19.わたしのことが、好きですか?
「あなたはいつも、あそこの本屋に駆け込んで。熱い紅茶が冷めてしまうまでは出てこなかった。重そうな鞄を抱えて出てきたと思ったら、足早に隣のカフェに駆け込んで」
ふふ、と笑ってラインハートは一口ハーブティを飲んだ。
つられるようにカップに唇を添えると、ふわりとレモンの爽やかさが鼻に抜ける。
「頬を赤く染めて、夢を見ているような表情でカフェから出てくるあなたを見ていた」
「……なぜです?」
声もかけずに、ただ見ているだけ? 「いつも」というからには何回もそんなことがあったんだろう。
辺境伯と言われるノヴァックの嫡男が、こんな店と言ったら悪いが、ここでそんなに何時間もたたずんでいる理由もわからない。
怪訝そうなクロエの視線に気付いたのか、彼は慌てたように首を振った。
「遊んでいたわけではないよ。本を読んだり、考え事をしたりしていたんだ」
「考え事……」
「うちの領地には、結構問題が山積でね」
何となくは知っている。北方の僻地にある領地は、住みづらくて災害も多いと聞いている。商工会でも、支店を出したり交易に赴いたりするのは敬遠されがちな場所である。
祖父ゴドルフィンは、それでも面白そうなところだと言っていたけれど。
嫡男であるからには、いろいろあるのだろう。けど、クロエは今、ラインハートのことはよく知らない少女であることになっているので、首をかしげてとぼけた。
「本当は、おいしい紅茶を楽しむのがお好きなだけなのでは?」
「それも否定できないけど」
そう笑った。
そして、クロエの目をまっすぐに見つめる。青に溺れそうだと思う。
「いつ見ても楽しそうな女の子で、たまにカフェから出てきたときに泣いていたりもして。すごくすごく気になって、時間があればいつもここに来てしまってた。……ここが行きつけの店になってしまうくらい、いつも来てた」
瞳に熱がこもる。
引き寄せられるように、その目から視線が外せない。
「一目惚れを、信じますか?」
ゆっくりと紡がれたその言葉に、胸が熱くなる。と同時に頭の芯に冷風が通った。
この言葉、聞いたことがある。
この視線、このセリフ。この人から。
――初めて会った、あの日に。
とっさに反応できなかった。
ゴドルフィンの孫娘のドブスとして聞いた言葉。
ここで、見かけるのを楽しみにしていたといわれた少女として聞いた言葉。
どちらが信ぴょう性が高い?
そんなの、迷うまでもない。今聞いた言葉のほうが、本当っぽい。
では、ゴドルフィンにかけられた言葉は?
返事を待つように見つめてくるラインハートから、必死に視線をそらして唇を尖らせた。
「……惚れっぽいのですね」
「そんなつもりはないよ。僕は、一途なほうだけど?」
心外だとでも言いたそうに眼を見開いて、テーブルの上に乗せられていたクロエの手を取った。
「……僕から言えることは、これだけなんだ」
「え、」
「ずっと好きでした。今も好きです」
かすめるだけのキスをクロエの指先に落とし、彼は寂しそうに笑った。
「会いたかった人にも会えたし、気持ちもしっかり伝えられたし」
「あの、」
「僕は行くね。……さよなら」
ちょっと待って、と立ち上がろうとしたクロエの前に、ウェイターがシフォンケーキを持ってきた。
「た、頼んでな、え、ちょっと!」
去っていくラインハートの背中に呼びかけたが、彼は振り返らず、そのまま行ってしまった。
追いかける邪魔をしてくれたウェイターに抗議の目を向けると、彼はしれっとした顔で礼をした。
「お連れ様からでございます。お会計もお済です。……ごゆっくり」
もう、間に合わない。行ってしまった。
影も形も見えなくなってしまったラインハートのことを思い。すとんと椅子に腰を下ろした。
フォークでつつくと、シフォンケーキの弾力で押し戻される。数回試して、フォークを置いた。
「……切れないじゃない……」
くしゃ、と表情を崩して、クロエは肩を震わせた。
好きって何。なら置いていかないで。名前くらい言っていきなさいよ。
一切れのケーキを食べ終えるのに、たっぷり1時間半を費やし、帰路についた。




