表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら京都府警騎馬隊本部~私達が乗るのはお馬さんです  作者: 鏡野ゆう
第一部 人も馬も新入隊員

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/40

第二十六話 葵祭、けど留守番です

 そしていよいよ五月十五日、葵祭(あおいまつり)の当日がやってきた。


「うわ、本当に快晴ですよ、水野(みずの)さん!」

「そうだねー……」

「ぜんぜん喜んでませんね」

「そんなことないよー……」


 棒読み状態の水野さんは、音羽(おとわ)手綱(たづな)をひいて、馬バスへと歩いていく。その足取りは心なしか重い。


「はいはーい、さっさと進んでね、水野君! 青葉(あおば)が後ろでつかえてるんだから!」


 そんな水野さんを、戸田(とだ)さんが後ろから容赦なく追い立てる。


「戸田さん、その検非違使(けびいし)装束(しょうぞく)、すごく似合ってますね!」

「そりゃもう何年も着てるものだからね~、すっかり体になじんじゃってるわよ」


 にこやかに応じる戸田さん。前を歩いていた水野さんが立ち止まり振り返った。


「俺は? 俺はどうなの? 今年が初めてだから、なじんでないよね?!」

「そんなことないですよ、水野さん! すごく似合ってます! いかにも平安騎馬隊って感じです!」


 そこは嘘ではない。水野さんも似合っている。そもそも、何百万円をかけて作った装束(しょうぞく)なのだ。似合わないなんてことはありえない。水野さんは「ポリスまろん君」と嘆いているが、断じてそんなことはない。どこから見ても、素敵な平安騎馬隊員だ。


「本当にそう思ってる?」

「もちろんです。乗馬用のズボンとブーツも違和感ないですね。もちろん頭のそれも」

「そこはなかなか考えられてるなって思うわ。はいはい、水野君! 早く進んで! まずはお馬さんを車に乗せるのが先! 自分のことは後回し!」


 戸田さんがさらに追い立てた。二頭が馬バスに乗りこむ。中では土屋(つちや)さんが、馬と車輛の固定具をつなぐ作業をしている声が聞こえてきた。


酒井(さかい)さんも一緒なんでしたっけ?」


 横にやってきた先輩に話しかけた。


「御所からうちの車で移動して、道中の要所要所で待機してくれるそうだ」


 蹄鉄(ていてつ)が道中ではずれることはめったにないということだが、なにごとにも万が一ということがある。特に今回初めて参加する音羽のことも考え、明日くる予定にしていたのを急きょ変更して、行列に同行してくれることになったのだ。ただし全ルートを歩くのは大変なので、道具をつんだ騎馬隊の車輛でということらしい。


「私、いかなくても良かったんですかね? ほら、途中でのボロ拾いとか」

「それは問題ないよ。行列には牛さんもいるからね。拾う人はそれなりに確保されてる。それに」


 先輩が私を見下ろして笑う。


「お母さんが行っちゃったら、丹波(たんば)がすねるだろ?」

「そんなことないですよ。丹波君だって、ちゃんとお留守番できます」

「俺はもう、男同士の友情にひびを入れるのはイヤだからね」

「でも先輩、音羽君の手綱(たづな)係なんですよね? うらやましいなあ……」


 今日の先輩はいつもの作業着ではなく、警察官の制服を着ている。初めて参加する音羽の手綱(たづな)を引くためだ。


「そこはしかたがない。俺はチーム丹波の一員ではあるけど、今は相棒の馬がいないし、ここでは一番身軽に動ける人間だからね」

「いいなあ」

馬越(まごし)さんには丹波の訓練という重要な仕事があるだろ? 今年はあきらめなさい」

「了解でーす。広報さんが撮る動画を楽しみにしてまーす」


 さすがに勤務時間中に、ローカル局の中継を見るわけにはいかない。夜のニュース番組を見るか、広報さんが撮った動画を見るしかないようだ。


「さて、出発の準備はできたか?」


 隊長がやってきた。今日は隊長も制服姿だ。手綱をひくわけではないが、先導をする音羽と青葉について歩くということだった。


「水野さんがウジウジ言ってる以外は、問題なしですね」


 先輩が笑いながら答える。


「そこは無視だな。御所で家族と合流したら、少しは気分も上向きになるだろ。では出発! 脇坂(わきさか)、留守をよろしくたのむぞ」


 馬バスや先輩たちを乗せた車が出発するのを、留守番組が手を振って見送った。


「いやあ、見送るのが久しぶりすぎて、めちゃくちゃ新鮮だよ」


 隊長に留守を任された脇坂さんが笑う。


愛宕(あたご)は行きたがらないんですか?」

「もうお爺ちゃんだし、街中を歩くことには執着してないからね。今日はまったり、馬場でお馬さん行進をさせるよ」


 ニコニコしながら厩舎(きゅうしゃ)に向かった。脇坂さんの後ろについていくと、丹波が顔をこっちをのぞいている。


「置いていかれる気持ち、なんとなく理解できた気がするよ、丹波くーん」


 そう言いながら、丹波の鼻面(はなづら)をなでた。もちろん音羽と青葉以外の馬たちは留守番で残っている。葵祭(あおいまつり)だからといって、普段やっていることが中止になるわけではない。まず朝一番にやることは、厩舎(きゅうしゃ)のおそうじだ。


