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33.兄、吠える

「どういうことだ!」


 ダンッ、と受付テーブルを拳で叩くと、背の低い衛兵はびくりと身体をすくませた。ユーゴは同年代のその男を見下ろすと、ひときわ低い声で訊いた。


「クロエ=ゴドルフィン、と名前があるが?」

「は、はい! ですが、」

「来たのではないのか?」

「はい、ですが、」


 助けを求めるように周りを見回す衛兵に、ユーゴは小さく舌打ちした。


 思ったよりクロエの足が速すぎた。さすがにノヴァック領に入る前には追い付けるだろうと思っていたのに、盲点だった。途中の宿にチョコラを預けてまで、雪の中を歩いてまで先を急ぐなんて思わなかった。

 さらに、通行証が必要なはずの関所で足止めを食っていないことにも驚いた。誰かと共連れで行ったのか、と歯噛みする。ユーゴが持たせた手紙を関所で見せてくれさえすれば、『一両日、手厚く保護してくれ』と伝わったはずなのに。


 ぐるりと砦の中を見回す。こちらの様子をちらちらを伺う人も、ユーゴと目が合うとさっと逸らす。

 再度衛兵に向き直ると、ユーゴは一つ息をつき、穏やかに続けた。


「ですが、何だ?」

「お嬢さんの名前を騙った、偽物だったんですよ」


 後ろから声を掛けられ、振り返ると見たことがあるような貴族風の男が、得意げな顔で近づいてきた。


「お久しぶりです、ユーゴさん」

「……お久しぶりです、奇遇ですね」


 クロエと見合いをした男か、と気付くまでに少し時間がかかった。何しろ、一度しか会っていない、見合いしただけの男は100人いるのだ。

 男は、「ロブレド子爵です」と会釈した。


「偽物、ですか」

 ユーゴが呟くように言うと、ロブレドは何度も大げさに頷き、わざとらしくあきれたような声を出した。

「えぇ、そうです! まさかこんな辺境に、ゴドルフィンの令嬢の顔を知る者がいるとは思ってもみなかったのでしょうな。しれっとした顔でその名を騙り、私はその態度が許せずに、」

「その人はどこに?」


 この室内にはいない。女性がいない。

 見合いの時のクロエしか知らない子爵では、クロエ本人がここにいたとしても別人だと思ってもおかしくない。

 

「でもユーゴさん、」

「偽物だと判断した理由は? 筆跡はクロエのものだ、肉親である私がそう判断した。で、誰が偽物だと判断し、その女性をどこに連れて行ったのだ」


 小さい身体をさらに小さくしている衛兵を睨みつけると、彼はこくりと喉を鳴らして敬礼し、精一杯声を張り上げた。


「はい! 独房のほうへご案内しました!」

「独房!? 何も悪いことをしていないクロエを、寒いこんな場所の独房へ?」

「でもそれは、」

「でもでもうるさい! 早く解放しろ!」


 ここ何年かのことを思っても、こんなに大声を張り上げたことはない。

 いつも大体穏やかで通っているユーゴだったが、イラつきと怒りが抑えられなかった。

 きつく拳を握り締め、絞り出すように告げる。


「クロエを、ここへ、連れてきていただけますか」


 他所の領地の砦だということを思い出し、口調だけでもお願いの体をとる。が、視線は今にもとびかかりそうなほどに鋭い。

 ひっと小さく息をのみ、衛兵はそれでも負けじと声を上げた。


「で、できません!」

「できない? なぜ。では、そこへご案内いただけますか」

「それも、できません!」

「は?」


 机を指先でトントンと突きながら、ユーゴは眉根に力を籠める。


「できない、なぜ。――まさか、」


 騙りだというのを真に受けて、クロエに乱暴を働いたのか?

 独房に入れたということだけでも許しがたいのに、クロエが怪我でも負わされていたら、と思うと背筋を怒りが駆けあがる。


「逃げられました!!」


 どうにでもなれとでも言いたげな大声で衛兵はそう叫ぶと、止める間もなく頭を下げて部屋から駆け出て行った。


「あ、おい! 逃げられた、って!?」


 頭が痛い。どうしたらいいんだ。

 せっかく追いついたと思ったのに、早くクロエの無事を確認したい。

 そもそも、ラインハートは何をしているんだ。クロエはラインハートと会えたのか。


 どちらにしても、クロエの意思でここに来たのだとしても、この状況は到底許せるものではない。

 独房でもなんでもクロエを確保していてくれたなら、とユーゴは椅子に身体を投げ出して天井を仰いだ。


 きつく目を瞑ると、断続的に低く地響きが聞こえる。

 どこにいるんだ、クロエ。


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