3.アドリブに弱いのは仕様です
二人をソファへと促して、クロエも向かい合って座った。
イーサンは興味深そうに、クロエに不躾な視線をぶつけてくる。ラインハートは落ち着いた様子で、笑みを絶やさないままだ。
「本日は、このような場所までおいでいただきありがとうございます」
丁寧にお辞儀をすると、またイーサンが噴き出す。
喋るたびに笑われたのでは話が進まない、というかつられそうになるからやめてほしい。
ラインハートは横の友人には構わず、クロエに頭を下げた。
「お会いいただき、光栄です。……すでに何人もの方がこちらに見えたとか?」
事前にある程度の情報は持っているのだろう。クロエはにぃーと笑って頷いた。
「はい。ですが、今までの方には皆様にお断りされてしまって」
「そりゃそうだと思う」
真面目な声で割り込んできたイーサンが、まじまじとクロエの顔を見て何度も頷いた。
「俺、すごく失礼だったと思うけど、でも素直な反応だよ」
「自分で言わないの、イーサン……僕は恥ずかしいよ」
「でも仕方ない。そう思わない、クロエ?」
実際、そうだと思うしそれを狙っている、けど「ブスだから笑われても断られても仕方ない」のだと、本人にそう思わないかを尋ねるのは驚くほど失礼だ。
でも、クロエは耐えた。さみしそうな笑顔を作って首を傾げる。
「そう、なのでしょうね……わたしの見た目が、よくないのでしょうがないのです」
殊勝ぶってそう言うと、意外にもイーサンはそれにすぐに同意はせず、腕を組んで考えた。
「まぁ、面白いから俺はいいと思うけど」
一瞬耳を疑った。いいと思う、と言われたのは初めてだ。
ちょっとだけ嬉しくなったことにもびっくりした。撃退するのが目的だったはずなのに。
だけど、その次の瞬間、イーサンは笑って言った。
「とはいっても、『このご縁はなかったことに』、だな!」
やっぱり、そうだよね。そりゃそうだ。
弱ったような笑顔のまま、クロエは小さく頷いた。
が。
「いいの? 僕がもらってしまっても」
「え、……ラインハート?」
「クロエさん」
ラインハート=ノヴァックが、テーブルの上に身を乗り出してクロエの両手を優しく包んだ。その意外な温かさに、びっくりして顔を上げる。
ラインハートは穏やかな煌めく瞳でじっとクロエの瞳を見つめたまま、静かに言った。
「僕、ラインハート=ノヴァックは、あなたを妻に迎えたい。……考えてみて、くれませんか」
「え!?」
声を上げたのはイーサン。クロエはまさかの展開に、言葉も出ない。
微かに目元を赤らめて、ラインハートはクロエの指先にキスを落とした。
「一目惚れを、信じますか?」
信じるも信じないも。
クロエは、声に疑いをにじませながら訊いた。
「わたし、……一目で嫌われてしまうことはあっても、その、……」
「信じてもらえるように、頑張ってもよいでしょうか」
まじかーとか呟いているイーサンに、クロエは心の中で同意しながらも、ラインハートの言葉に即答で断ることは出来なかった。
断られることはあっても、自発で断ったことがない。経験の浅さが裏目に出て、押し切られてしまいそう。どうしよう。
ここで、考えられる可能性は二つ。
一つ目は、見た目はどうでもいい、とにかく結婚して資産が手に入ればいいと考えている、ということ。
二つ目は、特殊な性癖を持っているから、むしろブスが大歓迎である、ということ。
ラインハートに手を包まれながら、触れた唇に緊張しながら、フル回転で考えを巡らせる。
どうすればいい、祖父の資産を守るため、特殊性癖の変態から自分の身を守るため、の最善の策はどこにある。仮に彼がそのどちらか、もしくはどちらも、であった場合にはどう答えるのが一番なのか。……。
「すこし、じかんを、ください」
クロエには、そう絞り出すように答えるのが精いっぱいだった。
ラインハートはその後もにこにことクロエのことを見つめ、イーサンを牽制しながらひとしきり話して帰っていった。イーサンとラインハートの仲がいいのは本当らしく、上辺の付き合いによく感じるいやらしさがない。
帰り際、イーサンはそっとクロエを手招きして小声で言った。
「何だか心配だから、俺もたまに寄る。気をつけろよ」
「イーサン! クロエに近づかないで」
ぐっとイーサンの腕を引いて引きはがし、ラインハートはふわっと笑ってクロエに手を振った。
「また来るね、クロエ。僕のこと、考えてくれると嬉しいな。……急がないけれど、いい返事をお待ちしてます」
「――本日はお越しいただき、ありがとうございました」
彼の言葉に、はいとは答えず。
深々とお辞儀をして、二人を見送った。そして、門が締まったのを確認してから深く深く息をついた。
「兄さんに相談しなきゃ……」
兄に言われた言葉が、ふと脳裏をかすめた。
(でも、いつもいつもそううまくいくのかな)
「……一目惚れって、よく言うわ……」
それだけはあり得ないでしょ、と浅黒く塗り、そばかすだらけに装った頬を撫でた。自慢のメイクだ、101人の撃退実績がそれを物語る。
部屋に入ると、すでに話は伝わっていたらしく、ユーゴが本を読みながら待っていた。
クロエの浮かない表情を見て、兄は「もう」とため息交じりに呟いた。
「……兄さん」
「101回目は撃退ならずだね」
「くっ……! いいえ、101人目は撃退したわ! 102人目よ……今日は二人だったんだもの、一人はいつも通り断ってきたもの」
「負けず嫌い」
返す言葉もない。
クロエはクリームで丁寧にメイクを落としながら、ぼそぼそと呟くようにユーゴに報告した。
成金息子が、顔を見るなり笑ったこと。
貧乏貴族が、妻にしたいと言ってきたこと。
「それも、よりにもよって、一目惚れって言ったのよ。……誰が信じるって言うの」
「――うーん、僕は会っていないから何とも言えないけれど」
「会ったわたしも何も言えないわ」
「いや、そうじゃなくて」
開きっぱなしにしていた本を閉じて、ユーゴはクロエの顔をじっと見つめた。
「本当に資産目当てなのかな? 本当に、それだけかな」
「それはどういう、」
「本当に、クロエが目当てだってことはないのかな」