太を三本立て、二人だけの練習場で矢を射るリク。
二つは倒れ、残り一つになった丸太に狙いを定める。息を止め、矢を放す。弧を描き、矢は丸太に刺さった。
「当たったよ、全部」
「そうだな。これで狩りには連れていけるようになるぞ」
「狩りだけなの。騎士団は」
「それはまだだ。どうしてそんなに騎士団にこだわる」
「倒したい奴がいるんだよ」
「倒したい奴」
「うん。お父さんを殺した男。前までは殺したいと思っていたけど。兵士はみんなそうなんだって。殺すか殺されるかだって。でもみんなは違った。あたし達の事も殺さなかった。だからあたしもあいつを倒して部下にしてやるの」
「そうか。リクの部下になるくらいなら……、それはまあいいか」
「どういう意味」
「ううん、何でもないよ。でも何故弓なんだ」
「飛んでいるから。空を」
「空、ああ指輪持ちかその男は」
「うん。だからもっと弓の事を教えて」
「そうだな、だったら鳥でも狙ってみたらどうだ。落とせるようになれば――」
「駄目。鳥は駄目だよ」
「そうだったな。ごめん。リクは鳥が好きだったな」
「うん。何か他の練習方法は無いの」
「それならまずは風を感じる事からかな。一射目で風の向きを感じてすぐに修正して矢を放つ。放り投げた丸太に当てれるようになったら、もしかしたら勝てるかもしれないな」
「わかった。頑張る」
「ターナさんに手伝ってもらいな。おれがお願いしとくから」
「ありがとう」
その後もリクはミルの教えを守りながら、弓の練習を続けた。弓部隊の練習に交じっても遜色ない程に腕は上達していった。
――――
ある日リクは城内にあるセキ騎士団長の自室に呼ばれた。
「どうぞ」
「入るよ」
扉を何度か叩き、返事を待ってからリクは扉を開ける。
「待ってたよ。突然扉を開けないなんて、ミルでも出来ないのに。偉いね」
「おい、おれもそれくらい出来るぞ」
ミルの不服そうな顔にセキは笑みを浮かべた。
「じゃあ、ミルから伝えてもらおうかな」
「わかった」
ミルは真剣な面持ちで彼女に視線を向ける。
「リク」
「はい」
リクは背筋を伸ばす。何を言われるのか見当はついていた。それは彼女が待ち望んでいた言葉だった。
「今日からリクをセキ騎士団の一員と認め、弓部隊への配属を申し渡す」
「やった」
飛び跳ねて喜びを表すリクに対し、ミルが強めに言葉を放つ。
「ただし、今後おれを副団長と呼ばなかった場合、城内清掃および弓の没収だ。いいな」
「うん、わかったよ」
「……まあいいや」
そう言うとミルは小さな木箱を彼女の前に差し出した。
「これは何」
不思議そうな顔でミルへ視線を向ける。するとその箱の蓋が開けられた。中には黄色に輝く石のはめられた指輪。
「これはおれの指輪の分神“声”の力の指輪だ。これをはめている人間が祈ればその声はおれに届く。誓いは“笙馨同音”心を合わせることで力が使えるのだけど、今のリクにはあまり関係ないか」
ミルが彼女の左手を取り、その指に指輪をはめた。
「いいか、リク。お前の声はおれが聞いている。何かあったらすぐに呼ぶんだぞ」
「わかったよ、ミル副団長」
「本当にわかったのかな」
指輪をはめるなり、リクは何度も手をかざし、嬉しそうに指輪の輝きを見続けた。
「宝物増えた」
鳥の刺繍が施された革製の鞘を腰に下げながら、彼女は小さく笑った。




