第十五話 守護
ネイブロス王国第二王子のビーガス様は嬉々として話し始める。
「君たちの話は聞いているよ。初めての戦場で戦果を上げるなんて、そう出来ることじゃない。それに指輪の力を持つ者も二人いるのだろう。早々に騎士団を任されるのも頷ける」
「いえ、あれは僕の力では無く」
「そうだぞ。殆どおれのおかげだ」
「事実だけど、言い方は気を付けようよ」
いくら楽にしていいと言われたとはいえ、ミルは少し楽にし過ぎではないか。ひやひやとする僕を横目に、ビーガス王子は笑い返した。
「そうなのか、実に頼もしい。君は首級を上げたそうだね。素晴らしい腕前だと聞く。うちに欲しいくらいだよ」
あまりミルをおだてては何を言い出すか分からない。僕は言葉を挟んだ。
「あれは第一王子のエイギス様のおかげです。王子の応援がなかったらと思うと」
「そうか。兄上はいつも冷静沈着だ。その場での最善手を常に考え行動する。兄上が動いたということはそういう事だ。私はそんな兄上を尊敬している。元気にやっているだろうか。まあ私にあの力があれば、ここの防衛も今よりもっと楽になると考えてはしまうけどね」
「ビーガス様にも神の力はあるのですよね」
「ああ、分神だけどね。潜水の力だ。“和泥合水”民の為にこの身を捧げると、誓いを立てている」
王子は指輪を僕たちに向けた。青い石の付いた指輪。
メーテリアさんも似たような誓いを立てていたな。水や地の神は護ることに重きを置いているのだろうか。
「誓いに反して、防衛よりも攻撃に強い力だけどね。最初はこの領地を兄上に任せて、私が王城の守衛に就くように言われたのだ。だけど先の戦でもあった通り、王城に居ると戦に赴くことが増える。指揮官として兄上の右に出る者は居ないからね。何より軋轢を生むだろう。第一王子を遠ざけ第二王子を傍に置くなんて。だから私は志願してここに来たんだ」
「それであのように国境の警備を手厚くしているのですか」
「ああ、常に監視の目は置いている。ランセイス連合に目立った動きも無さそうだし、君たちは安心して過ごすといい。騎士団の為に宿も貸し切っておいた。城の近くには訓練場もあるから、好きに使ってくれて構わないよ」
「ありがとうございます」
僕たちは城を出るとみんなを連れて食事を済ませた。その後用意してくれた宿に向かう。外観からも想像は出来たが、騎士団員全員に部屋をあてがっても余るほど、大きく立派な宿屋だった。改めてビーガス王子に感謝しながら僕は部屋に入る。疲れた体を癒すため、早めに眠りにつくことにした。
早朝、宿の前で朝日を浴びていると、リクスとケプラが姿を見せた。
「おはよう二人とも」
「おはようございます」
「こんなに早くにどうしたの」
「こいつが、馬が気になるって言うんで、運動がてら一緒に行こうと思いまして」
リクスが欠伸交じりに答えた。ケプラは本当に馬が好きだな。彼の馬は、街の入り口に店を構えた馬商人に厩舎を借り、預けてある。行って帰ってくればそれなりの運動になるだろう。
「いってらっしゃい」
僕は二人を見送ると、一人訓練場へ向かった。少し早いが彼らを見た後だ。再度休むわけにはいかない。
訓練場の扉の鍵は開いていた。鍵をかけ忘れたのかと思ったが違うようだ。扉を開け中に入ると、ウィンスの姿があった。すでに額には汗が浮かんでいる。ミルの言う通り、剣を振る姿は洗練されていた。それにしてもみんな朝が早いな。僕は彼に声をかける。
「おはようウィンス」
「おはようございます。早いですね」
「いや、君たち程ではないよ」
「たち、ですか」
「いや、気にしないで」
目を覚ました時はまだそう思っていたが、今となっては。僕はウィンスに対し稽古の相手を申し出た。向かい合って改めて実感する。彼の立ち姿に隙は無かった。木剣を打ち込むと、最小限の動きでそれを払われる。彼の剣にはミルとは違った速さがあった。振り下ろされた剣をはじき返し、体勢を整える。
「さすがに強いね」
「昔から力が無かったので、剣の扱い方を工夫しました。父親譲りです」
「そうか。僕も負けてられないな」
二人で剣を交えていると、次第に団員も増えていった。訓練場には木剣のぶつかり合う音が響き渡っていた。
彼らに少し遅れてリクスとケプラも加わる。各自水分を取り、今度は団体での戦闘訓練を開始した。ミルと僕は向き合い、後ろをそれぞれ団員が固める。
「勝負だセキ。何を賭ける」
「何も賭けないよ。しいて言うなら命でしょ」
「言うねえ。じゃあ始めるか」
「戦闘開始」
僕の合図で両軍がぶつかる。思っていた通りミルが真っ先に僕を取りに動いた。僕の後ろからウィンスが前に出て彼女の木剣を受ける。彼が作った隙を付いて、腕を伸ばした僕の攻撃はもう片方の木剣で弾かれた。ミルは体を低く屈め、間合いを詰めて来る。防御を固めようと腕を畳み、攻撃に備えた。だが彼女の木剣は僕の脚の付け根を捉えた。そっちだったか。一度皆の後ろに下がり、再度戦闘に加わる。その様子を見てミルが口を開く。
「おいセキ、お前は今やられただろう。なんで戻ってきているんだ」
「残念でした。こちらにはリクスがいるんだよ」
「それは卑怯だぞ」
「戦場に卑怯も何もない。そうでしょ」
