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番外編 後に怪物と呼ばれる者


 草木の生い茂る森の中、木の枝を振りながら歩く少女。


「このあたりにあったような」


 両親から入ってはいけないと言われていた森の中で見付けた、甘い香りの木の実。それを探しに親の目を盗んで彼女はやってきた。落ちた木のみを探しながら歩く彼女の目には、それ以外のものは目に入らなかった。大人ならば足元にある動物の足跡を見てすぐに引き返すだろうが、彼女にはそれが理解できない。足を止めることなく歩き続ける。


 目の前の茂みが揺れ、少女の体と同じくらいの大きさの熊が姿を現す。短い悲鳴を上げるが、熊は少女を敵と認識し、鋭い爪の付いた足を彼女に向けて振りかざした。


「リク」


 彼女の名前を呼びながら現れた女。熊と少女の間に割って入り、熊の爪は女の背中を切り裂いた。血がにじむ。


「アイク姉ちゃん」


 アイクと呼ばれる女は、傍に転がっていた石を熊に放った。眉間に当たり、踵を返して熊は森の中に消えていく。


「姉ちゃん、大丈夫」


 背中の服は真っ赤に染まっていた。女は額に汗を浮かべながらも笑顔を作る。


「大丈夫だよ。ここは危ないから村に戻ろうか」


「うん、ごめんなさい」


 リクは涙を流しながら謝る。そんな彼女の頭を優しく撫でながら、アイクは大丈夫だよと繰り返す。


 街に戻り病院で治療を受けるアイク。幸い傷は深くは無かった。


「森に入ってはいけないとあれほど言っただろう」


 少女の父親は声を荒げる。


「ベツリさん、私は大丈夫だから。リクをあんまり怒らないでよ」


「でもこの子のせいでアイクちゃんが怪我を」


「これくらい何てことないから。ほら」


 アイクは腕をぐるぐると回す。顔を歪めながらも、笑顔を作っていた。


「リク、今度森に入りたいときはお姉ちゃんも誘ってよね」


「うん。わかった」


 アイクは包帯の上から、ベツリの用意した新しい服を着る。


「ベツリさん、なんだかいつもより病院が騒がしいね」


 辺りを見渡すと、国の兵士と思われる怪我人が多くいる事に気付く。


「ああ、近くで戦争が起こっているという話だ。連合とのね」


「また始まったのね。そんなに帝国は領土が欲しいのかな」


 アイクは眉間に皺を寄せる。


「帝国兵が多くいるこんな所で、そんな事を言ってはいけないよ」


「そうですね。すみません」


「気持ちは分かるがね。ひとまず家に戻ろうか」


 三人は病院を出て大通りを進む。父親がリクの手を引きながら口を開く。


「それにしてもどうして森に入ったんだ。あれほど駄目だと言っていたのに」


「木の実、欲しかったの」


「朝ご飯が足りなかったのか」


「ううん。キュウの分」


「キュウってあの家にたまに来る鳥の事か」


「そう。たまに咥えてくるの。同じものを森で見かけたことあったから。キュウが好きなのかなって」


「リクは本当に動物が好きだね」


 アイクが笑顔を見せる。


「そうだ、これをリクに上げるよ」


 彼女は腰からナイフを取り出す。刃は革製の鞘に納められている。その鞘には鳥の刺繍が施されていた。


「かわいいだろ」


「かわいい。ありがとうアイク姉ちゃん」


「まだこの子に刃物は危ないんじゃないか」


「ベツリさん、私がリクくらいの年の頃には、料理の手伝いとかもしていたよ」


「そうなのかい。分かった、リクそれは母さんの前でしか使ってはいけないし、もしまた勝手に森に入ったりしたら取り上げるからな」


「もうしないよ」


 リクは家に戻るまでの道中、それを大事そうに両手で持ち、装飾を眺めながら帰った。


「ただいま。お母さん料理手伝う」


 家に入るなり、貰ったばかりのナイフを使いたそうに調理場に向かった。だが母親は沈んだ表情で三人を出迎えた。


「あなた、おかえりなさい」


「どうしたんだ、そんな顔をして」


 そう言うと母親は一枚の紙を差し出した。招集令状と書かれた紙をベツリは受け取る。


「ついに俺の所にも来たか」


「なにそれ」


 リクが無邪気に言う。彼女以外の全員はその意味を理解していた。戦場で戦う兵士の数を補うために行われる国民からの徴兵。騎士団とは違い、訓練も満足に積んでいない。当然民間兵士の戦死率は高く、アイクの父も徴兵され戦場で命を落としていた。


