2.噂のブスはモテモテです?
100人斬り! と大喜びしたところで、だからこれで一区切りというわけではない。
お見合いの申し込みは、徐々に減ってきているとはいえまだまだ絶えることはなく、とはいってもその申し込みの目的に若干の変化があったようだった。
「『噂のブスを一目見たい』と言っていたみたいだよ」
呆れ半分悲しさ半分、といった複雑な表情でユーゴはそう言うと、白い封筒を3枚差し出してきた。
「噂のブスって……ブスがうわさになっても、見物ついでの結婚申し込みにつながるんじゃ意味ないわ!」
クロエはまっすぐな髪をさらりと掻き上げると、短く息をついた。
「仕方がないだろう、それだけ芸術的なブスなんだ。メイクというより特殊メイクだし」
「兄さん、それはもちろん誉め言葉よね」
ブスブス連呼されても、クロエは痛くも痒くもない。だってそれは素顔ではないし、何なら自分のメイク技術に対する称賛であると理解しているからだ。
「でも、そのブス見学目当ての輩っていうのは、お見合いしてももちろん断ってくるのよね?」
「そりゃそう、だろうなぁ。だって、一目見たいっていうくらいだから。ずっと見ていたいって言われてるわけじゃないから」
「うんうん、直視できないブスだもん」
フィンもなぜか嬉しそうにそう言ってクロエに抱き着いてきた。
今日は、クロエに会いに来る客はいない。だから化粧もお休み。
連日ドーランを塗っていたら肌もあれるし、たまには休ませることも大事だ。とカーテンを開けている窓を見ると、素顔の自分が映っていた。
最近はメイクをしている時間のほうが長いくらいで、色の白い肌、金茶のストレートヘアの姿は、逆に作り物めいて見える。
「で、その3人のうち、2人は明日来るって言っていたよ。辺境伯の息子と、アドル商会の息子」
未婚で年頃の息子がいる辺境伯、と言えば、ノヴァック辺境伯か。息子のことはよくわからないけど、まぁどちらにしても資産が目当てだろう。アドル商会は最近業績を伸ばしてきている商人で、言ってみればゴドルフィンのライバル……規模は天と地ぐらい違うけれど。だからこっちは祖父の会社のノウハウやコネが欲しいということか。
「ふぅん……で、残りの1人は?」
「ブスが見たいって言ってたからその場で断った」
「あは。見に来させてあげればよかったのに」
「僕は嫌なんだよ、特殊メイクしているとはいっても、可愛いクロエがブスだドブスだ言われるのは」
それでいつもちょっと悲しい顔をしているのか、とわかっていたけれど兄をかわいく思う。
「兄さんにも素敵な人が現れるといいわね」
「クロエにいい人が見つかってからね。……じゃないと心配で」
「ねえさまは僕が守るよ」
「じゃあそのフィンをわたしが守る」
「そのねえさまを僕が」
「はいはい、もうその辺で」
きゃっきゃしだしたふたりの頭を、ユーゴはそっと抱き寄せて笑った。
翌日。お見合い用メイクに余念がないクロエは、そばかすを描いていた手を止めて振り返った。
「え? 二人一緒に来るの?」
ユーゴは不思議そうに眉を寄せて頷き、「そうみたい」と答える。
「お見合い、じゃないの?」
「友達同士らしい」
「よくわかんないけど……仲がいいのね、ということで良いのかしら。わたしはいつも通りでいいのかしら」
ちりちり髪の毛を頭に乗せて、丁寧に整えていく。不衛生なイメージを与えないようなブスを作り上げるのはなかなかに難しいのだ。日々之研鑽なのだ。
呆れたような微笑ましいような複雑な顔で、ユーゴは笑った。
「いいんじゃない? 成功させる気もないんでしょ?」
「何を成功というか、よね。金目当ての失礼男を撃退するってことが成功なら、成功させる気しかないわ」
「でも、いつもいつもそううまくいくのかな」
心配性な兄に、クロエは胸を張った。
「いくのかな、じゃない。いかせるのよ」
斜陽貴族の息子と、成金ドラ息子。
二人相手って言うのは初めてだけど、どういう反応が返ってくるか楽しみ。
すでに、当初の目的よりもいたずら気分になっている。気合の入ったメイクの顔を見た瞬間の男たちの顔を思い出すと、自然と笑みが浮かんでくる。
二人が待っている応接の前で一つ息をつき、静かにノックした。
「はい」
中から、優しい声が応えたのを聞いて、
「失礼いたします。クロエ=ゴドルフィンでございます」
と恭しくお辞儀をし、ゆっくりと顔を上げた。
目の前には、こちらを向いて立っている青年たち。
一人は青みがかったプラチナの髪の、柔和な顔の青年。
もう一人は赤茶の髪をした、活発そうな顔をした青年。
白金髪の青年が丁寧に会釈して名乗ろうとした瞬間、
「っぷー!」
と赤茶が噴き出した。
びっくりした青年が慌てて肩を叩き、たしなめようとするがすでに遅い。成人男性がこんなにも、というほどの爆笑。
「ちょ、ちょっと! イーサン!?」
「はは、だ、だって、あはは! ブスとかってレベルじゃ、あははは!」
今まで100人の男に会ってきた、けれど初対面でこんなにあっけらかんと笑われたのは初めてだ。
(これ、どうするのが正解なの……つられて笑いそうになるけど、怒って出て行った方がいいのかしら?)
心の中で葛藤しているクロエをじっと見つめ、ふっと表情を緩めて、白金髪の青年が一歩前に出た。
「友人が失礼しました、クロエさん。僕はラインハート=ノヴァック。こちらが」
「っ、けほ、ごめん。ふふ、ちょっと待って。……イーサン=アドル。よろしく」
貧乏貴族と成金息子。
笑われはしたけれど、ひきつった顔で開口一番「このご縁はなかったことに」にならなかったのは、珍しい。友人同士だから、牽制しあっているのかしら。