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彼の国(かのくに)  作者: 破魔矢タカヒロ
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第7話:王女の折檻


「おや、畑中さん、なんだよ、その腑に落ちない顔。あ、そうか、『飲みに行こう』と言われて酒を飲みに行くと思ったみたいだね」




「違うの?」




「もちろん違うよ。知っての通り、この国に酒が飲めるところなどないよ、たとえ王族でもね。だからさ、サトウキビジュースを飲むのさ、美味いぞ!」




「へえ、それは美味いかもね。だって、サトウキビは味の素の原料だからね。サトウキビの絞り汁を発酵させてグルタミン酸ナトリウムを取り出すのだよね」




「ふーん、味の素は、この国でも使うけど、サトウキビが原料だったのか。それは知らなかったよ」




「そうだろうな。そのグルタミン酸ナトリウムが旨味成分なのだけど、旨味という味は日本人が最初に発見したのだよ」




「なるほどね、だから日本料理は美味いのか、納得だよ」




「だろ。その旨味成分が入っているのだから、サトウキビジュースは甘いだけではないはずだよね」




「そうなんだよ、甘いだけではなくて、その、まあ、とにかく美味いのさ。さ、事情がわかったなら早速行こうぜ」




「行くって、どこに行くのさ?」




「ブトヘだよ」




「なんだよ、ブトヘかよ。公開処刑場があるところじゃないかよ」




「公開処刑場があるほど大きな繁華街ということだよ。心配するな、あの広場が公開処刑場になるのは金曜日の午後だけさ。他の日は雰囲気が全然違うから大丈夫だよ。凄惨な感じなんか微塵もしないからさ。ただ、イルミネーションがたくさんあって、楽しそうなだけだよ」




「それ、本当か?」




「ああ、嘘なら俺のベンツをやるよ」




「こんなクラシックカーみたいなベンツなんか要らないよ」




 そう、カリール・サブラは、とんでもなく古いメルセデスベンツの280Eに乗っている。ただし、どこから見ても古くてポンコツそのものだ。どう見てもベンツの価値などない。




