番外編 かつて失った大切なもの
「新入りか」
冷たい床で目を覚ました少年に声をかける男。
「君は誰」
「俺はジョークだ。ここじゃ六の番号で呼ばれているがな」
「ぼくの番号は十九番らしい」
「ここに来る前はなんて呼ばれていたんだ」
「あれとか、これとか」
「名前を持ってないのか。十九番だから十九とかか。何だか俺と似たような響きだな」
「十九でいいよ、ぼくは」
「そうか、なら十九だ。よろしくな」
「うん、よろしく」
ーーーー
冷たい床で男は目を覚ます。
「懐かしい夢を見ていたよ。ジョーク、君と出会った日の夢だ」
石壁で囲まれた部屋。壁には小さな扉の付いた出入り口と、手が通る程度の隙間しかなかった。青年の手には鎖付きの鉄製の輪。腕輪から伸びる鎖は反対の輪に繋がれていた。両手の自由は肩幅程度しかない。石壁の隙間から簡素な食事が投げ込まれた。地面に転がったパンを拾い上げると、彼は言葉を投げかける。
「ジョーク、君が先に食べなよ」
彼の持つパンは受け取られなかった。
「いいのかい。じゃあぼくが食べるね」
青年はパンを口に運ぶ。
「美味しいな」
青年の声は部屋にこだました。
「仕事の時間だ。外に出ろ」
小さな扉が開かれる。青年は頭を下げ、地面を這うように部屋から出た。広い空間にはいくつもの小さな扉。天井は暗くてよく見えない。松明の明かりだけがおぼろげにその空間を照らしていた。
「番号の一から十九は掘削作業に取り掛かれ」
十九番と呼ばれる彼は番号六の男と共に、先端に鋭い鉄の付いた道具を手に取る。長い階段を下りると、空の荷車を引き、松明の明かりを頼りに先に進んでいく。
行き止まりに着くと道具を振り上げて、硬い石の壁を叩き始めた。何度も振り上げては叩き、石を砕く。
ある程度作業を進めると、砕いた石を荷車に乗せ、元来た道を戻った。階段の下では番号が二十以降の人間が袋にそれを詰め、胸に担いで階段を上っていく。青年は毎日その作業をただただ繰り返した。そうすれば食事を貰えると知っていたから。
起きては石を掘り、掘っては眠る。彼はそんな生活を繰り返していた。
石を掘り進めていると、透明な石が彼の足元に転がった。
「これはお手柄だよ」
一番端で掘っていた彼はそれを拾い上げると、隣に向けて声を上げる。
「二人でここを掘り進めよう。ご飯がいっぱい貰えるぞ」
透明の石の塊を叩き、掘り出していく。荷車にそれを乗せ、急いで道を戻った。
「幻石が出たか」
階段の下で彼らを見張っている男が小さく呟いた。
「ぼく達で掘りました。ご褒美は貰えますか」
「ここに長くいるとおかしくなる奴も少なくないからな。ああ、いつもより多めに飯を与えてやる」
「ありがとうございます。楽しみだね」
番号十九の青年は喜びを分かち合った。
同じ生活を続ける青年は、ある日部屋の外の騒がしさに目を覚ました。
「外で何かあったのかい」
問いかけに答えは無い。体を屈めて扉を叩く。返事は無い。
部屋が揺れるほどの衝撃。ただ事ではないと思い、再度扉を強く叩く。
「誰かいませんか、何があったのですか」
すると扉の向こうから声が聞えてきた。
「まだ残っているようだね。中の人よ、少し壁から離れていなさい」
「ジョーク、下がれって言っている」
言われるがまま青年は反対側の壁に背を付ける。石壁が音も無く砕け、隙間から眩い光が差し込んだ。あまりの光の強さに目が眩む。光の中には二人の人影。その後ろには大きな何か。青年の前に立つ男が口を開く。
「もう大丈夫だ。君を助けに来た」
「助けるとはどういうことですか」
困惑する青年に男の隣に立つ女が言葉を返す。
「ここに入れられて長いのでしょう。その異常さに気付かぬ程に」
「そうかもしれないな。我々と一緒に来い」
「ぼくよりもジョークを連れて行ってください。彼は体が弱く、あまり食事も口にしません。ぼくは大丈夫なので」
青年の言葉を聞き、二人は黙り込む。
「どうしたのですか」
「ジョークとは誰の事だ」
「僕の大切な友人です」
「ここには君しかいない」
「そんな事ないです。ここにジョークが居るのが見えないのですか」
青年は隣に視線を向ける。二人にはそこに居ると言うジョークの姿は見えなかった。
「おかしくなっているのでしょうか」
女が男に問いかける。
「おかしいのは世界の方だ」
男は青年に向き直り、言葉を続けた。
「この指輪を君に与えよう。“名体不離”名は体を、体は名を。二つを切り離すことは出来ない。ジョークの名を忘れぬ限り、君の中に彼は生き続ける」
青年は男が差し出した黒い指輪を受け取る。
「君の名前は」
「名前はありません。十九番。ここではそう呼ばれています」
「そうか。ならば今から君をジョークと呼ぼう。名の無い君に、体の無いジョークの名を。そうすれば君たち二人が切り離されることは無くなるだろう」
青年は男たちと共に、光の中に進んでいった。




