第二十話 衝突
また夢を見ている。一人の青年が机に向かい何かを記している。彼はこちらに気付くと、笑みを浮かべて立ち上がった。手には指輪がはめられていた。何度も見た黄色い指輪。青年と共に家を出ると、豊かな草原が広がっていた。青年は膝を折り、空に祈りを捧げているようだった。視線は空へと移り、視界は光に包まれた。僕は目を開ける。
自室を出て食堂に行くと、すでに全員が揃っていた。その顔は険しいものだった。今日僕たちはノライト教国領へと発つ。覚悟を決めた皆に、穏やかな表情を浮かべたターナさんが料理を配る。誰も口を開こうとはしなかった。静かな食卓。それを頂くと僕たちは家を出た。
「少しお待ちください。セキ様」
すぐに王城前に向かおうとした僕たちを、ターナさんが呼び止めた。
「どうしましたか」
「今回は私も同行させてもらえないでしょうか」
「それは出来ないよ。今回の出兵は特に危険なんだ。これまでと違って戦いになることが決まっている。そんな所にターナさんを連れては行けないよ」
「私にも神の力があります」
「そうは言われても。戦うための力では無いし」
「お役に立てると思うのですが」
言葉を返せずに困っていると僕たちの前に一人の男が現れた。
「どうしたんだい、シュウカイ。こんな所で」
「良かった、まだいたか。こんな事、俺が言える立場ではないことは分かっている。だが、俺をこの戦いに連れて行ってくれないか」
その顔から彼の強い意思を感じる。すぐさまミルが言葉を返す。
「この間は断ったのに、どういう心変わりだ」
「街では噂になっている。王国の存亡がかかった戦いだと。俺はずっと騎士は名を上げる為に戦い、それはただの手段だと思っていた。だがお前たちに現実を見せつけられ、力の意味を、戦う意味を俺なりに考えた。それが今だと思ったんだ。頼む、俺を連れて行ってくれ」
シュウカイは深く頭を下げた。僕の中で答えは決まっている。それはミルも同じだろう。だが彼はどうだろうか。僕とミルは通じ合っているかのように、リクスの答えを待った。彼が口を開く。
「今ここでもう一度俺と戦え。勝つことが出来たら連れて行ってやる。俺はあの頃より随分と強くなったぞ。今のお前には負けないだろう」
リクスがシュウカイに近付く。だが彼は首を横に振った。
「それは意味がない。無駄な時間を割くわけにはいかない。そんな事をするくらいなら俺は諦めて帰るよ」
「そうか。ならば戦場でどちらが強いか示すしかないな」
それが彼なりの答えだった。僕たちはシュウカイを受け入れる。
「さあ、時間がありませんよ。早く王城へ向かいましょう」
何故かターナさんが僕らを促す。どさくさに紛れる形で、彼女も一緒に行くことになった。戦場には絶対に出ないという約束をして。
王城に着くと、隊列を組み軍は進み始めた。先頭を行くエイギス騎士団の後ろに付いて歩く。日が暮れるまで歩き続けると、すでに天幕の張られた野営地に着く。先遣部隊があらかじめ中継地点に用意しておいたものだ。準備の時間を省き、より早く先に進むために。
軍は中継地点を経由しながら進み続けた。途中、あの時よりも早くラグナ草原を通り過ぎる。接敵することも無く、僕たちはノライト教国との国境まで近付くことが出来た。そこにはすでに先遣部隊が軍備を整え、主力部隊の到着を待っていた。
「お待ちしておりました。エイギス王子」
ミイネ団長が頭を下げた。エイギス王子は軍に向かって声を上げる。
「これよりこの場所に陣を敷き、教国領へと進軍する。王国兵はそれぞれの部隊長の指示に従え」
現地に集められたミイネ騎士団の団員を加えた主力部隊は、三つに分けられた。教国領に対し、向かって右軍をビーガス王子が、左軍をエイギス王子が指揮を執る。中央軍は教国兵と幾度も戦ってきたとして、僕が任されることになった。陣が敷かれると、軍は教国領内へと進軍を開始した。
兵は進み、教国の城が見え始めた頃、僕たちはその足を止めた。隊列を組む教国兵と相対する。敵兵の中には見知った顔もある。右軍の前方には腐食の力を持つ女。僕たちの前方には異形の怪物の姿があった。そしてエイギス王子率いる左軍の前にも、ジョークや女と同じ衣を身にまとった男がいた。同じように神の力を使うだろう。だがその力の正体は分からない。だがエイギス王子ならば。剣を握る手に力がこもる。そしてエイギス王子の声と共に戦闘は始まった。
剣を手に迫りくる敵兵。僕は前列に並べた槍盾部隊に指示を出す。盾を構えその攻撃を跳ね返すと、二列目に控えた兵が敵兵を槍で突いた。だがその勢いは弱まらず、自軍の兵士の亡骸を足がかりにし、盾兵を飛び越えると、部隊へと切り込んできた。歩兵部隊を前に出しぶつける。