「クラシックカー、それはいいね。あ、そうだ、俺の車で行こう」




「アタを帰すのか?」




「遅くなったら気の毒だろ」




「けど、それって社則違反なのだけどね」




「堅いことを言うなよ、たまにはいいだろ」




「うーん、まあいいか」




 移動するときには専属ドライバーが運転する社用車を使う。




 それが我が社の規則だ。




 我が社だけではない。




 他の会社でも、この国に駐在する社員には同じ規則が課せられている。




 その理由は、自分で運転して人をはねた場合、最悪、殺してしまった場合、報復されるからだ、仇討ちされるからだ。




 目には目を歯には歯を、ここはイスラムの国なのだ。




 もちろん、仇討ちは、この国の法律でも禁じられている。




 しかし、それとは関係なく、社会的には黙認される。




 だから、自分で運転して人を殺したら、その家族から報復されて、自分も殺されてしまう。




 そのようなトラブルを未然に防ぐために、社員が自分で運転することが、どの会社でも禁止されているのだ。




 しかし、まあ、カリール・サブラが運転する車なのだから、いいことにしてしまおう。




 確かに、遅くなったらアタに気の毒だ。




「じゃあ、決まりだな。畑中さんは後ろに乗ってね」




「この女の人も一緒に行くのだね」




「もちろんさ。ところでだけど、『この女の人』ではなくてミランダ・フェだよ」




「ごめん、サブラも知っている通り、俺、人の名前を憶えるのが苦手でね」




「それは、知っているけど、畑中さんは営業マンなのだから、努力くらいはしろよ」




「仰る通りだね。そのうちになんとかするよ」




 そんなことで、俺、カリール・サブラ、そしてミランダ・フェの3人はサブラの運転する車でブトヘという繁華街に乗り付けた。




 ブトヘはこの首都で一番大きな繁華街だ。




 一番大きな繁華街ということは人が一番多く集まるところだ。




 だから、金曜日の昼下がりになると公開処刑が行われるのだ。




 それは、最大の見せしめ効果を狙ってのことだ。




 しかし、ブトヘに着いてみると、雰囲気が昨日の昼下がりとは全く違っていた。




 イルミネーションがあちこちできらめいていて、イスラム教の国なのにクリスマスイブを思わせる飾り付けまで見られる。




 車を降りた3人は、そんな街角をそぞろ歩きするわけだが、俺は、とある洋菓子屋のショーウィンドウに注目した。




「畑中さん、何を見ているの?」




「あの木の切り株みたいな何かだよ」




「ああ、あれか。あれはブッシュドノエル(bûche de Noël)だよ」








「ブッシュドノエル?」




「フランスのクリスマスケーキだよ。この国で西洋文化と言えば、それはフランスの文化だから、クリスマスケーキもフランスのものになるのだよ」




「ふーん、そうなのか、あれはケーキなのか。でも、この国の人はクリスマスを祝うのか?」




「もちろん、祝わないよ。あれはクリスチャンのために売っているのだよ。あ、そうだ、ミランダ・フェはフィリピン人だから、彼女もクリスチャンだね」




「へーえ、じゃあ、クリスマスを祝うことは禁止されていないのだね」




「自宅の屋内で祝うぶんにはね」




 そのように街を見物しながら歩いていると、間口が2メートルほどの露店のような小さな店の前に行き着いた。




 店先には2つのローラーで挟み込むタイプの絞り機らしきものが置いてある。








「ねえ、カリール、この店だろ、絞り機が置いてあるし、竹みたいな棒もたくさんあるもの」




「そうだよ。この竹みたいな棒がサトウキビさ。さて、早速飲もうか」




 そう言うと、サブラは、店員にアラビア語で注文した。




 すると、注文を受けた店員がサトウキビを目の前で早速絞ってくれた。




 そして、バケツのような容器に黄色と茶色が折り混ざったような濃厚な液体が溜まった。




 もちろん、その液体がサトウキビジュースだ。




 店員がその容器から柄杓でサトウキビジュースをガラスのコップに注いでくれた。




 それを受け取った俺たち3人は、店の前の歩道に置いてあるプラスチック製のテーブルセットの椅子に腰掛けた。




「さあ、畑中さん、初めて飲むのだろ、早速飲んで感想を聞かせてよ」




「うん」




 俺はそのサトウキビジュースを舐めるようにチビチビと飲んでみた。




 そして、




「旨いっ!」




「だろ!」




 サブラが満足そうに微笑んだ。




 その後、俺たち3人は、当たり障りのない四方山話をした。




 四方山話をするうちに俺とミランダ・フェは徐々に打ち解けていった。




 すると、どの話がきっかけになったのか、小柄なミランダ・フェが急にうつむいて涙ぐんだ。




 それを見たサブラは、当然、そんなミランダに声をかけた。




「なあ、ミランダ、急にどうしたのだよ?」




「実は昨日ね、故郷が私と同じ女の子が額に釘を打たれて私の勤める病院に担ぎ込まれたのよ」




「ええっ!」 「なんだって!?」




 俺とサブラは、同時に驚嘆の声を上げた。




 そして、サブラが理由を尋ねた。




「なんでまた? 額に釘だって! どうしてそうなるのさ?」




 理由を聞かれたミランダは、なおもうつむきながら、事情の説明を始めた。




「その女の子はね、友達というほど親しくはないのだけど、故郷が同じだから知り合いなのよ。まだ18歳の女の子なのだけど、第236王女の御屋敷でメードをしているの」




 ミランダの口が重いのでサブラが先を促した。




「それで?」




「王女の赤ちゃんを寝かしつけられなかったと責められて、すぐに謝らなかったからか、王女が激怒してね」




「で?」




「それで身体の大きな男の守衛を呼んでね」




「呼んで?」




「その女の子を柱に縛りつけさせたの」




「縛りつけただけ?」




「もちろん、違うわよ。金槌を持って来させてね」




「まさか!」




「そのまさかよ。額に釘を打ち付けさせたの」




「なんだって! よく死ななかったね」




「殺すのが目的ではないからね。折檻よ、そういう釘の打ち方があるのよ」




「信じられない!」 「酷過ぎる!」




 俺とサブラは、同時に、その蛮行を非難する言葉を発した。




=続く=


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