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37.プロポーズは終幕の後で

 クロエの頬が、ラインハートの温かい両掌に包まれる。じっとクロエと視線を合わせたまま、頬を指先でくすぐるように撫でてくる。

 ゆっくりとラインハートの顔が近づいてきて、まさかまさか、と目を薄く閉じた。本では何度も読んだ、でも自分の身に降りかかってくるなんて思っても見なかったシチュエーション。


「?」


 何も落ちてこない。

 微かに目を開けて様子を伺うと、ラインハートはまだじっとクロエの顔を見つめていた。


「ラインハート様……?」

「クロエ。お風呂入ったあと、またお化粧したんだ?」


 別にいいのに、と笑う彼に、クロエはふたつ気付いた。


 もしかして、お見合いの時の顔がすっぴんだと思っている!?

 それに、口付けしようとしたわけではなかった!!


 ぼっと恥ずかしさで顔が熱くなる。やだやだ、いやらしい! わたしは何てことを!

 力いっぱい頭を振って、クロエは彼から目を逸らした。

 

「わ、わたしはこれが素顔です」

「? そうなの?」


 それほど驚いた様子もなく。というかどちらでもいいけど、みたいな反応をされた。

 何だかそれはそれで心外! とラインハートを睨もうとした習慣、ちゅ、と頬に唇が降ってきた。


「――!?」

「ん、ほんとだ」


 ちゅ、というより、ぱく、と頬を何度も啄ばまれて、クロエの膝から力が抜けた。倒れるより先に腰を抱き寄せられ、彼はクロエの頬に顔を寄せる。


「可愛い、クロエ」


 悪戯っぽく、わざとらしく、からかうように何度も可愛い可愛いと囁かれて、クロエは恥ずかしさに身体を捩って逃げようとした。

 追いかけてくる腕を押し留めながら、彼の目を覗き込む。


 ゴドルフィン家でのお見合いの席で出会った時から変わらない、心のうちまで見透かすような真っ直ぐな目。

 あやすような歌うような柔らかい声で、ラインハートは囁いた。


「街で見るときも、お見合いの席で見たときも、クロエの目はいつでも楽しそうにキラキラしてた。……その目に僕が映るといいのに、って」

「――映っていますか?」

 

 彼は嬉しそうに頷いて、クロエの鼻先にちょんと唇を触れさせた。


「この先もずっとそうだといいのに」

「わたし、ラインハート様にそう思っていただけるような何かをしたかしら……」


 考えても、彼に何かした記憶はほぼないのだけど。

 それに、ラインハートについて知っていることもほぼないのだけど。


 疲れのせいで身体が重く、思考もなかなか定まらない。

 クロエの肩をそっと自分の方へ引き寄せて、ラインハートは小さな肩をぽんぽんとリズミカルに叩きながら、クロエの頭に頬を乗せた。


「それを言ったら、僕も貴女に好かれるようなことは出来ていないけれど」

「……素敵なしおりをくださった」

「クロエは雪の中、僕を助けに来てくれた」

「プロポーズしてくださったのはそれよりずっと前よ?」


 じゃれあうような言い合いが心地よくて、くすくす笑いながらクロエがそう言うと、ラインハートはゆっくりした口調で答えた。


「だって、クロエを好きになってしまったんだ」


 それだけなんだ、とちょっと拗ねたように言われて、クロエはラインハートの肩に寄りかかった。

 そういうところが好きになったところなんだ、と今更ながらに気付く。

 なまじゴドルフィンが富豪であったばかりに、周りは皆資産目当てだと決めつけて頑なになっていたクロエの気持ちをほどいたのは、真っ直ぐにクロエを見つめてくれる視線、ドブスメイクとすっぴんのどちらがどちらでも構わないと思ってくれる心。

 

 会って話した回数は、実は数えられるくらいしかないけれど。

 知っていることも、それほど多くもないけれど。


 そばにいるのが心地よくて、離れがたい。

 触れあったところからトコトコと聞こえる心音を、もっと聞いていたい。


 ……。

 



