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「ロッティ、気分はどうだい?」
ノック音の後、開いた扉から顔を出した面識のある男性の姿に小さく笑みを浮かべた。
「だいぶ良くなりました」
ベッドの横にあるテーブルにお茶とクッキーを用意してくれた侍女にお礼を言うと、嬉しそうに微笑んでくれた。
侍女が一礼して退室すると、男性は私のいるベッドの端に腰掛けた。
「顔色も良くなったね。安心したよ」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません、フレッド兄さん」
軽く頭を下げるとフレッドは困ったように苦笑した。
「迷惑なんて思っていないよ。僕はロッティの兄なんだから」
フレッドの、ふんわりとウェーブがかったブリュネットの髪が揺れる。その髪も翡翠の瞳も、私と同じ色。
彼ーーフレッドは兄だ。
優しくて頼り甲斐のある人で、妹を溺愛している。端正で柔和な顔立ちも相まって女性からの人気は高く、毎日のように縁談が舞い込んでいるが、妹が結婚するまではしないと決めているらしい。
『兄』という言葉に私は何も言わず目を逸らした。
ーーあの舞踏会の日、様子の可笑しい私を、ダンスパートナーらしいあの男性が気遣って馬車を呼び、ある大きな屋敷まで送り届けてくれた。
そこにいた、家族だという人たちからそれはもう心配され医者を呼ばれそうになったのでどうにか言いくるめたが、暫くは静養するように言われた。
それからは大変だった。日常的な会話の中で必要な情報を集めたり、独自に侍女たちの話を盗み聞きして調べたりした。
その結果、この世界が異世界であることが分かった。
本棚にあった地図が動かぬ証拠。私が知る地図ではなかった。
膝の上で微睡んでいたグレーの毛並みの猫が起き上がり、フレッドに向かってシャーッと威嚇し始めた。
慌ててその背中を撫でる。
「どうも僕は嫌われているようだね」
「まだ慣れていないのでしょう。ね、ルッツ」
鋭い目つきでフレッドを睨み上げながらも大人しくなったルッツに短い息をつく。
ルッツは舞踏会から屋敷へ帰ったときに迷い込んだ野良猫だ。背中を撫でたり遊んだりしていたら懐いてくれて、それからずっと傍にいる。
ルッツは私と過ごした時間がまだ浅いにも関わらず、私の感情に聡かった。
だからルッツには分かるのだろう。
この屋敷の令嬢ーークラウディア・コーラルにとってフレッド・コーラルが兄であることは当然でも、
私ーー篠田有架にとっては、得体の知れない他人であることが。




