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「なんですか、お嬢様」
「……ふふ……」
ベッドから動けない形だけの王妃でも、私はすでに結婚した既婚者です。
なのにアマデウスは今も私をお嬢様と呼ぶのです。
そう呼ばれると、侯爵位を与えられても領地を代官に任せて武人として飛び回っていた父と、父の代わりに代官の不正に目を光らせていたアマデウスと三人で暮らしていた日々のことが思い出されます。意識していなかっただけで、あのころも幸せだったのです。
「……お願い。ジェイク様と一緒に行って、あの方をお守りして……」
「私はお嬢様の従者です。旦那様に教えを受けて武人の才を認められている国王陛下よりも、周囲のすべてが敵で自分を守るすべを持たないお嬢様のほうが心配です」
「……ありがとう。でも……お願い……」
「仕方がありませんね」
アマデウスは前髪をかき上げて、黒い瞳の銀の煌めきを見せて微笑みました。
どんなに逆らっていても、彼はいつも最後には私の気持ちを察して引いてくれるのです。
寝たきりで身動きの取れない私はもう、彼が淹れてくれる美味しいお茶も作ってくれるお菓子も口にすることは出来ません。それらがどんなに大切なものだったか、私は失って初めて気づいたのです。
「お嬢様の仰せの通りに。このアマデウスの命に代えても国王陛下をお守りいたします」
その言葉の通りにアマデウスは大暴走討伐でジェイク様をお守りして──亡くなりました。
訃報を伝えに来たのはジェイク様ではなく、ブランシャール大公でした。
思えば父の訃報も大公から聞きました。ジェイク様は私の悲しんでいる顔を見るのが辛いのだそうです。
これまで私のところへいらっしゃらなかったのもそのせいでしょうか。
ジェイク様の愛人に毒を盛られ、不妊を理由に愛妾を作られ、ベッドから離れられない体になっても私は笑っていないといけなかったのでしょうか。
ええ、覚えています。結婚前、ジェイク様は私に私の笑顔が好きだと言ってくださいました。でも……悲しいと思う心を押し殺してまで笑うことは出来ません。
私の最後の笑みをジェイク様が見ることはありませんでした。
ジェイク様は約束を破って、大暴走討伐から戻った後も私のところへ訪れてくださらなかったのです。今さらですね。結婚式のときの私だけを愛し続けるという誓いも破り続けていらっしゃるのですから。浮気をしないという結婚前の誓いだって守ってくださいませんでした。
竜殺しの英雄である父もいなくなり、王国の跡取りとなる子どもも得られず自身も身動き出来なくなり、唯一の忠臣である従者をも失った孤独な王妃は、だれも知らないうちに息を引き取りました。
もうこれ以上苦しまなくて良いのだと、安堵の笑みを浮かべて──
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……この誓いを違えぬと、女神様に誓えますか?」
安堵の笑みを浮かべて死出の旅路へと向かった私は、司祭様に確認されて目を見開きました。