第5話:第164王子の性癖
「宇田さんがスジャーを工場見学に連れて行ったときの話だよ」
「ああ、そう言えば、宇田さんはスジャーを枚方工場に連れて行ったな。一昨年だったかな? けど、それと滋賀県にある雄琴温泉とどのような関係があるのだろうね。それに、雄琴に行っただなんて、宇田さんからは聞いていないけどね」
「かもね。宇田さんは情報を囲い込むタイプの人間だからね。とにかく、宇田さんは、枚方工場の見学の後、スジャーを雄琴温泉に案内したのだよ」
「枚方工場なら有馬温泉の方が近いのに、どうしてだろうね?」
「畑中さんも鈍いね。雄琴と言えばソープランドだろ」
「あ、それがあったね。じゃあ、ソープランドに連れて行ったのか」
「そういうことさ」
「で、することをしたと」
「それはもちろんそうさ。けど、スジャーの遊び方が問題でね」
「どういうこと?」
「雄琴のソープには二人で午後の6時くらいに入ったそうだ」
「それで」
「それでね、そのソープを出たのは翌日の未明の3時だったそうだよ」
「午前の3時! え、そうすると、どれだけいたのだよ ・・・ えーと」
「9時間だよ」
「9時間! どうしてそうなるのだよ?」
「女の子を6人も所望したからだよ」
「6人!」
「そう、6人」
「気に入らないからと女の子をチェンジしたからか?」
「いや、6人とも、しっかりとしたのだってさ」
「6人とした!」
「しかも、2回した女の子が3人だってさ」
「じゃあ、何回したのかな、えーと ・・・」
「畑中さんは日本人のくせに計算が遅いな、9回だよ」
「9回! 冗談だろ」
「いや、本人も店の人もそう言っていたそうだよ」
「凄いな! 凄いけど、それって、問題と言うほどのことでもないよね」
「回数が多いだけならね。けど、遊び方が執拗で色々と変態チックだったそうだよ、噛んだりしたのだって。宇田さんは待合室で待つ間に店の人に何度か嫌味を言われたそうだよ」
「ふーん、そりゃあ、若いからエッチくらいはするだろうけど、いささか度が過ぎているよね」
「そうなのさ、スジャーは何事にも度が過ぎているのだよ。新しく来た日本人に公開処刑を見せる趣味だって、かなり頻繁なのだそうだよ。日本人会の副会長から聞いた話では、ほとんど毎月だってさ」
「毎月! じゃあ、俺もその中の一人か。けど、この街に新たに赴任する日本人って、そんなにいるのかな?」
「いるさ。この首都にはオイルマネーに群がる日本企業の駐在員が2万人もいるのだからね」
「なるほど。けど、その話は意外だったな。彼は、あんなに目元の涼しい爽やかなルックスなのにさ。日本でアテンドした時も行儀の良い紳士だったけどね」
「紳士か、確かに、彼は、人と接する時には紳士だよね。けれども、性と金に貪欲で、しかも、冷酷で残酷で悪趣味、それがスジャーの正体なのだよ。彼には二面性があるのさ。畑中さんは、まだ若くてスレていないから気をつけることだね。もっとも、冷酷で残酷で悪趣味なのはスジャーに限ったことではないけどね」
「それ、どういう意味?」
「この国の男連中は、大なり小なり、みんなそうさ。足下から石油という金そのものの液体が湧いて、富が労せずして手に入る。そういう連中は、物事のありがたみを知らないから、普通の喜びでは飽き足らず、悪趣味に走る。ありがちなことだろ」
「なるほど、そう言われると、そういうことかもしれないね」
スジャーが第164王子であることは既に述べたが、彼は、俺よりも一つ年下の25歳の青年だ。その目元は涼しく、ナイスガイにしか見えない。しかし、サブラの人物評が本当だとすれば警戒すべき人物のようだ。
そのスジャーだが、俺がこの街に来た翌日に、農工省の彼のオフィスに挨拶に行った。
東京ではイタリア料理を共にしたこともあり、スジャーは俺のことをそのオフィスでたいそう歓迎してくれた。東京の時と同じ爽やかな笑顔を見せてくれた。
忙しくなかったからだとしても、かなりの時間を割いて、この街の事情などを親切に教えてくれた。
東京での印象も、彼のオフィスで俺を迎えてくれた時の印象もフレンドリーそのもの、ナイスガイそのものだった。
この街の彼のオフィスで再会したその時に「次の金曜日の午後は、礼拝の後だから遅いランチになるだろうけど、トルコ料理の美味い店があるから昼食を一緒にしよう」という話になったのだが、実際には、「ちょっと付き合ってよ」と言われ、公開処刑場に連れて行かれ、残酷な処刑を見せられた。
そして、その公開処刑が終わると、スジャーは「あ、ごめん、今日は急用が入っていたのだった、悪いけどトルコ料理は次の機会にね」とか、今思えば不自然な言い訳を残して、俺からさっさと去って行ったのだった。
なるほど。
そのエピソードと、サブラから今聞いた話を合わせると、どうやらサブラが言う通りの人物であるようだ。
ならば、なんとも一筋縄では行かない国に赴任したものだ。
なんにせよ、気を引き締めなければ。
などと思っていると、俺が駐在するオフィスのドアから初めて見る男性の三人組が入ってきた。
頭にターバンを巻き、トーブという丈が足首まであるダラっと長くて白い民族衣装を身に付けているところを見ると、この国の人間のようだ。
その三人のうち、真ん中の一人は松葉杖をついていて、その両横の二人は、松葉杖をつく真ん中の一人の身体を支えている。
そのように俺のデスクの前に立った三人組のうちの右に立つ男がその左手を俺の方に突き出しながら言った。
「ザカート、足の骨が折れたんだ」
俺は事情が分からずキョトンとした。
そして、助言を求めてサブラの方を見た。
すると、サブラが英語で俺に助言をしてくれた。
「畑中さん、金を恵んであげるのだよ」
「恵む、どうして俺が?」
「これは、半ば義務なのだよ。困窮する人に『ザカート』と言われたら、お金を恵んであげなければならないのだよ。『ザカート』と言われたら必ずね。真ん中の男は松葉杖をついているだろ。足の骨が折れたそうだ。つまりは困窮しているわけだ。だったら、恵んであげるのが義務なのだよ」
「けど、語りかもしれないだろ」
「だから、証人として両横の男たちを連れているのだよ。二人の人間が証人になったなら、『ザカート』と言われた人は疑ってはならないのだよ」
「そうなのか、そんなの初めて聞いたよ。で、いくらあげればいいのさ?」
「これくらいだよ」
サブラはその右手の指と唇で俺に合図を送ってくれた。
だから、俺は、指示された金額を右に立つ男にその目を見ながら渡そうとした。
すると、サブラが、
「おいおい、畑中さん、目を見てはダメだよ。金を受け取る側に屈辱を与えてはならないのだよ。イスラム世界では、困っている人が必要な金を受け取るのは当然のことなのだからさ」
「あ、そうなの、なんだか難しいな、けど、わかったよ」
そのようなわけで、俺は、目を伏せながら数枚の紙幣を差し出した。
「シュクラン、ハビビ(どうもありがとう)」
そのように礼を言いながら紙幣を当然のように受け取った三人組はオフィスから静かに出て行った。
この国に来て僅か一週間あまり。
なのに、毎日、知らないことに遭遇する。
この先、どうなることやら?
=続く=