「ラインハート様、クロエ様。お食事のお支度が……あら」


 ソファで寄り添うようにもたれ合いながら眠ってしまった二人に、侍女が小さく笑ってブランケットを掛けた。

 ひどく疲れた顔をしているのに、あどけなく幸せそうな二人の寝顔は、どことなく似た雰囲気を持っている。

 侍女は音を立てないように気を付けながら部屋を後にした。少し考えて、開け放たれていた扉をそっと閉めた。


 

 ◇ ◇ ◇



 ネメラル鉱石の採掘が可能であると知ったゴドルフィンの動きは早かった。

 ユーゴがノヴァック領を離れて二日後に、鑑定部門と宝飾品部門、化学班を総動員して鉱石についての研究・開発を進めたい、と有識者3名を連れてノヴァック領へやってきたのだ。その行動力はさすが商人、と言わざるを得ない。


 ゴドルフィンが連れてきたのは有識者だけではない。クロエの両親と弟のフィンもやってきた。つまり、家族全員だ。


「みんなで押しかけてくるなんて、どういうことなの!」

「ノヴァック辺境伯がぜひどうぞっていうんだもの、いいじゃない」


 クロエの母、ポーリーンはラインハートに優雅に礼をして、嫣然と微笑んだ。

「ご招待いただき、ありがとうございます。……ご両親はどちら?」

「応接室で、ゴドルフィンさんとお話しさせていただいております。こんな辺境の地までお越しいただき、恐縮です」

 じろじろと不躾な視線を送ってくるフィンにも、ラインハートはにこやかに会釈を返す。

 父、テオドールはクロエを見つめ、優しく目を細めている。


「ラインハート君!」


 ゴドルフィンの朗らかな大声が近づいてきた。

 クロエと並ぶ青年を見つけると、足早に近づいてきたかと思うと突然抱きしめた。


「!」

「おじいちゃま!?」

「ラインハート君! クロエを頼むよ!」


 快活に笑いながら、抱きしめたラインハートの背中を叩き、クロエに向かってウィンクをする。

 明るく楽しい祖父は、目尻にうっすらと涙を浮かべて二人に祝福の言葉を並べた。


「婚約、おめでとう。クロエ、幸せに。ラインハート君、いつでもわたしを頼ってくれ。……クロエを可愛がってくれるお礼に、できる限りのことをしよう」


 ラインハートはその言葉に、深く頭を下げた。


「クロエを、私の全力で幸せにすると誓います。――ゴドルフィンさんに、ひとつ、お願いがあります」


 彼はクロエをちらりと見ると、甘く目を細めた。


「なんだね? なんでもどうぞだ!」

「クロエのために、どうか、いつまでも元気で長生きを」


 一瞬きょとんとしたゴドルフィンだったが、孫娘が幸せを噛みしめるように頬をバラ色に染めているのに気付き、ゆっくりと頷いた。


「約束しよう」


「ちょっと、おじいちゃま!」

 ラインハートの腕を引き、クロエはゴドルフィンから彼を守るように立ちはだかった。


「わたしが結婚の約束をしていただく前に、ラインハート様と約束なさるなんてずるいわ!」

「あれ? 結婚の約束、まだしていなかった?」

「していません! ラインハート様、ちゃんとしてください!」

「プロポーズしたよ?」

「はい、って言ってませんもん」


 アナスタシア先生の本でも、みんなロマンティックな告白とプロポーズが様式美。

 考えさせてください、なんて言ったのは自分なのに、理不尽な要求をしているのはわかっているのだけど、それでもクロエは夢見ている。

 素敵なシチュエーションに、愛する人からのちょっと恥ずかしくなるような愛の言葉と甘い視線。指輪? 花束? 女の子の心がふわふわするような何か、……何かそんな素晴らしいもの。

 何の疑いもなく、心のままに受け入れたい。

 ちょっと唇を尖らせたクロエに、ラインハートは柔らかい笑顔を浮かべて、耳元でささやいた。


「愛するクロエの、お望みとあれば」


 いたずらっぽく耳たぶにキスをされて、思わず身体を離して耳を押さえた。

 ――本番のプロポーズ、心臓が持たないかもしれないわ。

 

 

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