その後も戦闘訓練は続けられた。日が高くなってきた頃、昼食を取るため休憩を入れる。今のところ三対一で僕たちが優勢だった。不服そうにミルがパンを頬張る。リクスの存在の大きさは誰もが知るところとなっただろう。あのミルに勝ち越しているのだから。
昼食を終え、訓練を再開しようとした時、一人の兵士が慌てた様子で訓練場に入ってきた。
「敵兵を確認しました。すぐに街の民を城へ避難させたい。手伝ってもらえますか」
「敵兵。分かりました。向かいます」
城の地下には、もしもの時の為に避難できる部屋があると聞かされていた。
「ミル、お願いできるかい」
声をかけると彼女はすでに音に集中していた。
「南東から足音が複数。敵は近いな、今から兵を出しても間に合わない。街が戦場になるぞ」
僕は耳を疑った。ミルの告げた方角に。
「南東だって。そっちはデメルギア王国領がある方角だよ。まさかデメルギアが」
「今は分からない。とにかく南東に居る民を優先的に避難させないと」
「わかった。皆優先的に向かうべきは街の南東だ。街が戦場になるかもしれない。全員で行くぞ」
僕はすぐに指示を出し、街へと向かった。
兵士たちが街の人を誘導しながら城へと向かっている。人の波をかき分け、街の南東に着くとビーガス王子の姿を見付けた。
「ビーガス王子」
「セキ君来てくれたのか。君たちが居て本当によかった。警戒していない方角からの進軍で、発見が遅れてしまったんだ。民の避難は私の兵に任せて、君にはここを任せたい。出来る限り時間を稼いでくれるか」
「分かりました。任せてください」
王子はすぐに街の人を連れ城へと戻っていった。
「ミル、街の外で迎え撃つことは出来そうかい」
「いや、陣を敷いている時間は無いと思う」
「じゃあやっぱり街が戦場になるか」
「ああ。だが避難は進んでいる。それに白兵戦はおれたちの得意とするところだ」
「そうだね。みんなすぐに家の陰に隠れて待ち伏せの用意を。戦闘が始まったら僕の声は聞き洩らさないようにね」
僕たちはここから一番近い街の入り口付近に向かい、家屋の影に隠れた。ミルの様子を見るに迂回はされていないだろう。念のため石塔の上にいる兵士にも視線を向けたが、その可能性は無さそうだった。
幸い街の入り口はそう広くない。街を囲う防壁は低いが、乗り越えるには梯子がいるだろう。そんな事をすれば上から見ている兵士の矢の的だ。僕たちの有利は揺るがない。だが一抹の不安がよぎる。あまりに不利な戦いだ。一体敵は何のために。考えを巡らしていると、敵兵の姿が目に入った。見慣れない装い。デメルギア兵のそれとは違う。ある程度の敵兵が街に入ったことを確認し、指示を飛ばす。
「総員攻撃始め」
家の影から団員たちが飛び出す。虚を突かれた敵兵は応戦が遅れた。何人かの兵士を打倒したところで、敵兵が乱れた隊列を整える。思っていたよりも対応が早い。当然待ち伏せは想定していたか。
「攻撃止め。総員下がれ」
あらかじめ確認していた道を使い、それぞれ退避する。途中、敵兵の中に見知った服装の者を見付けた。あれはジョークと同じ服だ。足元まで伸びた黒い衣を身にまとう女。奴らはノライト教の兵士か。だとすればなぜ。ノライト教国領はこことは正反対のはずだ。いや、ジョークと初めて会ったのもデメルギア王国領だった。何か関係があるのか。考えがまとまらないうちに僕は、王子の弓隊が待つ弓櫓の前まで下がっていた。付近の家屋の影に隠れる。
盾を構えた者を先頭に、進軍を続ける敵兵士。その頭上から矢が撃ち下ろされる。敵兵は足を止め、頭上に盾を構えた。矢の雨が収まるのを待ち、僕は間髪を入れず指示を出す。
「総員攻撃開始」
盾兵の横から攻撃を加え、その守りを崩した。一斉に両兵士がぶつかる。白兵戦に強い兵を集めたとはいえ、初めての実践。長くは持たず少しずつ連携が乱れていく。
「もう一度下がろう」
敵兵の数は確実に減っていた。このまま引き撃ちを繰り返せば守れる。そう思った時、背後から轟音が鳴り響いた。振り返ると、石造りの弓櫓が砂埃を上げながら崩壊していた。足場を失った弓兵が瓦礫の下敷きになる中、一人の女が砂埃の中から姿を現した。ノライトの兵を率いていた女だ。
「私はノライト教司教の一人、トック。“老”の神の意思を継ぐ者。“怨親平等”私の前にはみな等しく朽ち果てる」
団員の一人が女の体に斬りかかる。だがその剣を左手で防ぎ、刃は皮膚に届く前にぼろぼろと崩れた。
「下がれ、その女は腐食の力を使う。触れられないよう距離を取るんだ」
「よくお勉強をされているようで。だけどどこに下がるというのかしら」
僕たちの後ろには教国兵士。女と挟まれる形になっていた。城まで下がれればまだ可能性はある。だが女はそれを許さないといった様子で立ち塞がった。少しずつ距離が詰められる。もう時間が無い。いくらかの団員を犠牲にすれば走り抜けることも出来るが。それは出来ない。決めあぐねていると一人の兵士が女の前に飛び出した。
「従属たる癒の意思よ、聖者を導く燈火ともしびとなり、我らの身を清め給え」
その身体を掴み、女の行く手をリクスが阻む。
「リクス、何をしている」
「大丈夫です。気力が持つ限りは力を打ち消し合える。今のうちに早くこの女を」




