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34.兄、膝をつく

 しばらく経って、逃げて行った小柄な衛兵が何かを抱えて戻ってきた。

 まっすぐにユーゴの前に寄ってきた彼は、軽く息を弾ませて頭を下げた。


「お持ちしました!」


 差し出されたそれに、見覚えがある。

 いつも出掛ける時にクロエが持っていたカバン。なぜここに。

 椅子に腰かけたまま、何も言わずに衛兵を見上げると、彼はなぜか得意げな顔をしていた。


「……なぜ、それがここに?」

「お、お預かりしておりました」

「――、クロエは何も持たずに外へ出たというのか!」


 弾かれるように椅子から立ち上がり、衛兵の手からカバンをむしり取った。

 中を開けると、財布や本、ユーゴが持たせた手紙が数通。

 それから、ラインハートからの手紙が入っている。


 これを持っていたからと言って、雪山の中で助けになりそうなものは何も入っていなかった。だが、手元にあれば絶対に持っていったはずだ。心の支えになりそうなものが入っているのだ。


 どうする。ここにいたところで、どうなるものでもない。

 外に出るか。探しに行っている間に戻ってきたら? 

 そもそも、ラインハートはどこにいるのか。


 妹のことで頭がいっぱいだったユーゴは、ようやく思い至っておろおろしている衛兵に訊いた。


「ラインハート様はどちらへ?」

「へ? あ、ラインハート様は山の上へいかれておりまして」

「山の上? 雪の山の? 何を考えているんだ……」


 ラインハートがどうなろうとかまわないが、それを探しにクロエが雪山の中へ手ぶらで向かったと思うと眩暈がする。

 足早に砦の出口へと向かおうとしたユーゴの背中に、ロブレドが声をかけた。


「どちらへ行かれるんです?」

「どこでもいいでしょう!」


 ロブレドがそもそも余計なことを言わなければこんなことにはなっていなかった、と。

 のんきな顔をした子爵へ矛先を向けそうになった時、砦の外がにわかににぎやかになった。


「おかえりなさい!」

「ご無事でよかった!」


 中まで響いてくる声に誘われて表へ出ると、登山着の数名が家族らしき人々と再会を喜び合っていた。


 崩落の状況を報告しているシェルパが、にこにこ笑いながら、ノヴァックの徽章を付けた騎士へ説明している。ユーゴが会釈しながら近づくと騎士がシェルパへ説明を促してくれた。


「だーいじょうぶでしたよぉ、崩落はぁ! 領主さんの屋敷のほうに、掘削してた岩の大きいのがドカーンといったっけどぉ、まぁ屋敷に届くころには小石になるまで、岩崩れてっからぁ」

「もろい岩だったのか?」

「そのへんは坊ちゃんが知っとるわぁ、崩落に巻き込まれてる人もいなかったしよぉー。あの人らは、遭難者ってより、寄り道だわぁ」


 途中で温泉湧いてる洞窟もめっかって、とにこにこ顔で話すシェルパの雰囲気に深刻さがないことを見て取って、ほんの少しほっと胸をなでおろす。

 救出対象だと思われていた人たちも全員無事が確認されたということで、ひとまず安心といったところだ。


 が。


 クロエとラインハートはどこへ。

 救出へ向かった部隊はすでに全員帰還している。救出対象者もすべてここにいる。

 ここにいないのは、二人だけ。


「やはり、探しに」


 ユーゴは、救助隊が返ってきたのとは違う方向へ目を向けた。

 登山道に沿って登って行ったのであれば、シェルパが発見してくれているだろう。それに、独房から逃げ出したクロエのことだ、人がいそうな方へは行かないだろう。

 お転婆にもほどがある、と深く息を吐く。

 とにかく、戻ってこないということは迎えに行かなくては。戻ってこられない理由があるかもしれないし、ここで待っていても気持ちが落ち着かない。


 カバンを背負い直し、一歩踏み出そうとしたとき、雪の中からひょこっと何かが顔を出した。


 毛むくじゃらの、灰色の大型獣。

 普段、動いているそれを見ることがないせいで、思わず息をのんだ。

 目をそらせない。動いたら向かってくるかもしれない、その灰銀の熊を見つめていると、それは突然立ち上がった。


「!」

「兄さん!」


 がおーとばかりに毛皮の両腕を広げ、嬉しそうに眼をキラキラさせている妹の無事な姿に、思わずユーゴはその場に膝をついた。


「兄さん、来てくれたの、……って大丈夫!?」


 全然大丈夫じゃない。

 ゆるく首を振り、それでも安堵に眉を下げた。

 

 

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