第十八話 謀反
賑やかな夜が明けた。明日の朝出発すると団員に告げ、今日一日は自由行動とした。
そう言えば昨晩の夕食後からミルの姿を見ていないな。彼女の事だ、心配はいらないだろう。それにしても街なみはそれほど変わっていないな。僕は城前の階段上から街を眺めた。
メーテリアさんからアニアスを街に呼んでいるからと告げられ、村に繋がる街の入り口に向かう。石壁に囲まれた街を出て、入り口の階段下で彼を待つ。しばらくして馬に乗った彼の姿が見えてきた。あの時のまま、何も変わらない彼の姿に少し安心する。
「元気そうで良かったよ」
僕は馬を降りたアニアスに声をかけた。彼も嬉しそうに笑みをこぼしながら言葉を返す。
「久しぶりですね。何も言わずに出ていくなんて、寂しかったですよ」
「すまなかった。あの時は君に会うと決心が揺らいでしまう気がしていて」
「無事で良かったです。そうだ、聞きましたよ、騎士団長になったそうですね」
「ああ、君と別れてから色々な事があって、いつの間にかね」
「いつの間にかで、騎士団長になれるものなのですか」
「それはそうだな」
僕たちは笑いあった。
「あれから村はどうだい」
「もうすぐ元通りといったところです。みんな村の為に働いてくれて。それに村にも護衛の兵が駐屯するようになりました。国王様には感謝しかありません」
「そうなのか。その様子だと、あの男も心を入れ替えたのかい」
「はい、すっかり。今では村の子どもたちに仕事を教えたりしていて。頼もしい限りですよ。今日も僕の代わりに田畑の仕事を快く引き受けてくれて」
「それは良かった。随分と変わったみたいだね。まるで別人だ」
他愛もない話をしていると、道の向こうからミルが歩いて来るのが目に入った。
「ミル、どこに行っていたの。昨日から居なかったみたいだけど」
「別に。ちょっと兄さんの――」
言いかけたところでミルはアニアスの顔を確認し、僕に再度出会った時のように、深く頭を下げた。そういえばあれからアニアスには会っていなかったか。
「あの時は本当にごめんなさい」
アニアスは少し考えた後、穏やかな顔でミルに言葉を返した。
「君は確かあの時の女の子。聞いているよ、セキの騎士団の副団長をしているそうですね。過ぎたことだと簡単には言えませんが、過去の事ばかり考えていても仕方がないので。セキの事をお願いしますね」
ミルは頷き、再度謝ると街の方へ駆けていった。ミルの団員に対する接し方や、面倒見の良さを見るとお兄さんの愛を受けて育ってきたことが分かる。あの時の事はお互いに辛い過去だろう。二人が和解出来てよかった。
「彼女も心を入れ替えてね。今ではとても頼りになる存在なんだよ」
「そうですか。お互い、ですね」
「そうだな」
「街にはどのくらい滞在するのですか」
「明日に朝にはここを出るかな。今日は皆自由だ」
「でしたらご飯でもどうですか」
「そうだな。まだ朝食を食べていないし」
「私も走り通しでお腹がすきました」
僕たちは場所を移そうと、街へ向かい食堂を探した。看板を見付けて店に入ろうとした時、通りの向こう側に見知った顔を見かける。片手に大事そうに本を抱える初老の男性。あれは確か、僕たちを王城の書庫へ案内してくれた男性だ。国王とも親密そうに話していたし、地位のある人なのだろうけど、こんな所で何をしているのだろうか。声をかけようとしたが、彼は路地へと消えていった。
食堂に入り運ばれてきた料理を食べる。話は尽きず、お互いに時間を忘れて話し続けた。ふとお店の前が騒がしいことに気付く。何かあったのだろうか。僕とアニアスは支払いを済ませ、店の外へ出た。街ゆく人々が皆空を見上げていた。同じように空へと視線を移すと、東の空に巨大な鳥のような影があった。逆光のせいで影しか確認できなかったが、鳥とは思えぬ体の大きさ。それが何なのか僕は知っていた。ラグナ草原でジョークを連れ去った異形の怪物。その影は王城へ向かって進んでいる。まだ距離はあるが、王城が危ない。いくらか猶予はある。僕はすぐに駆けだした。
