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11.相手を知り、己を知らばです

 考えてみたら、クロエはラインハートのことをよく知らない。

 兄ユーゴと同じくらいの年で辺境伯の息子、ということくらいしか。

 今まで、結婚を申し込みに来るような男はすべてお断り前提だったため、特に身元を調べるようなことはなかったのだ。


 そのことをユーゴに伝えると、兄は小さくため息をついて10枚ほどの紙の束を差し出してきた。


「これは?」

「ノヴァック伯の送ってきた釣書と、こちらで調べた身上書」

「いつの間に……」

「可愛い妹に近づいてくる男のことを、何も調べてないとでも思っていたの?」


 さも当然のようにそう言われて、驚いた。全員お断りしてきた(というかお断りされるように仕向けてきた)のを知っているのだから、そんなことに時間を割くことはないと思っていた。

 が、ユーゴは何でもないことのように、

「いつ何があるかわからないじゃないか。一応、お前に会わせる前に10分の1くらいの人数までふるってるんだけど」


 すごいな、ゴドルフィンの財力。有象無象をそんなにも引き付けるなんて。ふるわれた人の中に、素晴らしい人がいたかもしれないのに。

 とはいえ、兄のお眼鏡に適わなかった人が素晴らしい人なわけはない。自分の見る目より、よっぽど信用できるのだ。



 兄から渡された紙の束に目を走らせていく。

 趣味・特技・出身校・成績、身長体重好きな食べ物、……よくもこんなに調べ上げたな、と思う。

 女性関係の調査欄はあったが、親しく付き合っている人はいなかったようだった。親戚の名前だけがそこに連なっており、さっと目を通していると、見たことのある名前が一つ。


「カーティス女史……」

「知り合いか?」

「いえ、直接は知らないけれど、……」


 よく見る名前だ。アナスタシア先生の著作の装丁欄で。

 いいなぁ、と深くため息をついた。先生と近しい人が知り合いにいるというだけで、憧れる。


「今度ラインハートが来た時に聞いてみたらどうだ?」

「え」

「気になる女性の名前があったんだろう?」


 兄は何を勘違いしたのか、瞳に剣呑な色を浮かべてこちらを見ている。調査したのはユーゴの抱える調査部隊なんだから、ここの中にラインハートの「特別に親しい仲」の女性名があるわけはないのに。


 初めて会った、素顔のクロエにあんなに優しい目を向けてくるような人だから、実はすごく女性に慣れた男なのかしら、と疑っていた。けれど、これを見る限りではそんなことはまるでない。兄の調査部隊の仕事ぶりは疑いようもないし、別に取り立てて惚れっぽいとかではないのかもしれない。


 もやもやする気持ちをぐっと抑えて、クロエは立ち上がった。


「お呼びしましょう、ラインハート様を!」


 ◇ ◇ ◇


 念入りに念入りに、化粧を施す。

 ムラなく無駄なくファンデを塗り、そばかすの場所も正確に。もじゃもじゃ髪もほんの少しのオイルをつけて、質感を整える。

 と、静かに扉が開くのが鏡越しに見えて、クロエはぱっと振り返った。


「クロエ!」


 ノックもせずに入ってくるのは、ポール=ゴドルフィン。

 弾かれるように椅子から飛び出して、大きく腕を広げて待っている大好きな祖父の胸に飛び込んだ。

「おじいちゃま! お帰りなさい!」

「おや、クロエ。しばらく見ない間にまた綺麗になって」

 にこにこしながら、頬を両手で挟んでぐりぐりと撫で回す。乱暴なようで温かい大きな手は、少しかさついている。

 

 今回の買い付け旅行は、少し期間が長かった。2か月ほどかかっただろうか。船で海外を周ると聞いていたから、正直帰ってくるまでは安心できなかった。

 無事に帰ってきてくれた祖父に抱きしめられて、クロエはじわりと涙を浮かべた。


「遅かったです、おじいちゃま。もっと早く帰ってきてくださると思っていたのに」

「おじいちゃまももう年だから、そんなに無理はできないんだよ」


 船乗りよりも猟師よりも屈強な体を持つ祖父。年だとは言っても、もしかしたらユーゴよりも体力はあるだろう。

 でも。

「冗談はやめてよ」

「怒った顔も素敵だぞ、クロエ。わしの若葉」


 緑色に輝くクロエの瞳は、特にゴドルフィンのお気に入りだった。

「濡れた若葉も綺麗だが」

 クロエの目じりを指で拭うと、手を取って小さな包みを握らせた。

「これで機嫌を直してくれると嬉しいのだが」

「? ……ブローチ!」


 異国の小鳥を模した、緑の輝石のブローチ。ゴドルフィンが太い指で器用にそれをクロエの胸元へ飾った。

 

「ありがとう、おじいちゃま!」

「とてもよく似合うぞ! ……で、おしゃれをしてどこかに行くのかい、クロエ」

「あ、忘れてた」


 慌てて鏡に向き直り、そばかす描きに戻る。

 その様子を珍しそうに見つめる祖父を鏡越しに見つめて、クロエは答えた。


「お客様が来るのよ、おじいちゃま」

「そうか! お友達かい?」

「んー……」

「クロエに求婚してきた、ノヴァック辺境伯のご子息ですよ」


 ユーゴが書類ケースを持って入ってきた。早速ゴドルフィンに報告することが盛りだくさんのようだ。祖父の不在時に家業を回しているため、決済をもらいたいものもたくさんあるらしい。


「クロエに求婚!? もうそんな年になったのか、クロエは」

「16歳なのよ」

「まだ早いじゃないか、おじいちゃまのところにずっといたらいいじゃないか」

「わたしもそう思うのだけど」

「僕は早くお嫁に行ってしまってほしい気がしてきたけれど。クロエが家にいたんじゃ、気が休まらない」

「それってどういう、」


「ねえさま!」


 フィンの声が廊下を近づいてくる。

「ラインハートさん来たよー!」

 訪問を伝えに来たフィンは、祖父の土産の図鑑を抱えてクロエを見つめた。

 弟を見つめ返し、一つ頷く。


 さて、どう話をつけるか。



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