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36.巧遅は拙速に如かずです

 ユーゴはネメラル鉱石とラインハートの顔を数回見比べて、クロエにゆっくりと告げた。


「クロエ、急用ができた」

「へ?」

「ラインハート、申し訳ないが僕が戻ってくるまでクロエを捕獲していてくれないか」

「承知しました」

「兄さん、どこにいくの?」


 カバンから預かり証用紙を出し、手早くユーゴは何かを書き付けていく。一度、石を手に取り重さと大きさを確認し、それも併せて記入してラインハートへ渡した。


「すまないが、これをお預かりしてもよいだろうか」


 預かり証まで書いておいて、許可を取るのが遅い。

 ラインハートは気にする様子もなく、にこにこと頷いて「差し上げますよ」と言ったが、ユーゴは首を振った。


「いただくわけにはいかない。大きさ、色、重さ。流通させるわけにもいかない希少品だろう。必ず返す。その紙は正式な証文として受け取ってほしい」


 話しながらも石を丁寧にスカーフにくるんでカバンに入れ、ユーゴは出口に向かって歩き出した。


「必ず返す! それまで、それを頼む」


 それ、と指さされたクロエはぽかんとして兄の背中を見送った。

 どうやら置いて行かれたらしい。何の説明もなく、突然出ていった。

 ラインハートに目をやると、彼は預かり証を確認しながら楽しそうに笑った。


「……ラインハート様?」

「ユーゴさんって、律儀な人だね」


 預かり証に書いてあったことを、ラインハートは読み上げてくれた。

 預かり品、ネメラル鉱石。168mm、825g、ほぼ球形、上部1.2mmの欠けあり。

 一週間以内に返却予定、クロエ=ゴドルフィンを保証のため預ける。なお、返却時にクロエに要した生活費その他の金員は利子をつけて支払う。

 預かり品に瑕疵を生じさせた場合、損害賠償として相場の200%を支払う。

 クロエ=ゴドルフィンに傷を負わせた場合、相応の責を負っていただく。


「持っただけでサイズと重さを把握できる兄さん怖いわ……」

「何の躊躇もなく即断でこの内容を書けるのは、さすがゴドルフィンの後継ぎだね」


 ラインハートはクロエの手を取って、そばに跪いた。


「大事な人質のお嬢さん、僕のお家で一休みしませんか?」

「……わたし程度で質になるとも思えませんが、よろしくお願いします」


 ネメラル鉱石は小粒で発見されることが多い。そのために使途用途をなかなか確立できず、絶対量の少なさからも流通になじまない。

 あの大きさの鉱石を手にしたら、商人の血がうずくのも仕方がない。クロエですら、頭の中でそろばんをはじいたくらいだ。

 もしかしたら城が一個買えてしまうかもしれない石を何の躊躇いもなく貸し出したラインハートを見つめると、彼は照れ臭そうに笑った。


「――犬ぞりで屋敷まで行こう。で、それからお風呂。毛皮は……」

「持っていきたいです」

「うん、洗って乾そう」


 二人と一枚は、5匹の大型犬が引くそりで屋敷へ向かう。

 力強く走る白い犬はずっと見ていても飽きなくて、後ろからクロエを抱え込んで手綱を引くラインハートの腕の中は暖かかった。

 雪の丘を越えて、黒く土肌が見えている峰を見上げながら進んでいく。風は冷たく肌を刺すようだったけれど、心は弾む。


 求婚してきている男性の家に妹を置いていくっていうことは、もう結婚は許可ってことでいいのよね?

 希少な石を目の当たりにして、そのことすっかり忘れてしまってた、なんてことはないわよね?




 領主館へ着くと、ノヴァック辺境伯夫妻が出迎えてくれた。

 息子が突然連れてきた薄汚れたクロエに驚きながらも、手早くお風呂と部屋を準備してくれた。弟のフィンと同じくらいのメイドがクロエの世話を焼いてくれて、恥ずかしいような気持になる。


「こちらのお部屋でおやすみください。お着替えはあちら、ご本はここの棚に。ご自由になさってください」


 メイドのココがぺこりと頭を下げて出ていくと、入れ替わりでラインハートが顔を出した。

 ドアをノックしながらこちらに笑顔を向けてくる。

「入ってもいい?」

「はい、どうぞ」

「お邪魔します」


 ラインハートはドアをストッパーで開け放ったまま、入ってきた。

 閉めないのかしら、とみていると、彼は笑った。


「結婚前のお嬢さんの部屋に二人でいるのに、ドアを閉めたらよくないでしょう」


 そんな気遣いをされて、逆に意識してしまう。反応に困って目を泳がせると、ラインハートはクロエのそばに歩み寄ってきて、じっと顔を見つめてきた。


 深い青い瞳から、視線を逸らせない。

 

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