「アニアス、すぐに住人の避難誘導を。安全そうな場所は分かるか。この街も危なくなるかもしれない」
「街の中にいくつか避難所があったはずです。地下に造られているので安全です」
「ではそこに街の人々を。頼めるかい」
「分かりました。セキは」
「僕は一度王城に向かう」
「気を付けてください」
「ああ。お互いにだ」
真新しい記憶。街が戦場になった経験から、僕はアニアスにそう伝えると、ひとまず状況を知らせようと王城まで走った。途中でミルと合流する。
「セキ、あれってやっぱり」
「ああ、あの時の怪物に間違いない。早く知らせよう」
急ぎ王城へ向かい、メーテリアさんを探す。街へと駆け出す王国兵に、玉座の間に居ることを聞き、僕たちは走った。
扉を開き中に入ると、彼女と何人かの兵士が国王のもとへ集まり、話しをしていた。僕はすぐに伝える。
「メーテリアさん、怪物が王城に近付いています。城を破壊されるかもしれない。すぐに外に出た方がいい。街の人達の避難はアニアスに頼んでいます」
僕の言葉に驚いた様子で彼女は言葉を返す。
「あの異形について、何か知っているのかい」
「はい、おそらくノライト教国の何かかと。以前戦った時にあれと対峙した事があります。その体は大きく、城壁は簡単に破壊されるかもしれません」
そう言うと国王が兵士に指示を出し、兵士たちが部屋から出て行った。
「お二人も早くここを離れましょう。敵が怪物だけとは――」
「お待ちください。国王様、それはなりません。ここに居ていただかなければ」
背後から聞こえてきた声に、僕の言葉が遮られた。声の方へ振り向くと、そこには食堂で見かけ男性の姿があった。
「サムナフよ、それはどういう意味だ」
男性に向けて国王が言葉を返した。サムナフと呼ばれる男の表情に焦りの色は無かった。彼はゆっくりと国王へ近付く。
「すぐに私の兵が到着しますので、国王様はこの場でお待ちください」
「兵だと。そなたに兵を任せた覚えはない。何を言っているのだ」
「ええ、王国兵ではございません。私の教団の敬虔なる信徒達でございます」
「教団だと。サムナフ、一体どうした。意味が分からぬぞ」
「ですから、この街をノライト教団が頂きに参ったと言っているのです」
「ノライト教だと。貴様はいったい何者だ。メーテリアよ、すぐに兵士を呼び戻せ。こやつを捕らえるのだ」
「果たしてそのようなことが可能でしょうか」
男が言い終わったと同時に、城を揺らすほどの地響きが立つ。窓から音の方を見ると、街の外壁が砂埃を上げながら壊れていく様が目に入った。あれは、あの力は。見覚えのある光景。あの女も来ているのか。
「到着したようですね。予め街の中にも兵を伏せておきました。果たしてここに割く兵士が足りましょうか」
「黙れ逆賊。兵などいらぬ。お父様から離れろ」
メーテリアさんが剣を抜き、国王に近付く男へ斬りかかった。だが迫りくる彼女を意に介する様子は男には無かった。剣は男に届かず、見えない何かに阻まれ体の寸前で刃が止まった。男は手にした本を開く。
「“天懸地隔”そなたの剣は我が力には遠く及ばぬ。天と地はそれ程に大きな違いがある」
まるで何かを読み上げるように男は言った。
「お前の神の力か」
僕の言葉に男の顔が強張る。
「無礼な人間が。軽々しくよくもまあ。恥知らずにも程がある。これは神の意思であり、奇跡だ」
「黙れ、異端の邪教者。本物のサムナフをどこへやった」
