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番外編 かつての思いを繋いでいく者達


 ネイブロス王国城、玉座の間に呼ばれた兄弟。父親である国王の前には第一王子のエイギスと第二王子のビーガスが立っていた。二人の指には青い石の指輪がはめられている。彼らに対し国王が口を開く。


「エイギスに申し渡す。北東のランセイス連合国境付近の街に城を築き、防衛拠点としてその領内の統治に努めよ」


「はい。父上」


 エイギスは膝を折り、深く頭を下げた。


「ビーガスは王城に残り、騎士団を率いて王領の守衛に努めよ」


 兄とは違い、ビーガスは俯いたまま言葉を発しなかった。見かねたエイギスは小さな声で彼に声をかける。


「何をしている、すぐに返事をしないか」


「ち、父上、その考えには承服しかねます」


 ビーガスの言葉に驚き、エイギスは思わず立ち上がった。


「何を言っているんだお前は」


「だって兄さんは――」


「ビーガス、申してみよ」


「はい。確かに兄さんの持つ神の石は守護に長けています。しかし、その一方で兄さんは指揮官としても非常に優秀です。有事の際、大軍を率いる可能性の在る王領の守衛には、兄さんの方が適任だと思います」


「ほう、エイギスはどう思う」


「はい。適任という話であれば、こと守ることに関しては私よりも弟の方が秀でているかと」


「そうか。ならばお前たちの考えるようにしろ」


「はい」


 二人は玉座の間を後にする。部屋を出てすぐ、エイギスが口を開く。


「急に何を言い出しているんだお前は」


「ごめんよ兄さん。でもここに僕が残る訳にはいかないよ」


「どうしてそこまで」


「さっきも言っただろう。そうと決まればすぐに準備をしなくては」


 はぐらかすようにビーガスは足早に自室へと戻っていった。


 石造りの王城内の廊下を進む。日の光が差し込む窓。彼はそこで立ち止まり、階下の庭園を眺めていた。


「しばらくここともお別れか」


「ビーガス様」


「ミイネ。これからは兄さんと共にここを頼むよ」


「はい。寂しくなりますね」


 彼は優しく微笑み返す。


「そういえばあの絵はまだ飾ってあるのかい」


「湖の絵ですか。勿論です。あれは私たちの大切な思い出ですから」


「思い出か。そう思ってもらえるようになって本当に良かった」


 ビーガスは幼い頃の記憶を思い返す。


ーーーー


 王城の庭園で木剣を振るう二人の少年。一心不乱に剣を振り続ける少年達の目は赤く腫れていた。


「ビーガス。俺達が強くならなければ」


「そうだね、兄さん」


 ビーガスは目元を擦る。溢れそうになる涙を隠すように。その手の皮は剥け落ち、血が滲んでいた。


「お二人ともその辺りでお辞め下さい」


 二人の傍にいた兵士が声をかけるが、その手は止まらなかった。


「何をしているの」


 二人のもとへ歩み寄る女性。その声を聞いてビーガスは手を止める。


「二人とも葬列に参加せずにこんな所で」


「ごめんなさい、お母さま。どうしても僕たちは……」


「これから共に行きますよ」


「はい。分かりました」


 母親の言う事を聞く彼とは違い、エイギスは何も言わずにその場を離れて行った。その様子を見て母親は小さく呟く。


「あの子はまだ私を母親とは認めてくれないのかしら」


「そうでは無いと思います。今はまだ心が……。大丈夫です。兄さんの事は僕に任せてください」


 ビーガスは彼を追って王城を出る。行先に心当たりがあった。


 王城の裏門から出ると、目の前には大きな湖が広がっていた。湖に沿って道を進む。しばらく進むと、広く整地された場所に行きつく。思った通り、そこにエイギスの姿があった。その隣には同じ年頃の少女。


「兄さん、やっぱりここだった」


「ビーガス。良かったのか一緒に行かなくて」


「大丈夫。今は僕もここに来たかったんだ。三人とも同じ思いだったんだね」


 三人で湖を眺める。地平線に日が沈もうとしていた。日の光が水面を赤く染める。言葉を発することなくビーガスはそこに視線を落とし続けた。静かに涙を流す少女になんと声をかけていいか分からなかった。隣に立つエイギスが口を開く。