「槍盾隊は後ろを信じて乱れた列を整えて。抜けた兵士は歩兵隊が相手をするように」
歩兵隊はミルが育てた隊だ。そう簡単に負けるわけがない。間を抜けた兵を背中の歩兵隊に任せ、槍盾隊は前を向いた。
敵の勢いを止め、僕たちは戦線を押し上げる。
「その調子だ。このまま兵を進めるぞ」
優勢だった戦況は、たったの一振りで覆された。巨大な体と、太い腕。鋭利な爪を持つ怪物。強固な盾の壁は怪物の攻撃で簡単に崩れてしまった。空いた隙間から敵兵が流れ込む。
「歩兵隊を盾で守って戦うんだ」
真ん中に空いた穴を埋めようとするが、怪物がそれを許さなかった。指先の鋭利な爪が兵士の体を貫く。大きな穴を開け、その体は宙を舞った。血に濡れたその爪の矛先は、ミルに向けられる。彼女は周りの兵士を守るように、流れ込んだ敵兵の相手をしていてそれに気付いていない。
「ミル」
振り下ろされた怪物の腕をシュウカイが防いだ。
「副団長さん、周りが見えていないんじゃないか」
「すまない、助かった」
シュウカイが怪物の攻撃を盾一つで受け続ける。
「シュウカイ一人では持たない。ウィンス、ミル奴の背後に回って足を奪え」
僕はミルに剣を振るう敵兵士を引き受けた。剣を弾いて鎧の隙間から刃を入れる。シュウカイの持つ盾は形を変え、その爪の先が彼の腕をえぐった。血が噴き出す。
「下がれシュウカイ」
体勢を立て直した槍盾隊が列を成して彼の前に出る。
「大丈夫か」
「ああ、だがもう盾は握れない」
「心配ない。俺に任せろ」
リクスが駆け寄り、祈りを捧げる。たちまち傷は塞がった。
「これでまだ戦えるぞ。休めなくて残念だったな、でかぶつ」
「そんなつもりは無かったが。人使いが荒いな、非力のくせに」
シュウカイは傍にあった槍を拾い上げる。
「これでも食らいやがれ、怪物」
投げられた槍は怪物の目に突き刺さった。苦しみながら咆哮を上げる。同時に、背後に回ったウィンスとミルが足首を切り裂いた。怪物は大きな羽根を広げて飛び上がる。流れ出た鮮血が辺りに飛び散る。そのまま怪物は敵軍の後方へ飛び去った。
「今のうちだ。隊列を組み直して、戦線を押し上げるぞ」
流れ込んできた敵兵を打倒し、僕たちは少しずつ城の方へと進んでいった。
「セキ団長」
不意にケプラから声をかけられる。
「どうした」
「ビーガス様の右軍が苦戦中との報告がありました」
隣の戦場に目を向ける。確かに戦線は押し込まれていた。ビーガス王子の指輪の力は集団戦には向いていない。何より今回は軍を率いた状態だ。身動きも取り辛いだろう。考えを巡らしていると、何故か戦場にターナさんの姿があった。
「ターナさん何故こんな所に。戦場には出ない約束でしたよね」
「敵兵を率いる腐食の女に対して、私の力は相性が良いと思いまして。向かってもよろしいでしょうか」
「いや、でも……」
「ここは背中を押していただけると助かります」
「分かりました。無理をせず、絶対に死なないでください。約束ですよ」
「ありがとうございます。セキ様の言葉は力を与えますね。それでは行ってまいります」
そう言うと彼女は隣の戦場へと駆けて行った。場違いな服をなびかせながら。
僕たちはその後も戦線を少しずつ上げ、城の目前まで迫っていた。右軍は先ほどよりも押し上げつつある。ターナさんが引き受けているのだろうか。だが左軍は戦線が拮抗していた。時折戦場を霧が包んでいた。そのせいか敵の進行は鈍いように見える。兵を両軍に分けるべきだろうか。中央が戦線を押し込んだことにより、ここから兵を分ければ、敵軍の横腹に攻撃を加えられるだろう。だが一抹の不安が残る。その不安は的中した。左軍の方から、巨大な影が空に舞う。再度僕らの前に降り立った怪物の傷は癒えていた。
「ケプラはいるか」
「はい」
「左軍の情報は」
「敵にも治癒を使える者がいると」
このままでは時間の問題か。僕は決断する。
「騎馬隊、馬を貸して」
僕は馬に跨った。ミルが驚いた様子で口を開く。
「何をするつもりだ」
「このまま戦場を突っ切る。そして城に入り頭を落とす」
「一人でそんなこと出来るのか」
「僕がやらなきゃいけない。そんな気がするんだ。ミル、ここを任せてもいいか」
「嫌だ」
ミルはそう言うと、後ろに飛び乗った。
「おれはお前の護衛だろ。道を切り開いてやる」
「でもここはどうする」
「おれたちの育てた兵士はそんなにやわじゃない。任せたぞ、ウィンス部隊長。出来るな」
「もちろんですよ。副団長」
「セキ団長」
肩で息をするリクス。疲れの色を隠すように笑って見せた。
「行ってください。ここには俺達もいます。大丈夫です。なあでかぶつ」
「うるせえ。黙って傷治せ、非力」
頼もしい彼らに戦場を預け、僕たちは城へと向かった。