「さて。今日は人数も少ないことだし、効率的に動かないと訓練時間が削られてしまうな。馬越さん、馬たちを順番に外に移動させていってくれるかな」

「りょうかいです」

久世(くぜ)猫車(ねこぐるま)で古いワラの回収をよろしくー」

「りょうかーい」


 馬房(ばぼう)の掃除道具を手にした脇坂さんは、その場にいた全員に次々と指示を出していく。


「丹波君から順番に移動していきまーす」

「じゃあ残りは、古いワラのかき出しを開始ー!」


 あちらこちらで「りょうかい」の声があがった。


 実は愛宕もベテランだが、その相棒である脇坂さんも、騎馬隊に長くいる隊員だ。それもあって、隊長が不在になる時は留守を任されることが多い。実質、副隊長的存在なのだが、残念なことに本人にその自覚はまったくない、というのが他の人達の意見だ。


「馬越さん、馬たちの移動が終わったら、久世と一緒に古いワラとボロの回収作業を頼むね」

「はーい」

「音羽がいなくて良かったな、馬越さん」


 すれ違いざまに久世さんがニヤリと笑った。


「別に音羽がいても問題なかったと思いますよ? そりゃまあ、まだ下克上(げこくじょう)は果たせてませんけどね」

「それ、一体どういうことをしたら、下克上(げこくじょう)達成ってことになるんだ?」

「そこがわからないから困ってるんですよ。あ、でも馬の手をしてる時は、音羽もおとなしいですからね。ある意味、調略(ちょうりゃく)はできているのかも」

「おそるべし馬の手」


 久世さんが笑いながら、古いワラとボロが山積みになった猫車(ねこぐるま)を押して、厩舎(きゅうしゃ)を出ていく。


 それからいつもより少ない人数で必死になって厩舎の掃除をし、お馬さん達に朝ごはんを食べてもらって馬場に出る。二頭だけが留守をしているのに、やけに馬場も馬場の周りも静かだった。


「そろそろ行列が出発するって~中継が始まるよ~」

「もうそんな時間か」

「もうそんな時間ですよ~」


 午前一の訓練が終わり、いつものように丹波達を洗い終えた直後、井上(いのうえ)さんがやってきた。


「この出発直前の中継が、いちばん騎馬隊を紹介してもらえるタイミングだからね。皆、ここだけは何としてでも見るんだ」

「そうなんですか。教えてもらえて良かったです!」


 ひなたぼっこをする馬たちを残し、事務所へと急ぐ。もちろん馬たちのこともあるし、そもそも今は勤務時間中。建物の中には入らず、一階の窓の外からの視聴だ。事務所にあるテレビのサイズが無駄に大きい理由、なんとなくわかった気がする。


「すごいタイミングですね。ピッタリです」

「そりゃ、ここに来て俺は長いからね。最初の頃なんて、見損ねてばかりで悔しい思いをしたものさ」


 少しだけ遠い目をした。ベテランの脇坂さんのことだ。きっとわかっていて、朝の掃除も皆を急かしたのだろう。


「お、水野さん映ってるやん?」

「今回は初参加のお馬さんだからね。絶対に紹介されると思ってた」

「水野さんの奥さんには?」


 久世さんがふりかえる。


「もちろん伝えておいた。この時間帯は録画するって言ってたよ」

「それは良かった」


 アナウンスさんが平安騎馬隊のこと、先導をする音羽と青葉、そして騎手の水野さんと戸田さんの紹介をしている。しっかりと紹介されていたから、水野さんのお子さんもあとで見たら大喜びだろう。


「音羽、ちょっとソワソワしてますかね」


 音羽が落ち着かない様子なのに気づいた。


「あれだけ人が多い場所って、なかなか行く機会がないから。しかもヘリも飛んでるし、馬的にはかなりうるさいと思う」

「それもあっての、牧野(まきの)先輩同伴ですか?」

「そういうこと。隊長が同伴しても良いんだけど、階級的にほら、偉い人がそういうことをするのって、なんとなくサマにならないだろ?」

「いろいろとめんどくさいんですねえ、お巡りさんも。一般の人から見たら、誰が偉いかなんて絶対にわからないと思いますけど」


 私がそう言うと、坂脇さんが確かにと笑う。


「ま、いろいろあるのさ、お馬さん以上に人間はね」


 行列が動き出すと、画面は主役の斎王代(さいおうだい)やそのお付きの人達の映像に切り替わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