第8話:不良王子と不良王女
カリール・サブラの愛人、ミランダ・フェは、驚くべきことを俺たちに打ち明けた。
なんと、王女が折檻として、そのメイドの額に釘を打ち付けたというのだ。
更に事情を聞けば、一部の素行の悪い王子や王女、有力部族の部族長の子女の間でそのような折檻が流行っているというのだ。
だから、どの程度なら釘を打っても死なないとかの情報がそのような不良どものコミュニティーで共有されているという。
流行っているだと!
冗談じゃない!
そんな凶行が流行しているのに、止める人間はいないのか?
そんな凶行が横行しているというのに、どうして警察沙汰にならないのか?
サブラはそこのところをミランダに尋ねた。
「その悪魔みたいな折檻は昨日の話だよね。なのに、表沙汰になっていないよね、新聞にも載っていないし。警察沙汰にならなかったのか?」
「警察沙汰になんか、ならないわよ。あの不良のお坊ちゃんやお嬢ちゃんたちは、ちゃんと常套手段を用意しているもの」
「常套手段って?」
「だから、不良仲間の間で共有されている脅し文句よ」
「脅し文句?」
「そう、脅迫の口上よ」
「具体的には、どのように脅すの?」
「単純な脅しよ。『警察に言ったり表沙汰にしたりしたら、こう言うだけよ。宝石を盗んだから折檻した。本来なら、警察に通報するところなのだけど、そうすると、手首から先を刀で切り落とされるから、メイドのために折檻で済ませてやった。アンタが警察に言っても話はそれで終わりよ』とか言うわけよ。そう言って残酷な折檻を受けたメイドとかを脅すわけよ」
俺は、その脅しの常套句を聞いて残念ながら痛く納得した。
この国では高価なものを盗むと、その刑罰として公開処刑場で利き手ではない方の手の手首から先を刀で切り落とされる。
だから、窃盗をでっち上げられるよりは、残酷な折檻のことを内密にして、治療費と口止め料を受け取った方がまだマシ、そういう話になってしまう。
非常に屈辱的なことだが、話はそういうことだ。
しかし、それを聞かされても、サブラは、事の次第を承知しながら納得しようとしない。
だから、答えがわかっているのに、ミランダに虚しいことを質問してしまうのだ。
「でも、窃盗をでっち上げると言っても、証拠がないはずだよね」
そして、ミランダは、サブラが事情を理解していることを知りながらも虚しい答えを返すのだった。
「カリールも知っているでしょ。王子とか王女とかはメイドのことを召使と呼んでいるのよ。つまり、今回の場合なら、王女と召使の関係よね。そのような力関係なのに、王女に証拠など不要よ。カリールだって、そんなことは先刻ご承知よね」
「ああ、知っているよ、知っているけどさ、口に出さずにはいられないのさ」
「それはわかるけど、要するにそういうことよ」
「ちっ、まったく、忌々しいガキどもだよ。それで、そのメイドは、これからどうするの?」
「たぶんだけど、その王女から治療費と口止め料と旅費を受け取って、フィリピンに帰ることになるでしょうね。額に釘を打たれるなんて恐ろしい目に遭ったら、もうこの国で働き続けることなど出来ないでしょうからね」
「そうか、やはりそうなるか。クソッ、どこまで残酷で我儘な連中だよ。足下から石油さえ湧いてこなければ、あんな奴らなんかタダのクソなのにな」
「こら、カリール、声が大きいわよ」
「構うものか」
「ダメよ、英語で話していても、この国には英語がわかる人間が多いのだからさ」
「まあ、残念ながらそうだね。まったく窮屈な国だよ」
俺たち3人がそんな話をしていると、白いフルサイズのメルセデスベンツがゆっくりとしたスピードで俺たちの前を通り過ぎて行った。
白いベンツの後には4台の黒いベンツが続いていた。
先頭を行く白いベンツのフロントグリルは金色だった。
そのナンバープレートには「00038」という番号が見られた。
俺は、金色のフロントグリルのことを珍しがってサブラに尋ねた。
「派手なベンツだね、フロントグリルにも光物の他の金属部分にも金メッキが施されていたね」
「あれは金メッキなんかじゃないよ」
「えっ! 金メッキじゃないの? それじゃあ」
「ああ、メッキじゃなくて、金無垢さ、純金のフロントグリルだよ、他の部分もね」
「金無垢だって、純金だって! どれだけ金持ちなのだよ!」
「もちろん大金持ちさ、ナンバープレートを見ただろ」
「ああ、番号が『00038』だったね」
「そう、『00038』だったな」
「あの番号はどういう意味さ?」
「わかるだろ、第38王子の車さ」
「そういう決まりごとでもあるのか?」
「いや、そんな決まりごとなど無いよ。ただ、あのベンツに乗る王子が自分の王位継承順位をアピールしたいだけさ」
「ふーん、そうなのか。じゃあ、第164王子のスジャーの車のナンバープレートは『00164』なのか?」
「100位以内に入っていない王子はアピールなんかしたがらないよ。だから、スジャーのナンバープレートの番号は『00164』ではないと思うよ。憶えていないけどね」
「そういうことか。ところで、黒いベンツが4台も後に続いていたね、あれは何かな?」
「従者とか召使とかボディーガードとかだよ。だから、20人近く従えて街に繰り出してきたことになるね」
「凄いね」
「ああ、なにせ第38王子だからな。2000人以上いる王子の中でも王位継承順位が第38位なのだから、ああいうことになるのだろうね。さて、そういうわけだから、このサトウキビジュースを飲み終わったら、他の繁華街に行くか、そうだ、キーファに行こう」
「キーファって、電気屋が多い街だよね。俺、昨日、そこに行って、宗教警察に鞭で打たれたのだよ。警告用の鞭だったから、それほど痛くはなかったけどね」
「ほお、それはどうしてだよ?」
「サラー(お祈り)の時間なのに突っ立っていたからさ」
「ふっふ、それなら、やられちゃうよね。この国のことをもっと調べてから赴任すれば、そんな目には遭わないのに、畑中さんには勉強不足の部分があるからね」
「ああ、カリールの言う通りだよ。これからは気を付けるよ。ところで、どうして別の繁華街に行くのだよ? わざわざここに来たのだろ」
「だから、第38王子様がここに来たからだよ。あの連中、これから車を降りて、ここらをウロつくわけだろ、すれ違って因縁でもつけられたら面倒だからね」
「なるほど、財布をスったとか言われたら手を切られちゃうものな」
「流石にそれはないと思うけど、君子危うきに近寄らずだよ」
そういうわけで、俺たち3人は、俺が宗教警察に鞭で打たれたキーファという繁華街に移動するのだった。
=続く=