「それで、いつからだ」


「明日からだそうです。なんだか怖い顔をしていたわ」


「早いな。余程戦局が芳しくないのか。よし、じゃあ今日は豪華な夕食を頼む。アイクちゃんも一緒に食べて行っておくれ」


「はい。わかりました」


 暗くならないよう振る舞う三人とは違い、リクだけはアイクも一緒の豪華な食事に喜んでいた。


 翌朝父親はリクの眠っているうちに家を出た。支給された装備品を身に付け、帝国兵の操る馬車に乗って。


「おはよう」


 眠たげに目を擦りながらリクが起きてくる。


「あれお父さんは」


「お仕事よ」


「そっか。ちょっと遊びに行ってくる」


「こら、待ちなさい。朝ご飯は」


「いらない。キュウ探してくる」


 母親の言葉を聞かず、彼女は家を出た。父親の言いつけを守り、ナイフの鞘だけを大事そうに抱えて。


 家の周りを駆けながらキュウと名付けた鳥を探す。


「キュウにも見せてあげたいんだけどな。今日は居ないのかな」


 空ばかりを見て駆けていたせいで、目の前の人物に気が付かず、その脚にぶつかってしまう。


「ごめんなさい」


 リクの何倍もありそうな長身の男。頬はこけ、腕や脚は枝のように細かった。男は彼女を見下ろしたまま口を開かない。その指には緑色に輝く石の指輪がはめられていた。


「フロイト様」


 男のもとへ駆け寄る帝国兵士。


「男は見つかったか」


「いえ、何処にも」


「そうか。街に居る事は間違いないのだな」


「はい、街の入り口で馬車を降り、街の中へ向かったと報告を受けています」


「わかった。十三従神(じゅうさんじゅうしん)が浮の神よ、我が身を依り代とし、祓い給え」


 風が男の体を包み込み、足は地面から離れて体は宙に浮く。空高く浮き上がった男は自在に空を舞った。


「見付けたぞ。こっちだ」


 少し離れた位置で男は声を上げる。その真下に向かって兵士は駆け出した。リクは突然不安に駆られる。何故だかその場所に向かわなければいけないような。その理由は分からなかった。


 兵士の後をついて走ると、路地の奥で帝国兵士に囲まれる父親を見付けた。彼の前には空を舞っていた長身の男。


「お父さん」


「リク……。ごめんな。黙って出て行ってごめんな」


 父親の目には涙が浮かんでいた。


「私の命令に背いた人間がどうなるか。知らないわけでは無いだろう」


 長身の男が父親の腹部に剣を突きたてる。


「お前のような奴がいては、他の人間に悪影響だ。この場で死ね」


 引き抜かれた剣の刃は父親の血に染まっていた。男はそれを軽く振り、血を飛ばす。


「お前たちは集めた兵士を戦場に送れ」


 指示を聞いた帝国兵は何事も無かったかのように、その場からいなくなった。


「お父さん」


 リクは倒れた父親の元に駆け寄る。


「ごめんな。置いて行けなかったんだ……父さんリクが心配で……」


「見て、お父さんに言われた通りナイフは家に置いてきたよ。森にももう勝手に行かないよ。大丈夫だから。ねえお父さん――」


「こんな人間は帝国民ではない」


 男が父親の頭を強く踏みつけた。父親の体は動かなくなる。それ以上話すことは出来なかった。


「お父さん起きてよ……。ねえ、お母さん、アイク姉ちゃん、誰か、誰か助けてよ」


 男は再度空に浮き上がり、王城の方に戻っていった。リクの声は誰にも届かず、彼女は動かなくなった父親の傍で一人泣き続けた。


「力を求めるか」


 泣き崩れるリクの傍に立つ男。黒衣に身を包んだ男が小さく震えるリクの背中に声をかけた。リクは涙を流しながら、振り絞るように言葉を返す。


「……強くなりたい。あいつを殺せるくらい強く」


「ならば力を与えよう」


 男は黒い石の指輪をリクに渡し、手にした本を開く。


「“一念化生(いちねんけしょう)”力を求めれば神がそれに答える。後戻りは出来ない。それでも復讐を誓うか」


 リクは無言で頷き、受けとった指輪をはめた。


「神の声に従い力を願え」


 父親を殺した男に届く羽根と、その身体を貫く力が欲しいと強く願い、リクは祈りを捧げる。


「我が身に宿りし生の神よ、無慙無愧(むざんむき)なる衆人を、断絶し祓い給え」


 指輪の石は黒さを増し、彼女の身体は願った姿に形を変えた。




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