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14.もしかしたらすごく大好きです

 翌日。

 もやもやしていた気持ちを吹き飛ばすようなすっきりと晴れた空に、クロエは大きく伸びをした。

 髪に櫛を通していると、そばでフィンがにこにこしながら鼻歌を歌っている。


「ご機嫌ね、フィン」

「ねえさまが元気で綺麗なら、ぼくはいつだってご機嫌なんだよ」

「もう14歳なんだから、そろそろ姉離れして好きな女の子でも探しに行ったら? ――じゃぁ、行ってきます」


 カバンを掴んで部屋を出ると、フィンが慌ててついてくる。

「え、どこに行くの?」

「街のほうに」

「ひとりで? 危ないよ、ぼくも一緒に行くよ」

「大丈夫よ」

 振り返ると、さらさらした髪がふわりと舞う。

「遅くならないように帰ってくるわ!」


 何かぶつぶつ言っている弟を残して、意気揚々と屋敷を出た。


 会えないかもしれない、けど会えるかもしれない。

 このまま家で待つよりも、きっと街のほうが会える気がする。

 ラインハートの去り際の顔を思い出すと、もう会いに来てくれないような気がしてならなかった。



 

 クロエが後悔と自責でぐちゃぐちゃになっている間、ラインハートからは一度手紙が来た。怖くて読めなかったので、悩んだ末に兄に読んでもらっていた。

「しばらくここには来られないって」

 あぁ、やっぱり。と。

 しばらく、っていってもずっとなんでしょ。

 こんな失礼なドブスには会いたくないわよね、普通。

 それから、とさらに何か言おうとするユーゴを制して、クロエはその手紙をカバンにしまっていた。


 傷つくような言葉がもし書いてあったら、元気になれない気がしたから。

 あとで自分でちゃんと読むよ、と兄には伝えたけれど、いまだにその勇気は出ないでいた。


 街をぶらぶら歩く。本屋の前で一瞬足を止めて、ラインハートからもらった本のこと、素敵な栞のことを思い出す。

 ちょっと可笑しかった。

 いつもだったら、本屋の前で物思いにふけるなんてことはない。

 さっと入ってじっくりほしい本を吟味して、店員さんにアナスタシア先生の本の新刊発売日を訊いて、と満喫するのに。


 頭の中が、自分で思っているよりもずっとラインハートのことでいっぱいだった。

 自分が自分でなくなるような、なんて陳腐な言葉でしか表現できないくらい。


 本屋を外からのぞいたけれど、彼の姿はなかった。

 うん、大丈夫。すぐに見つかるなんて思っていないから。



 街の散策は、気分転換にもちょうどいい。

 ぼんやりしていた数日間で身体は相当なまっていたようで、ずっと歩き通しでいたら怠くなってきた。

 花壇のレンガに腰を下ろして、行きかう人の流れを眺める。

 仲のよさそうな親子、男女、犬とおじいさん。


 ふと、その中に見たことのある人影が横切った。


(イーサン・アドル!)


 びっくりして、思わず立ち上がった。カバンを胸に引き寄せて、いつでも逃げ出せるように警戒する。

 まさかイーサンがこんなところにいるなんて、と思ったが、そういえばアドル商会の店舗もこのあたりにあった。

 失敗した、がもう遅い。

 だけど、彼の視線は一瞬クロエに止まったが、何事もなかったかのように過ぎていった。


 それはそうか、とほっと息を吐く。

 もう一度花壇に座って、カバンの陰で少し笑った。


 気付くわけがなかった、イーサンはこの顔を見たことがないんだから。

 正確に言うと、一度屋敷で昼寝中の顔を見られたことはあるけれど。

 寝顔を一度しか見たことがない女に街中で出会ったからっていって、声をかけてくるわけもない。

 こちらを向いたのは、クロエがじっと見つめていたからだろう、と。


 会いたいのは、イーサンじゃないのよね。

 なんて思ったらちょっと恥ずかしくなって、また人混みを眺める。


 会ってどうするんだろう、とも思う。

 ドブスメイクを落としたクロエは、鎧を着ていない戦士のようなもので。

 どことなく不安で、ただの一人の女の子だ。


 会ってどうするんだろう、本当に。

 ラインハートに失礼なことをしたクロエですよ、なんて言えるわけないし。まず顔が違うのに、誰だお前みたいな感じよね。

 誰だお前なんて言わないか。

 お会いしたことがありました? みたいに優しく訊いてくれるかな。


 会いたいのに、会った時にどうしたらいいのかが全く決められない。

 何なら、ここにラインハートが通りかからなくてよかったとすら思い始めていた。


 まだ、素顔をさらす覚悟もなければフルメイクで謝罪する勇気もない。

 嫌われたくない、という気持ちがこんなに強いものだとは、思ってもみなかった。

 何度ため息をついても考えはまとまらず、ただただ顔が見たい。


 もう、こんなの本当に大好きだ。

 大好きなんて言葉で考えたら、さらに気持ちが膨らんでしまう。

 初めてのこと過ぎて、抱えきれる自信もない。

 


 夕闇が迫るころ、クロエはようやく元気になってきた足を奮い立たせて立ち上がった。

 また来よう。

 お顔だけ見られたら、勇気が出るかもしれないし。

 偶然会える可能性なんて限りなくゼロに近いけれど、それでもただ待っているよりもマシだから。


 それから、もっとすごく勇気が出たら、とカバンを抱きしめる。

 そしたら、手紙を読んでみよう。

 

 夕刻でまた人通りが増えてきた。街灯が点き始め、日中とはまた違った賑わいだ。

 喧騒に背を向けて、クロエは自分の屋敷への帰路についた。


 その背中をじっと見つめる影があったことに、気付かないまま。



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