淵にいるもの
これはMさんの話です。
Mさんは、私が一人で入った居酒屋で、たまたま隣の席に座っていた方でした。気さくな方で、人見知りであまり話の得意ではない私に対しても明るく話しかけて下しました。私が怖い話が好きだと話すと、Mさんが「怖い話で思い出したけど」と話して始めたお話です。Mさんはどこかの方言で話をされていたのですが、私には使いなれない方言であったため標準語で再現させていただきます。
「俺の実家はかなりの田舎にあるんだけどね、集落のはずれのあたりにカッパが出ると言われている淵があるんだ。カッパって、今の時代だとなんだかファンシーな感じがするよな。最近だとカッパをかわいいキャラクターにするような漫画やアニメもたくさんあるしな。俺はあんまり詳しくないけど、ほら、妖怪ウォッチだっけ?カッパに限らず、他の妖怪やら幽霊やらもあまり怖がられていない。あまり古くから言い伝えられているようなものは、身近な『こわいもの』と言うよりかは、おとぎ話みたいに感じるんだろうな。西洋のユニコーンとか、妖精とかそんな感じに近いのかもしてない。でも、昔の人は確かにそれらを怖がっていて、だからこそ現代まで語り継がれてきているんだろうな。
『妖怪』ってどうやって生まれたんだろうって、俺、考えてみたことがあるんだよね。実際にあんなファンシーな見た目の生き物が存在するとは、俺は思ってない。幽霊の存在は結構信じてたりするんだけどね。人がなにか不可解なことに説明をつけるために作り出した妄想の産物が妖怪だと思うんだ。聞いたことがないか?例えば、ろくろ首は首吊り死体の首が重さに負けて伸びているところを昔の人が妖怪変化だと勘違いしたんだとか、そういう説。カッパだと、水死体の肛門括約筋が緩んで大きく開くことから『カッパは尻子玉を抜く』なんて言われているとか、危険な水域で人が良く溺れるから『カッパが出る』と言われ始めたとか。こういう説って面白いよな。俺は結構好きなんだ、こういう話。でもな、俺はただ『よくわからないから妖怪にした』だけじゃないと思ってるんだよ。妖怪のせいにする、その裏には『後ろ暗さ』があると思うんだ。何か隠したいこととか、何か目を背けたい事があるから、妖怪のせいってことにしたんだよ。例えばろくろ首なら…、自分のせいで自死した女がいたとするだろ。その幽霊が、首をつって首の長ーく伸びた幽霊が自分の家に出るようになったとする。でも、その幽霊のことを誰かに言ったりしたら、自分のせいでどこかの女が死んだことが誰かにばれてしまうかもしれない。だから、『ろくろ首』という妖怪が出たということにしてしまって、自分のせいで起きたことじゃなくて、そういう妖怪変化が出ただけということにしてしまったんだろう。自分自身も、『自分のことを恨んでこの女はでてきた』なんて思いたくなかったのかもしれないな。無差別に人を襲う妖怪よりも、自分個人のことだけを恨んで出てくる奴の方が怖いもんな。自分がしでかした罪と、向き合うのは誰にとって怖い。
カッパって感じでどう書くか知ってる?河川の『河』に児童の『童』と書いて『河童』だ。今の話を聞いて後だと、感じるものがあるだろ?川に子供なんて、あからさまだよなぁ。きっとおぼれ死んだ子供でもいたんだろう。それがいつしか河童って呼ばれるようになったんじゃないか?…でもさ、子供の水難事故なんていくらでもあるよな。じゃあなんで、わざわざ河童なんて、妖怪のくくりにいれちゃったんだろうな。もちろん、最初に言ったような『尻子玉』のこととか、危険な水域が…とかはあるんだろうけど、それだけじゃないだろ。やっぱり、何か後ろ暗かったんだと思うんだよ。隠したいような、目を背けたいような出来事があって、認めたくない、認められないような『なにか』が出るようになったんだろうな。だから、『河童』なんて安直なくくりにすがって、全部なかったことにしたいんだろう。そうやって目をそらし続けようとしてるんだろうな。」
そこまで話したMさんは、どこか遠くを見るような目で宙を見つめ、
「呼び方を変えようと、何も変わらんのになぁ…」
と独り言のようにつぶやきました。
彼が私にこんな話をしたのは、なにか『後ろ暗いこと』を、誰かに、誰でもいいから誰かに、話してしまいたかったのかもしれません。Mさんと会ったのはその一回きりで、彼が今どうしているかは知りません。
Mさんの故郷の淵に出る『河童』は、タカハシ***というそうです。