第十六話 防衛
リクスの声を聞き、ミルが即座に動く。高く飛び上がり両手に剣を構えた。ミルに向かって女が右手を伸ばす。だが彼女は空中でその手を蹴り上げた。剣が女に届くと思った瞬間、ミルは攻撃の手を止めた。もう片方の剣で、ミルを目掛けて放たれた矢を弾く。
「もう少しだったのにね。生憎こちらにも弓兵は居るのよ」
リクスの背中に着地したミルはすぐに後ろに退く。彼が僅かに体勢を崩したことで、女の体に自由が生まれた。女は近くに転がった瓦礫を拾い上げ、ミルに向かって放る。手から離れる瞬間それは砂埃に変わり、ミルの視界を塞いだ。
「残念。目はもとよりあてにしてない」
それを意に介さずミルは再度剣を構えた。だが女は地面に手を付き、リクスの足元の地面を陥没させた。体勢を崩したリクスが女から手を離す。すかさず彼の体を蹴り飛ばす女。ミルがリクスを受け止めた。女が歩み寄り手を伸ばす。だがその手が二人に届く寸前、その体が弾き飛ばされた。
「私の仲間にその手を触れさせはしない」
突如現れたビーガス王子が女の横腹を蹴り飛ばしていた。女が地面に転がる。すぐさま女のもとに教国兵が駆け寄った。体勢を立て直した女と僕たちの間に立つ王子。彼は僕らに向き直り口を開いた。
「みんなありがとう。おかげで避難は間に合ったよ。ここからは私に……」
「ビーガス様、危ない」
王子の後ろに歩みより、彼の背中に手を伸ばす女。だがその手は王子の体をすり抜けた。呆気に取られる僕たちに王子は笑みを浮かべる。
「大丈夫。言っただろう、守るより攻撃に向いている力だと」
王子の体は地面に潜るように消えた。女が地面に視線を向ける。すると女の背後から王子はその姿を現した。
「力の性質上、物が扱い辛くてね。手荒で悪いが」
王子は振り返る女の髪の毛を掴み、教国兵の方へと放り投げた。
「まだ続けるかい。おとなしく降伏してくれると有り難いんだが」
「これは想定外ね。混乱に乗じて兵士の数を減らすつもりだったのだけど。ことごとく私たちの前に立ち塞がるのね。セキ」
女は乱れた髪を整えながら話しを続けた。
「仕方がないわ。ここは一度退かせてもらおうかしら。またの機会に決着をつけましょう。皆、撤退よ」
「簡単言うが、本当にここから逃げられると思っているのかい」
踵を返した教国兵に向かっていく一人の兵士。ビーガス様の騎士団の団員だ。彼が隆起した筋肉をまとった腕を振ると、その拳は敵兵の構えた盾の形を変え、その者を吹き飛ばした。
「彼はうちの騎士団の中で最も力のある兵士だ。力の相性は相当良いようだね」
彼の左手には真っ赤な石が輝いていた。敵の兵士は戦うことはせず、逃げに徹する構えを取る。最後尾の兵士が盾を構えながら後退していった。僕たちはその後を追いかける。だが女が僕らの前に立ちはだかり、指輪の力で家屋を倒壊させた。道を瓦礫で塞がれてしまう。乗り越えていては間に合わない。迂回を余儀なくされた僕たちは回り込み、街の入り口を目指した。だがたどり着いた時にはすでに、敵兵士は街を出た後だった。その背に向かってビーガス王子が声を上げる。
「騎兵を出せばすぐに追いつく。無駄な足掻きはやめろ」
「それはどうかしら」
女は地面に両手を付いた。その声が辺りに響き渡る。
「我が身に宿りし老の神よ、無慙無愧なる衆人を、断絶し祓い給え」
女と僕たちを隔てる地面がたちまち干からびる。緑は消え、草木は生気を失った。木々が倒れ、地面からは砂埃が舞い上がる。
「足場が悪くなった程度だ、何も問題は無い。奴らを追え」
駆け付けた騎馬兵が女のもとへ進み出した瞬間、暗雲が立ち込め、辺りに豪雨が降り注いだ。まるで僕たちの行く手を阻むように。逃げる彼らに手を貸すように。朽ちた地面は水を含み、兵士や馬は纏わり付いた泥のせいで、うまく進むことが出来なくなる。女は殿を務め、辺りの木々を倒しながら兵を退いていった。これではもう馬でも追えない。女は倒れた木々の中に消えていった。
雨が上がり、手分けして被害の確認を行う。幸い戦場となった街の南東以外に被害は無かった。だがこの区域だけは人の住めるような状態では無かった。