「ネスト団長は剣の師匠だ。これからもずっと。あの人の思いは俺たちが必ず継いでいく。こんなことが起こらない様に。ミイネの事も絶対に俺たちが守る」


 少女は小さく頷いた。胸の前に強く握った拳は、彼女の思いを現していた。


「うん。私も強くなるよ。でも、今日だけは」


 彼女は強く握っていた拳を開いた。指輪の跡が手の平に浮かんでいる。青い石を夕日が輝かせた。


「それは団長の」


「明日には国王様に返さなければいけなくて。でも今日だけは、お父様と一緒に」


 その後も三人は日が沈むまで空に祈り続けた。戦死したミイネの父親を弔うように。


 日が落ち、ミイネを街まで送り届けた二人は王城に戻る。城前広場には松明の火が灯っていた。


「兄さん、お母さまが悲しんでいたよ。母親と思われていないんじゃないかって」


「そんな事は……」


 エイギスは言葉を飲み込んだ。


「産んでくれたお母さまがどう思うか考えているんでしょ」


「ああ」


「二人とも僕たちのお母さまだよ。死んだらお終いじゃないだろう。兄さんが教えてくれた民を守る人になりなさいというお義母さまの言葉。その思いは僕の中にも残っている。それに今までもこれからもネスト団長は僕たちの師匠だって。兄さんもそう言っていたじゃなか。全部繋がっていくんだよ」


「そうだな。二人とも、だな」


 広場を抜けた所で、背後から王国兵の声が聞えてきた。


「連れ去りだ。すぐに動ける兵は街中の捜索を」


 嫌な予感がしてビーガスは兵士に声をかける。


「誰が連れ去られたのですか」


「ビーガス王子。それが亡くなったネスト団長のご息女だという報告がありまして」


「ミイネが」


 彼よりも早くエイギスは街へと走り出していた。その後を追ってビーガスも街へ向かう。彼女の言葉を聞かず、家まで送るべきだったと後悔しながら。


 街を走り回り、兵士に話を聞くが未だに見付かったとの報告は無い。街の東側にある採掘場付近でエイギスが足を止める。


「声が聞えた気がする」


 二人は目を閉じて耳を澄ます。


「こっちだ」


 エイギスは採掘場に併設された作業員の待機所の方へ走り出した。採掘機は夜の間は止められており、当然作業員は居ない。だがその待機所には僅かに明かりが灯っていた。


 足音を消してゆっくりと近付く。


「兄さん、兵士に知らせた方が」


「いや、団長が戦死した事は街の民も知っている。目的は金では無いかもしれない。逆恨みか、誰でもよかったのか、とにかくミイネの身が危ない可能性が高い」


 待機所の窓辺に張り付き、中を窺う。両手を縛られたミイネと、彼女の前に立つ一人の男。男の手には刃物が握られていた。


「僕が男に飛びかかるから、兄さんはその間にミイネをお願い」


「駄目だ。俺が奴の相手をする。俺の方が強い」


「兄さんはミイネを守ると誓っただろう。ここは僕に任せてよ。刃物さえどうにかすれば、あんな男。兄さんとの訓練の方が余程さ」


 身を屈めて入り口の扉の両側に付く。ビーガスは扉に手をかけ、兄の顔を見た。息を合わせて室内に入る。


 男は突然の事に驚き体が固まる。その隙をついてビーガスが男の腹を目掛けて力の限りぶつかった。体勢を崩した男はその場に倒れ込む。


「兄さん、今のうちだ」


 エイギスは素早くミイネに駆け寄る。彼女の背中を押し、二人は待機所の扉へ向かった。


「ビーガス、お前も来い」


「駄目だ。ミイネを安全な場所へ」


 ビーガスは倒れる男の手を踏みつけ、手から離れた刃物を部屋の隅に蹴り飛ばす。男が立ち上がるが、彼はその身体に腕を回し、進行を妨げた。


「邪魔をしやがって」


 男がビーガスの腕を掴み、強く振り払う。力に負け、彼の体は床に転がった。その腹部を男が蹴り上げる。苦悶の表情を浮かべるビーガス。だがその脚を掴み、離さないよう強く握った。


「離せガキ」


 自由の利く方の足で、体を踏みつける。それでもビーガスは離そうとはしなかった。何度踏みつけられようと、どれほどの痛みが襲うと。


「十三従神が霧の神、我が血を依り代とし、祓い給え」


 痛みを堪えながら目を開けると、入り口に立つエイギスの姿が目に入った。自分の手の甲を噛みちぎり、流れ出る血は空中に消えた。その指には大きさの合っていない指輪。瞬く間に室内は濃い霧に包まれた。


「よく耐えたな」


 ビーガスに肩を貸し立ち上がらせるエイギス。霧の中で男は二人の影を攻撃し続けていた。


「この力はネスト団長の」


「ああ。団長が力を貸してくれた。奴は俺が作った幻に夢中なようだ」


 二人は入り口に向かう。次第に床には水が溜まり、男が足を滑らせて倒れた音が室内に響いた。扉を固く締め、二人がかりで兵士が到着するまでの間、男を閉じ込めた。


 兵士たちが縛り上げた男を連れて行く。二人はひとまずミイネを連れて王城へと戻る事にした。肩を震わす彼女にエイギスが声をかける。


「ネスト団長の形見の指輪。その力と意思を俺が引き継いでもいいか」


 手の平に乗せた指輪が月明かりに照らされる。


「うん。エイギス様なら」


 彼女は笑顔で頷いた。



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