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──お願いです。
どうか、あの人を守ってください。
私の大切な、愛しい愛しいあの人を。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私が生まれ育ったスィンヴォレオ王国は神様に守護された国だ。
建国王のお妃様が神様と契約して以来、ずっと加護を受け続けている。
国境と重なる結界は、人を惑わし食らう悪霊を寄せ付けない。貿易などで許可を与えた以外の異国の民を受け入れることもなかった。
五歳の霊力鑑定で強い霊力を示した私は、スィンヴォレオ王国を守護する神様の巫女として選ばれた。
正直に言えば、家族と離れて神殿で修業をするのは嫌だった。
でも、巫女になると同時に婚約することになった王太子殿下のためだと言われたら、受け入れるしかなかった。私が巫女としての力を高めることで神様の加護が強くなり、病弱だった殿下が元気になると言われたのだから。
実際、出会ったころは一日中ベッドから起き上がれなかったほど病弱だった殿下は、年々お元気になっていかれた。
私はそれが嬉しかった。──たとえ、彼が健康になるごとに私が弱っていったとしても。
だって、それは王太子殿下のせいではない。神様は人間、巫女の霊力を求める。私の霊力が、神様の求める霊力に達していなかっただけなのだ。
私が無能だと完全に明らかになったのは今年、王太子殿下十八歳の誕生日。
毎年、陽炎のような淡いお姿で現れて祝福してくださっていた神様がいらっしゃらなかったのだ。
ふたつ年下の妹が進み出て呼び出した神様は、これまで私の声に応えていらっしゃったときよりも遥かに鮮明ではっきりしたお姿だった。神殿に軟禁状態で苦しい修業をしていた私よりも、家で両親に愛されながら楽しく暮らしていた妹のほうが巫女の才能があったらしい。
無能な巫女が仕えていたのでは、神様にも失礼だ。
スィンヴォレオ王国と神様とのつながりも弱まって、結界さえ揺らぐかもしれない。
いいえ、実際最近国境近くで悪霊の姿が目撃されるようになったという噂もあった。すべて私のせいなのだろう。五歳の霊力鑑定の結果は、なにかの間違いだったに違いない。王太子殿下も、妹が婚約者ならもっと早く神の加護を得てご健勝になられていたかもしれなかった。
望んでなった巫女ではなかったけれど、これでは神や王家、国民を騙していたのと同じことだ。
私はスィンヴォレオ王国から追放されることになった。
巫女として婚約者として、これからは妹が王太子殿下を支えてくれる。両親に愛されて育ち、これからは殿下と愛し愛されて生きる妹への嫉妬がないとは言えない。でもどちらにしろ、私は近いうちに死んでいた。どんどん体が衰弱していくのがわかるのだ。
弱っていく自分を神殿に報告しても、ほかに巫女になれるものがいないから頑張りなさいと言われていたので、私の死後、王太子殿下がどうなるのか不安だった。
でももう大丈夫だ。私より優れた妹がいる。
もしかしたら……と、ふと思う。妹の霊力が高まったのは、王太子殿下に愛されたからかもしれない。私が神殿に籠っている間、ふたりは仲良くしていたようだから。
……どんなに打ち消そうとしても、嫉妬を消せない自分が嫌だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ありがとうございました」
国境間近で馬車から降り、御者と護衛に頭を下げる。
荷物を受け取った私が国境を、結界を出るのを確認して、馬車が帰っていく。
スィンヴォレオ王国の国民の証である護符は返上しているので、私はもう結界を通れない。役立たずで無能な巫女はスィンヴォレオ王国へ帰れないのだ。
人を惑わし食らう悪霊が蔓延るという森へ足を踏み入れる。
スィンヴォレオ王国を囲むこの森には、悪霊だけでなく野獣もいる。近隣の国、東のディナト帝国などにいられなくなった犯罪者も入り込んでいると聞く。
私の人生は、もう長くはない。少しでも歩いてスィンヴォレオ王国から離れよう。国境近くで私の死体が見つかったりしたら、お優しい王太子殿下がお心を痛めてしまう。お心を……少しでも痛めてほしいと思う自分が、本当に嫌だ。
初めて会ったとき、ベッドの上で微笑んでくれた少年の姿を思い出す。
あのとき私は誓ったのだ。この方をお守りしよう、と。
そして神様に願ったのではないか。
──お願いです。
どうか、あの人を守ってください。
私の大切な、愛しい愛しいあの人を。
あの人に健康な体で寿命を全うさせてあげてください。
神様は願いを叶えてくれた。
王太子殿下はご健勝になられて、愛する女性も見つけられた。
無能な巫女のことで罰を与えるのなら、無能な巫女にだけ与えてください。そう願いながら足を動かす。
おおぉぉぉん!
どこかで、獣の咆哮が聞こえた。悪霊の叫び声かもしれない。
……いいえ、違う。人と人が争う声だ。
神殿に閉じ籠っていたけれど、最低限の情報は与えられていた。今は近隣で戦争は起こっていない。犯罪者の捕り物でもしているのだろうか。
争いは怪我人を産む。
神殿では巫女として人を癒す術も学んできた。最後にだれかの役に立てるかもしれない。
私は声が聞こえてきた方向へと歩き始めた。




