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前編

 ――鍵があいていた。


 3コマ目にあるはずだった講義が急に休講となった。いつもだったら隣に居るはずの友人もおらず大学に居たところで仕方がないので家に帰って焼飯でも作って昼食を済ませようと大学近くのスーパーに寄り道。材料を買い込んで大学から自転車で10分の距離にある「おののき荘」へと帰る。

 いつも通り敷地内をほうきで掃いている大家さんににこやかに挨拶をし、ゴミを見る様な目で睨まれ、俺が通ったあとを凄まじい勢いで掃いているのを横目に若干死にたくなりながらこの春から住んでいる105号室の鍵を取り出した所で気付いた。


 鍵があいている。

 一筋の汗が頬を伝う。


「……まさか」


 締め忘れの線は薄い。毎日家を出る時は三度は鍵がきちんと締まっているか確認しているからだ。

 となれば考えられるのは……。人の留守中に勝手に鍵をあけて中に侵入するのは……。

 背筋にすっと悪寒が走るのを感じた。


 それと同時に木製の扉がひとりでに開いた。

 否。開かれた。部屋の中から。


「やぁ、少し遅かったね。もう少し早くに帰ってくると思っていたよ」


 扉をあけながら一人の少女が顔を出す。

 人の家の鍵を勝手にあけて勝手に家にあがっておきながら少女は悪びれる様子など微塵も感じさせない屈託のない笑みで俺を出迎える。


 西園寺(さいおんじ)(かなで)。少女の名であり、俺の数少ない友人の一人。今日も今日とて腰まで伸びた長い金髪に黒の大きなリボン、赤と金のオッドアイ、リボンやらフリルやらで装飾された黒いドレスにこれまた黒いピンヒールという個性的な格好の奴が多い大学ですら浮くような狂気的な個性の恰好だった。

 

「まぁ、とりあえず入りなよ。狭い部屋だけどさ」


「いやここ俺の家……」


 なんで勝手に入り込んだ奴に家ディスられてんだ。


「つーか、来るなら来るって連絡しとけよ。来るの知らなかったから一人分の材料しか買ってないぞ」


「大丈夫だよ。一食抜いたくらいで死にはしないさ」


「いや、さすがに自分だけ食べるってのはな……」


「……? 君が我慢しろよ」


「俺が昼抜きなの!?」


 こてんと可愛らしく小首を傾げて全く可愛くないことを抜かす西園寺。

 材料買ってきたのも作るのも俺なのに食べるのは許さないとかこいつ鬼か。

 思いつつも言ったところで西園寺が折れるはずもないことはこれまでの付き合いで重々承知していることなのでため息まじりに玄関で靴を脱いでそのままリビングへと向かう。


 ――リビングにおっさんが居た。


「お主が家主殿か。邪魔しているぞ」


「……」


 部屋の入口に立ち尽くす。

 そんな俺を見ておっさんは人の良さそうな笑みを浮かべてそう言った。


 短く切り揃えられて清潔感のある黒髪。少々切れ長で威圧感があるもののどこか少年のような幼さを感じさせる赤い瞳。身長は二メートル近くはあるんじゃないだろうか。纏っている黒いローブの上からでも分かるような筋肉質な肉体と相まって随分とおっかない印象を受ける。がしかし、浮かべた笑顔はそんな悪印象を払拭するには十分なくらいに人の良さを示していた。

 全体的な評価をするなら所謂「イケオジ」って奴に分類されるんじゃないだろうか。


 わぁ、イケメン。俺も年取ったらあんな感じになりたいなぁ、はは。


「いや、お前誰っ!?」


 四つん這いになって床を両手の拳で叩き付ける。

 なりたいなぁ、はは。じゃねーんだよ!現実逃避してる場合か。誰だよこのおっさん。なんで当たり前みたいにリビングのど真ん中陣取って立ってんだ。

 え?警察?これ警察呼んだ方が良い奴なの?


「魔王だよ。魔王」


 見知らぬおっさんに警察を呼んでもいいものかと迷っていると上から声が降ってきた。俺が見上げるとそこには西園寺が心底楽しそうに目を輝かせて立っていた。俺は知っている。こいつがこういう目をしている時ってのは大概俺はろくな目にあわないのだ。

 ……ん?というかこいつ今なんて言った?


「……魔王?」


「そう、魔王だよ。君がよく読んでいる小説とかゲームとかに出てくる魔王」


「……そういう詐欺?」


「はは。ボクがそんなくだらない詐欺にひっかかるとでも?」


 バカは死ねよとでも言いたげな目で西園寺が俺を見下ろす。

 まぁ実際こいつは詐欺にあうようなタマじゃない。なんならカウンターで詐欺を仕掛けてきた奴の人生を潰すまである。

 けど、それでも言葉通りに受け取れるような話ではない。だって、魔王だ。魔王ってのはつまり魔族とかそういう人間以外の超強い奴等のリーダーみたいな奴だ。

 で、重要なのは魔族なんてヤバい種族はいないということ。

 つまり魔王なんていない。

 西園寺は俺の言いたいことを表情から大体察したのかふっと勝気な笑みを浮かべた。


「異世界召喚だよ異世界召喚。さすがのボクも召喚術なんてものをするのは初めての経験だったからね、かなり苦戦はしたけど一週間でマスターしたよ」


「そんな意味分からんものマスターする前に常識身に着けて」


 というかよく見たらこいつなんか広辞苑みたいなごつい本持ってるんだけど。表紙が見たことない外国語で書かれててちょっと怖い。西園寺なら召喚とかできてもおかしくなさそうで怖い。


「コツさえつかめば案外簡単だよ。魔法陣を書いて異世界語で呼びかけるだけだからね」


「魔法陣?」


「うん。あれ」


 指さされた方向に視線を向ける。

 何を使ったのかは分からなけれど赤い文字でがっつりそれっぽい魔法陣が床一面に書いてあった。

 わぁ、凄い。


「ねぇ、ここ賃貸なんだけど!?」

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