国王の怒号が響き渡った。
「心外ですよ。長年仕えてきた私に対して、そのようなお言葉は」
「貴様がサムナフのはずがない。彼には我が分神を与えた。決してそんな力では無い」
「我が分神とは。傲慢にも程がある。私が賜った指輪は我が神から与えられた物のみだ。人間ごときが思い上がり、神の真似事など。不愉快だったのであの指輪は信徒に与えました。新たな力を宿して」
男の指にはめられた黒い石の指輪。その黒は、どこまでも続いていると見間違うほどに深く、暗かった。
「貴様の目的はなんだ」
「すべての神の指輪を取り返し、あるべき場所へと返すこと。そのために私は祈りを捧げた。何度も繰り返し。建国当初から国王に仕え、機を待ち続けた」
「建国当初からだと」
「ええ、私の誓いは“延年転寿”死ぬこと否定し、神にこの魂を捧げると誓った。私の祈りは奇跡を起こし、ここに神の意思は成った。私を神と崇め、付き従う者達と共に私の願いは成就する」
男が国王へと歩みを進める。とにかく今は男を止めなければ。脚に力を込める。男のもとへ辿り着き、剣を振るうがやはり男の体に触れることは出来ない。僕は剣を捨て、拳を握った。顔を目掛けてそれを振るう。拳は男の頬に当たり、体勢を崩しながら驚きの表情を浮かべた。
「そうか、君がセキか。話は聞いているよ。何かと我々の邪魔をする男だとね」
追撃を加えようとした時、城壁が大きな音と共に崩れた。僕は慌てて下がる。瓦礫の下敷きになることは免れたが、崩れた城壁が男と僕たちを隔てた。巨大な羽根を畳み、僕たちを見下すように城内に降り立った異形の怪物。その淀んだ目に、僕の足は止まった。怪物がけたたましい声を上げる。男の前に立ち、僕たちの行く手を阻んだ。その背からあの女が姿を現す。
「ノライト様、手筈通り兵を街へ送りました」
「ありがとうトック。ではこちらも仕上げと行きましょうか」
二人は国王へと歩みを進める。いつしか日は陰り、空には暗雲が広がっていた。
「その指輪を返してもらえますか」
「それは出来ぬ」
「そうですか。心苦しいですが、仕方ありません。トック、お願いします」
そう言われ、女は国王の首へと手を伸ばした。
「やめろ」
メーテリアさんが女に斬りかかるが、あの時と同じように容易くそれを防ぎ、剣は崩れた。
女の手が国王に届く。瞬く間に国王の顔から生気が無くなった。体は干からび、朽ちていく。腐食の力。肉は崩れ落ち、軽い音と共に骨が床に積み重なった。人だったもの中に埋もれた国王の指輪を拾い上げる男。
「お父様……」
メーテリアさんは涙を浮かべながら、膝から崩れ落ちた。
「“地”の指輪。まずは一つ目をこの手に」
男は空に祈るように言った。
「では帰りましょうかリク、トック。少し力を使いすぎたようです」
「そうはさせない」
ミルが剣を手に飛び出す。瓦礫を飛び越え、剣は男に向かって振り下ろされた。隣に立つ女が間に割って入り、手を伸ばす。ミルの剣はたちまち崩れ落ちた。
「無駄だと何度言えば。トックこの者も……」
ミルの付ける指輪を見て男の言葉が止まった。男の顔色が変わる。
「どこでその指輪を。待ちなさいトック」
ミルに触れようとする女を男が止めた。表情を曇らせながら男は足早に怪物の背に乗り込む。続いて女もその背に乗った。
「逃がさない」
ミルがもう一本の剣を握り、怪物に斬りかかろうとする。駄目だ、体格差が有り過ぎる。
「だめだミル。離れて」
僕の声が届いたのか、ミルの脚が止まった。その瞬間崩れた城壁の隙間から、突如雷鳴が鳴り響く。雷はミルと怪物との間に落ちた。
「まさかあの女が。いや今はまだよいか。祈りの力が足りていない。城に戻るぞ」
男が告げると怪物は二人を背中に乗せ、王城から飛び立った。




