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国王との結婚を拒んだ竜殺しの英雄の娘は、父とともにオルベール王国から追放された。
竜殺しの英雄に与えられていた爵位は、当然なかったことにされた。
元から余所者の彼らに反感を抱いていた貴族達は喜んだが、花びらを籠に入れて神殿の外で待ち構えていた近隣から来た民の落胆は大きかった。王都で華やかな暮らしを送り、領地には税収しか期待していない貴族達と違い、民は魔獣の恐怖を知っていた。自分達のために魔獣を狩ってくれていた英雄の功績をわかっていたのだ。
王国には跡取りが、成人した国王には王妃が必要だ。
叔父であるブランシャール大公の勧めで、ジェイクはマリーという貴族令嬢を娶ることになった。
未亡人であるリュゼは王妃に出来ない。ジェイク自身も彼女を妻にして生涯をともにする気はなかった。
結婚式を直前にして、マリーはいなくなった。
かねてから想い合っていた護衛騎士と駆け落ちしたのだ。
ジェイクには『逃げられ国王』という不名誉なあだ名がついた。
(お膳立てされた正式な妃ではなく、寝所へ送られるだけの愛妾なら彼女には逃げる機会がなかったのかもしれないな)
マリーの逃亡を伝えられたジェイクは、なぜか怒りよりも先にそんなことを思った。ジェイクはマリーの実家の領地を少し取り上げるだけで、この駆け落ちのことを許した。
王妃になりたいという令嬢はそれから何人も現れたが、身分や能力で大公が認めなかったし、彼女達と会ったジェイクも受け入れる気にはなれなかった。
マリーを愛していたわけではない。彼女の金茶の髪は、暗いところではだれかと同じ焦げ茶色に見えた。緑色の瞳は、だれかのほうが鮮やかだったけれど。
リュゼとの関係も希薄になった。
彼女との関係を後押ししてきた大公が、リュゼを厭うようになっていたからだ。
気がつくと、彼女は姿を見せなくなっていた。病気で死んだらしい。ジェイクはなにも思わなかった。愛人と言っても体だけの関係で、最初から愛していたわけではない。リュゼに夢中になっていると思われたくなくて手を出していた、ほかの女達と関わることもなくなった。
時は流れ、ブランシャール大公領に魔獣が現れた。
領地に戻って討伐をすると告げる大公を見て、ジェイクは既視感を覚えた。
前にも同じようなことがあった気がする。
(いや、あったのかもしれない。カサンドラの父親が竜を退治するまでは、竜の邪気から生じる魔獣達がひっきりなしに大暴走を起こしていたのだから。魔獣の出現も珍しいことではなかった)
大公は領地から戻ってこなかった。
魔獣と相打ちになったのだ。彼の背中を守ってくれるものがいなかったのである。
少し驚いたものの、ジェイクはそれを受け入れた。
ジェイクの両親はジェイクが幼いころに亡くなった。
母は病死、父は大暴走での名誉の死とされているけれど、実際はそうではない。母は浮気を疑われて父に殺され、父はほとんど自害のような無茶な戦いを強行して亡くなったのだ。
父に母が浮気していると吹き込んだのは、叔父のブランシャール大公だったのではないかとジェイクは疑っている。兄に仕えて家臣として生きるよりも、愚かな甥を操って黒幕として生きることを選びそうな人間だった。
カサンドラをジェイクの婚約者に据えたのも叔父だ。
外からやって来た王国に地盤のない人間で、それでいて竜殺しの英雄として慕われている。そんな人間の娘なのだから、さぞ彼にとって都合が良かったことだろう。英雄と親友だと言っていたのも自分にとって都合が良かったからに違いない。
叔父の葬儀の後、ジェイクは養子を迎えた。もう妃を娶るつもりはなかった。
やがて大暴走の前兆が王国のあちこちで見られるようになった。
ブランシャール大公は竜殺しの英雄の親友で、彼に等しい力を持っていると思われていた。ふたりの武人を喪った国内は迫りくる大暴走に怯え、不安に沈んでいる。
かつて竜殺しの英雄が治めていた領地では魔獣馬の産出量が減っていた。英雄でなければ気の荒い魔獣馬を抑えることは出来ないのだろう。多くの魔獣馬達が暴走して処分されたと報告を受けた。
「義父上、どこへ行かれるおつもりですか?」
ジェイクが騎乗している魔獣馬は、英雄がいなくなった今もおとなしく主人に従ってくれている。
仔馬のころからカサンドラが育てて、結婚式の十日前の成人の祝いに贈ってくれた魔獣馬だ。
魔獣馬に跨って城門を出ようとしたジェイクに、先日養子にした従兄弟が声をかけてきた。叔父に思うところはあるものの、ほかの選択肢はなかったのだ。