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23.足止め

 起きて宿を出ると、微かに吹雪いていた。

 風は刺すように冷たく、粉雪を吹き付けてくる。空は灰色に淀んでいて、しばらくは天気の回復は見込めなさそうだった。

 不安をあおるような天候に、パチンと両頬を叩いて気合を入れる。


「行けるところまで、一緒に行こうか」


 チョコラを撫でながら呟くと、彼は鼻から勢いよく白い息を吹き出し、クロエを勇気づけるように身体を震わせた。

 疲れで少し重い身体で馬を駆り、クロエは灰色に煙る景色の中を北に向かう。



 2時間程走っただろうか。

 少しずつ強くなる風に辟易しながら川を渡ろうとしたとき、ピッと笛を吹かれて足を止めた。


「止まってください、止まってください!」


 毛皮のベストを着た兵士に、長い槍で行く手を阻まれた。

 物々しい雰囲気が漂う。臨時で建てた関所があり、十数人がそこで立ち往生していた。数人が兵士、それ以外は商人たちのようだ。


「何かあったんですか?」

「この先は進入禁止です」


 クロエの問いに機械的に答え、兵士はぺこりと頭を下げて去ろうとした。

 慌てて馬から降りて、兵士に駆け寄る。


「どうしてですか? ここはノヴァック領へ向かう街道ですよね?」

 間違ってはいないはず。記憶した地図通りに走ってきたのだ。そもそも、迷うまでもない一本道でもある。

 兵士はこくこくと頷くと、言い慣れた様子で告げた。

「はい、ですがジェンセン子爵から通行止めの指示が出ております」


 橋を渡るとオクレール領があり、その向こうがノヴァック領。今いるこの土地の領主がジェンセン子爵だ。

 さほど幅の広くない川の向こう岸を見ると、兵士も待機中の人もいない。


「向こうからの渡河は問題ないのですか?」

 近くにいた二人組の兵士に訊くと、若い方が「はい」と頷いた。

「ノヴァック領の崩落の状況がまだ判然としませんので、ここを通してしまった後で何か事故に巻き込まれるようなことがあれば、ジェンセン子爵の責任となってしまうからこまると」

「そこまで言わなくていい!」

 同僚に小突かれて、彼は一度敬礼して焚火の方へ駆けていった。

 それを見送り、先輩風の兵士がクロエに頭を下げた。


「オクレール領からの通行はすべて受け入れるように、と指示を受けています。こちらから向こうへ渡るには、通行証が必要です」


 クロエの服装を見て、商人ではないと判断したらしい。通行証を持っているかどうかも訊かずに、兵士は関所の方へと歩いて行ってしまった。


 通行証。兄が持たせてくれた手紙ではどうかしら。

 ユーゴは追いかけてくると言っていた。ゴドルフィンの名代を務めることもあるユーゴだったら、通行証の代わりになるものは持っているに違いない。けれど。

 ここまで、予定よりもかなり速いペースで駆けてきたのにまさかの足止め。

 兄を待つのは最終手段にしたい。役に立つかどうかわからないけど、とりあえず手紙を兵士に見せてみて。


「あ!」


 リュックを下ろしたクロエの耳に、聞いたことのある声が届いた。

 顔を上げると、少し離れたところからこちらを見ている青年がいる。


(イーサン=アドル……)


 ほ、と少し気持ちが軽くなった気がした。知らないうちに、心細くて体が固まっていたらしい。

 地元から遠く離れた場所で出会うなんて、嬉しくて思わずクロエは大きく手を振った。


「イーサン様! こんにちは!」

「ふぇ!?」

 

 びっくりしたように変な声を上げて、イーサンはこちらを凝視している。

 なんだろう、と思いかけて気付いた。……化粧していないからわからないのか。


 イーサンは連れのその場に残してこちらへ駆け寄ってきた。ほんの少し頬が赤いのは、寒いからか。

 クロエに軽く会釈をして、彼は被っていた帽子を胸の前で握りしめて口を開いた。


「こ、こんにちは。……あの、どうして私の名前を、」

「え!? あ、えーと……」

「あぁ、いやそんなことどうでもいいんです!」


 どう答えようか、迷っている間に流してくれた。運がいいのか、正直に話す機会を失ったのか。

 微妙な気持ちでイーサンを見つめていると、彼は視線をさまよわせながらしどろもどろに言葉を繋いだ。


「すみま、せん。あの、俺じゃなくて私、よく街であなたを見かけていて、それでつい声を、えっと、怪しいものじゃないんです!」


 明るく元気で無礼なイーサン=アドルとは思えない挙動不審ぶり。

 クロエは、思わず笑って頷いた。

 


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