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4.どう考えても胡散臭すぎます

 自分をまっすぐに見ているユーゴに、クロエは微かに眉を寄せた。

「ブスが好きな人ってこと?」

「ううん、クロエのことを好きになっちゃったってこと」

「……こんな顔なのに?」

 落としたドーランがべったりとついた布巾を見せてそう言うと、ユーゴは事も無げに応えた。

「だって、どんなメイクをしていたってクロエはクロエだし、可愛いよ」


 だめだ、ユーゴのいうことは参考にならない。

 クロエはソファに深く身体を沈めて、もう一度考えることにした。

 そもそも、好かれる要素があるか。


 まず、見た目。これは初対面で爆笑されるくらいの良い出来なんだから、完全に完璧なブスだと思う。

 次、性格。初めて会って、あれだけしか話していないのに性格の善し悪しなんかわかるわけがない。だからこれも違う。

 最後、はやっぱり。

「完全にお金でしょ」

「そうかなぁ」

「ねぇ、おじいちゃまに聞いてきた方がいいかしら。うちの孫と結婚したら大金あげますよとか言いふらしてるんじゃない?」

「そんなことして、何の得があるんだよ」

 そりゃそうだ。


 祖父、ポール=ゴドルフィンは大富豪だから、ブスに耐えるだけで資産が手に入ると思えばこんなに簡単なことはない。そして、アナスタシア先生も著作の中で言っていたが、『悪い男は、悪い顔をしているというわけではない』のだ。優男の顔をして近づき、とんでもない裏切り行為をぶちかましてくることもある。そういうものなのだ。


「ねぇ、兄さん」

「ん?」

「兄さんは、好きじゃない人と結婚したい?」

「したいわけないでしょ」

「そうだよね」

 好きでもない人と結婚することは不幸だ。と、父も言っていた。父は、母のことが大好きだから今もずっと幸せらしい。祖父は、早くに妻を亡くしてからずっと独り。

 だから自分も、出来れば幸せな結婚をしたい。祖父の資産目当てではない、誠実でクロエのことを愛してくれて、クロエ自身も愛せるような人。


「だったら、下手に変装なんかしない方がいいんじゃないの?」

 呆れ半分、といった様子でユーゴは言った。

「変装したってしなくったって、ブスだって可愛いクロエだって、お金に困っている人はそんなのどうだっていいんだから」

「そう、だけど」

 101人の、断ってきた男たちを思い返す。

「それでも、嫁の見た目なんてどうでもいい、お金が手に入るんだったらどんなことも我慢する、っていうすごい気合の入った金目当ての人をあぶりだせるなら、悪くはないと思わない?」

「……そんな気遣い、おじいちゃまは喜ばないんじゃないかなぁ」


 祖父、ポールは自分のことを「おじいちゃま」と呼ばせるのがお気に入りなので、成人したユーゴもその呼び方でいる。ちょっと恥ずかしいと思っているのは内緒である。



 化粧を完全に落とした顔を、鏡でのぞき込む。

 当たり前だけれど、母にも父にも似ていない。ユーゴにもフィンにも似ていない。誰とも血が繋がっていないんだから当たり前だ。

(それを大っぴらに公開したら、誰も結婚の申込みになんか来ないんじゃないかしら)


 だって、大富豪の孫だから寄ってくるんでしょう? 母、ポーリーンに拾われずにそのまま孤児になっていたら? わたしの目の前に結婚を申し込むための列なんてできたかしら?

 答えは否でしょう。そんなの、分かり切っている。


 ラインハート=ノヴァック。クロエが孤児だったと知ったら、何事もなかったように連絡してこなくなるんだろう。ゴドルフィンの資産は血の繋がったフィンにいく、あてに出来ないとなったら手のひらを返すに違いない。……祖父は別に、遺産についてどうすると明言したわけではないけれど。あの元気さなら、あと200年くらい生きそうでもあるし。


 それにしても、一目惚れだのなんだのと見え透いた嘘をしれっと言ってのける、あの根性が気に入らない。あっけらかんとした態度で面と向かって断ってきたイーサンの方がずっと好感が持てる。


「クロエ」

 心配そうな顔で声をかけてきたフィンを抱き寄せると、ふわっと石鹸のにおいがした。

「クロエ、怒ってる?」

「ん? どうして? 怒ってなんかいないけれど」

 ふわふわした髪に鼻を埋めて、血の繋がらない弟の柔らかさに目を細めた。

「珍しいね」

 フィンはくすくす笑いながらそう言って、クロエの顔を見上げる。長い睫毛が頬に影を落としている。

「珍しい? 何が?」

「いつも、お見合いの後って楽しそうなのに。今回は違うから」

「う、んー……そうね……」


 そうかもしれない。

 断られるためのお見合いをして、まんまとお断りをいただいた後は、いつだって達成感があった。けれど、今回は違う。

 断ってもらえなかったから? 初めて目的が達成できなかったから?


「クロエ、今日の人と結婚するの?」

「まさか!」

 まさか、と思ったけれど、そもそもこういうのってこちらからお断りする権利はあるのかしら。こちらはただの一般人、あちらは辺境とはいえ領地を持つ貴族。

 考えてみてくれませんか、と言われた。考えた結果、お断りですということも可能かしら。


 とりあえず、すぐに返答をするのは難しいだろう。なぜかラインハートは頑張ると言っているから、頑張りがどんなものかを確認して、それから、……。

「まだ、すぐには結婚はしないと思うわ」

「そう? よかった! クロエがいないと寂しいよ」

 柔らかい指先でクロエの頬をなぞり、フィンはにっこり微笑んだ。

「お化粧もしない方が綺麗だ」

「フィン……どこでそういうのを覚えてくるの……まさか、兄さん……?」

「?」


 ユーゴはすでに成人しているのだし、そういう甘い言葉をささやく相手がいてもおかしくは無いけれど。

 自分のことばかりにかまけて、兄の縁談にまったく気が行っていなかった。

 いつか、落ち着いたら聞いてみようと思いながら、クロエはあくびを噛み殺した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] クロエがよい子になっていて嬉しい!続き楽しみです。 [気になる点] アナスタシア先生マジベストセラー作家になってるのか…!それなりに家族とわちゃわちゃ暮らしてるそうなので何より。 兄の出生…
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