7.お会いするのは二回目ですね
ラインハートとイーサンがやってきたのは、それから3日後だった。
今回は事前にきちんと連絡があったため、クロエのお化粧もばっちりだ。
とはいえ、前日も前々日もお見合いという名の「財産に群がる輩、迎え撃ち会」が開催されていたため、連続の厚化粧ではある。
「その顔も、だんだん見慣れてきちゃった」
フィンがそう言って笑うので、少しだけ不安になった。
「不美人って3日で慣れる、っていうけれど……お二人に会うの2回目なのよね」
ブスに慣れちゃったら、作戦としては陳腐化してしまう。
あんまりまめに会わない方がいいかしら、と見つめていた手鏡は、フィンに取り上げられた。
「大丈夫! 慣れたところでブスはブスだよ」
「ありがとう。いえ、ありがとうもおかしいような」
「ほらほら、二人とも待ってるよ!」
ぐいぐい押されて自室から出る。フィンはいつもの愛らしい笑顔でクロエを送り出し、そのままクロエの自室に残った。このまま昼寝でもするのだろう。
今日は天気がいい、ということで庭園にある四阿に。
ラインハートとイーサンは並んで立ち上がり、クロエににこやかに会釈した。
「お邪魔してます、クロエ」
「……」
じっとこちらを見つめるラインハートとは対照的に、イーサンは落ち着かなげにあたりを見渡していた。
もしかして、綺麗なクロエを探しているのかしら。と汚いクロエは察したけれど、特にそれに触れることはしないで丁寧に礼をした。
「ようこそ、わが家へ」
嬉しそうな笑顔を浮かべているラインハートの着ているモスグリーンのジャケットには見覚えがあった。兄が無事にラインハートに返してくれたらしい。
ただ、あれを掛けてもらったのは「クロエではない」ので、そこには何も触れないことにする。
それはそうと。
「イーサン様、先日いただいたお手紙の件ですが、」
「え!?」
イーサンよりも先に、ラインハートが大きな声を出して友人を振り返った。
「イーサン、クロエに手紙出したの!?」
「お、おう、」
その勢いに気圧されたように頷くイーサン。
少し不貞腐れたような表情でクロエを見つめるラインハートに、思わず笑みが漏れた。
「お誘いなどではございませんでしたよ?」
「そう?」
「イーサン様、すでにお返事させていただいておりますが、わたくしには姉妹はおりません」
こくこくと数回頷いて、イーサンはニコッと笑った。
「うん、返事ありがとう。そうだよな、分かってはいた!」
「どういうこと? 僕、イーサンと義兄弟にはなりたくないんだけど」
「何の話しだよ」
「親戚付き合いまでしたいとは思わないんだけど」
「何か怒ってるのか?」
仲良く揉め始めた二人を微笑ましく眺めていると、少し羨ましくもある。
クロエには兄と弟、従兄もいるが、同性の友人と呼べる人がいない。もしそんな友人がいたとしたら、今こんな状況ではなかったかもしれない。
厚化粧でお見合いゲームなんかせずに、友人と遊びに出かけた先で見つけた男性に思いを寄せて、みたいなアナスタシア先生の描く恋物語が自分にもあったのかも。
「――ね、クロエ?」
不意に呼ばれて顔を上げると、にこにこしているラインハートが何かをテーブルの上に出しだしてきた。
「これは……」
「プレゼント。開けてみて?」
淡いピンク色の包装紙に包まれた、小さく薄いもの。
手に取ると、ひんやりと硬い感触が中にあるのが分かる。
破かないように丁寧にシールを剥がして開くと、繊細なレリーフが施されている銀細工のしおりが入っていた。
「! これ、」
思わず、持つ手が震える。それが伝わって、木漏れ日がちらちらと銀に反射して光の粒が舞うようだ。
「好きでしょ?」
「はい……よ、よろしいんです?」
ただのしおりではない。この彫られているモチーフは、アナスタシア先生のベストセラーシリーズにおけるヒロインだ。ゆるく波打つ豊かな髪に散りばめられた小さなクローバーは、そのうちの一つだけが四つ葉。
シリーズ4作目の初版でのみ発行された特装版に添えられていたそのしおりは、すでに大人気であったシリーズのものとはいえ値段がかなり高額であり、発行部数も販売冊数も少量で、ほぼ流通することはない。
つまり。
「これ、とっっっってもレアな……」
素手で触ってしまったことが悔やまれるレベル。クロエは豪商の、孫に甘々な祖父を持つ娘であるけれど、それでも唸るほどに金を積んでも手に入るものではない。
現存しているこれは、マニアかコレクターか値上がりを待つ転売屋の手元に匿われているのだ。
もらってしまってもいいのか、でも一度手にしたそれを返したくない、と葛藤で視線を揺らしているクロエに、ラインハートは吹き出した。
「喜んでもらえた?」
「はい! あ、あのでも、」
「嬉しい」
甘くとろけるような瞳にクロエを映して、彼はもう一度「嬉しい」と、呟くように言った。
何がそんなに、というような顔でイーサンはしおりと二人を見比べて、
「しおりだろ? 純銀だとしてもこれだけ小さくて薄かったら、」
「そういう話じゃないんですよ、イーサン様! 値段じゃないんです」
丁寧に元の包装紙に包み直して両手で挟む。体温が伝わったしおりはそれ自体が発熱しているかのように温かい。
「イーサン、乙女心くらい察する力がないと、奥さん来てくれないかもしれないよ」
「乙女っていってもさ」
ちらりとクロエの顔を見て、微妙な表情をしてイーサンは笑った。
フルメイクしてるんだった、と改めて思い出して、素敵なプレゼントを受け取ってしまったことを少し後悔し始めたクロエに、ラインハートの声が届く。
「嬉しそうな笑顔がとってもキュートだ」
そう言って笑うラインハートを、イーサンは心底意味が分からないという目で見ていた。
クロエもきっと、ラインハートを同じ目で見つめていたと思う。