僕たちは瓦礫の撤去に取り掛かる。弓櫓の下敷きになった兵士はすでに事切れていた。彼らと敵兵の遺体は騎士団の手によって城内へと運ばれた。
荷車を使い、街の外に瓦礫を搬出する。僕はリクスの姿を見付け、声をかけた。
「大丈夫だったかい」
「はい、何とか。ものすごい勢いで疲労が溜まっていって目が霞んでいましたが、ビーガス王子とミル副団長に助けられました」
「無茶をするのはやめてくれ」
「すみません。あの場はああするしかないと思いまして」
「ここは任せて少し休んでいなよ」
「いえ、まだ体は動きますので」
「そうだ。まだ鍛錬が足りない。片付けが終わったら訓練の続きだ。付き合え」
ミルが作業を続けながら言った。二人がかりでも女を捕らえられなかった事が悔しいのか、珍しく浮かない表情をしている。その気持ちは全員同じだろう。搬出作業が終わる頃には、日は傾き始めていた。だが宿屋に戻る団員は居なかった。
僕たちは数日の間街の復旧を手伝い、王城への帰路に就いた。街を出る時にビーガス王子から、君達の働きはすでに伝わっているはずだからと言われた。いち早く伝令の兵を出していたのだろう。言葉通り、王城に着いた時にはすでに事の顛末は伝わっていた。到着するなり僕とミルはエイギス王子から呼び出される。以前訪れた王子の自室に向かい、扉の前に居た兵士に要件を告げた。するとすでに王子が待っていると言われ、僕たちは慌てて部屋の中に入る。
「遅くなりました」
頭を下げ、僕たちの為に用意されている物だろう二人分の椅子に座る。
「ご苦労であった。話は聞いている。よく戦ったな。おかげで兵も街も被害は少なく済んだ」
「はい。ありがとうございます」
「それに伴い、父上より騎士団の増兵の許可が下りた」
「団員を増やすのですか」
「ああ。勅令に従い、すぐに募集を始めてくれ。それからセキとミルには準男爵の、リクスには騎士の称号をそれぞれ与える。三人は共に暮らしていると聞く。褒賞の金については家に送るよう手配しておいた。今後も励み給え」
「分かりました。ありがとうございます」
話を聞き終え、僕たちが部屋を出ようとすると、エイギス王子に呼び止められる。
「それから、弟は元気そうにやっていただろうか。久しく会っていないからな」
兄弟だなと、不遜にも思ってしまう。僕はなるべくビーガス王子の思いが伝わるよう、丁寧に王子の事を話した。
自宅に戻るとすでに褒賞は運び込まれていた。ターナさんがその整理をしていたので手伝う。
その後食堂に集まり皆に金を分配した。家とは別に騎士団用に新たに分ける。人数が増えれば物入りも増えるだろう。僕の分はひとまず騎士団用と一緒にしておこう。エイギス王子の話では、団員は今の倍以上に増えるという事だった。それを考慮して、みんなで募集する人員を考える事にした。
「この人数になると、騎士団単位で敵兵とぶつかることも視野に入れないといけないよね」
「他の騎士団を見るにうちに足りない兵は、弓、盾、騎馬ってところですかね」
リクスが隣で頭を捻らせていた。すべてを均一に増やすことは難しいだろう。主体は今いる歩兵部隊となる。そうなればどの兵をどの位増やすべきか。
「ターナさんはどう思いますか」
彼女はいつも的確な意見をくれる。僕の問いかけにターナさんはひとつ提案する。
「相性であれば弓よりも盾かと思いますよ」
「確かに皆の剣の腕はかなり上達してきた。頑強な兵士で戦線を押し上げて、白兵戦に持ち込むのが今の騎士団との相性はかなり良さそうですね」
体の強い兵士。彼は来てくれるだろうか。
「ミルはどう思う」
「弓はそれなりに訓練が必要だからな。今はそれでいいと思うぞ」
「わかった。じゃあそれで募集をかけようか」
「では話もまとまりましたし、そろそろ夕食にいたしましょうか。準備は出来ていますので」
ターナさんが夕食を運び始める。騎士団の方向性は決まった。ただそうなるとやはりシュウカイが欲しい。あの日以来彼の事は見ていない。僅かな期待を胸に、僕は食事を口に運んだ。




