表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/38

31.深い雪、白、グリーン

 雪を踏みしめて歩く。カバンはない。が、毛皮は被ったまま持ってきた。

 空はさっきまでが嘘のように晴れ渡っている。日の高さからいって、日没までもまだ時間があるだろう。


 崩落があった三峰は、すぐにわかった。土色の地面が露出していて、そこだけ雪がない。そちらに向かって歩を進めていくことにした。

 そこにラインハートがいるのかはわからない。坊ちゃんの救出、のようなことを衛兵は言っていたけれど、崩落に巻き込まれたという確証があるわけでもない。


 そもそも、崩落が起こったと聞いてから3日経っている。もしも、巻き込まれてしまっていたとしたら。

 もしものことなど考えたくはない。今は絶望している場合ではないから。まっすぐに三峰を目指して歩くことしか、出来ることはない。


 息が弾むのは、疲れのせいだけではなかった。少し標高が高いせいで、空気が薄く感じる。

 クロエが辿るのは、雪の中の道なき道。鎖すらも張っておらず、等間隔で打ってある杭が唯一の目印だ。これもなかったら遭難一直線なので、このルートは通ることもなかっただろう。


 通常の通行ルートは、捜索隊が辿ってくれている。そちらでラインハートが見つかってくれるのなら、安心だ。

 でも、崩落から3日。通常ルートにいるならとっくに戻ってきているはず。大事な嫡男だもの、いなくなってから何日も放置なんてことは。


「……ない、よね?」


 大丈夫。クロエは顔を上げて、あたりの景色を見渡した。

 真っ白な雪には、何の痕跡もない。人の足跡も、動物の歩いた痕跡も。

 自分の来た方向を見ると、引きずったような跡が道になって続いていた。


 土色の峰を目指して進む。理由はない。ただ白い中でもよくわかる目印がそこにしかないから。まずは、崩落の現場を調査するという建前で来ていることだし、と自分に言い聞かせた。


 目標がないと、その場に崩れてしまいそうだった。

 一面の雪の中に一人というのは、こんなにも心細いのか。

 ……ラインハートは大丈夫だろうか。


 よいしょ、と毛皮を被り直して、リズミカルに呼吸をしながら進んでいく。毛皮の温かさがありがたかった。何となく強くなった気もするし。


 


 休まずに一時間ほど歩いただろうか。足元に少しに雪をかぶった落石が目立つようになってきた。

 石を踏むと滑って転んでしまう。足元を慎重に確認しながら進んでいくと、鮮やかなグリーンが目に入った。


 奇跡的に土砂崩れが直撃しなかったのか、それとも崩落後に張ったのかは分からなかったが、それは確かにテントだった。数メートルの間をあけて、二張のテント。


 そして、表面に見たことのある紋章が描かれていた。

 ノヴァック辺境伯の、家紋だった。


「……!」


 重く怠く感じていた足がうそのように、クロエは転がるようにテントに向かって走った。

 雪と土が絡まりつく。安心感からか、涙で景色がにじむ。ぐっと目元を袖で拭って、はやる心を抑えながら、坂を上る。


 ゆら、と人影が見えた。逆光のせいで顔はわからないが、呼びかけようとクロエが口を開きかけたとたん、破裂音とともに頬の真横を何かが風を切って通り過ぎた。

 

 発砲された?


 前へ進む勢いが殺せず、驚きで腰が引けてその場に昏倒した。雪と毛皮のおかげで、身体は固い地面に叩きつけられはしなかった。が、腹の底から震えがせり上がってくる。

 起き上がることができない。でも、逃げなければ。逃げなければ、また撃たれたら?


 一度横になってしまった身体は震えが止まらず、ゆっくりと近づいてくる人影から目が離せない。長い猟銃の口がこちらを向いているのが恐ろしくて、目を閉じたいのに視線が逸らせない。

 どくどくと心臓の音が耳元で聞こえる。

 ゆっくりと近づいてくる、雪と石を踏みしめる音がやけに遠くに聞こえる。


 銃の影が身体に触れるかどうか、というところまで近づいてきた人影は、驚いたように小声で呟いた。


「――クロエ?」


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