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彼の国(かのくに)  作者: 破魔矢タカヒロ
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第14話(最終話):エピローグ



第14話:エピローグ




 2018年11月24日 土曜日。




 俺が彼のかのくにを出国して日本に帰国してから34年の歳月が流れた。




 俺は、日本の本社に出社すると、直ちに辞表を提出した。




 気のない一応の慰留はあったが、帰国した月の月末付で退社することができた。




 俺は、直属の上司の田坂課長から、あまり良くは思われていなかったのだ。




 それというのも、俺は、忘年会などの定例の行事があるとき以外、田坂課長に誘われても飲み会に付き合わなかったからだ。




 田坂課長は、自分の課の部下をよく飲みに誘った。




 俺は、彼の国のオフィスの金庫にプールされた裏金の使途を知ったときに、田坂課長がしきりに部下を飲みに誘うわけに気付いた。




 田坂課長は、裏金の使い込みの口封じがしたかったのだ。




 田坂課長の奢りで酒を飲めば、飲んだ部下は田坂課長の共犯者ということになるからだ。




 俺は、裏金のことを知る前から、田坂課長の誘いを断っていたのだが、それは、俺の脳裏に不正の予感があったからかもしれない。




 このようなことを言えば、なにやら俺が正義派のようだが、決してそのようなことはない。




 なぜならば、俺は、他人の不正に頓着しないからだ。




 不正を内部告発でもするのなら、立派な正義派なのだが、見逃すのなら俺も同じ穴のムジナと言える。




 だから、俺は正義派などではない。




 ただ、自分自身が不正を働かなければそれでいいのだ。




 故に、俺は他人の不正を見て見ぬ振りをする。




 俺は警察官ではないのだから。




 しかし、田坂課長がサブラを救おうとしなかったことには腹の底から憤慨した。




 銀座の女に出す金はあっても、人の命を救うために出す金はない。




 そんなの人非人だ。




 あいつなんか人間ではない。




 俺は、会社を辞めて次の会社に就職した。




 その会社は弱小の家電メーカーだった。




 しかし、入社してたったの5年で倒産してしまった。




 それからは、しがないフリーランスの仕事をして食いつなぎ現在に至っている。




 一応は結婚したが5年で離婚した。




 子供はいない。




 だから、脱サラした俺は自分の暮らしを賄うだけでよかった。




 それ故に、しがないフリーランス稼業でも今まで何とかやってこれた。




 さて、そんな俺は、淀川の堤防の上の道路を歩いている。




 今は昼下がりだ。




 散歩をしているのだ。




 散歩をしながら昔のことを振り返っている。




 そこで、彼の国で俺とともに働いていた同僚たちのその後だが、




 まずは、エリトリア人のサイード、アタ、そしてヤッシンだ。




 俺が彼の国にいた当時、彼らはエチオピア人だった。




 エリトリア人のエチオピアからの独立を目指す反政府ゲリラだったのだ。




 彼らはエリトリア解放戦線人民解放軍の兵士だった。




 しかし、エチオピア政府軍の攻勢によって一時追い詰められ、彼の国に亡命した。




 そして、やがて、あのオフィスに務めることになった。




 最終的にエリトリアはエチオピアとの内戦に勝利して独立した。




 だから、彼らはエリトリア国民としてエリトリアに帰国した。




 実はヤッシンは名士の息子でその父親が大きなホテルを経営していた。




 だから、ヤッシンはそのホテルに勤務することになったのだが、サイードとアタを従業員として迎えた。




 そして、彼らは、しばらくの間、幸せに暮らしたそうだ。




 ところが、エリトリアはその後、独裁国家になってしまった。




 今のエリトリアは、残念ながら、彼の国よりも窮屈な国になっており、報道自由度などは、なんと北朝鮮よりも低い世界最下位だ。




 そのようなわけで、今では、彼らの消息は不明だ。




 なんとか生き延びてくれていたらいいのだが。




 次に、俺の社宅で男性メイドとして働いてくれていたパテールだが、俺が出国した1年後に大型トラクターを買う金と結婚資金が貯まり、インドに帰国してバルマティーという14歳も年下の13歳の少女と結婚した。今は、6人の子供と共に大農園を経営して幸せに暮らしているそうだ。




 最後だが、最後はもちろんサブラのことだ。




 俺が次の会社に就職して1ヶ月が経った頃、俺の元に朗報がもたらされた。




 サブラが無罪放免されたのだ。




 なぜか?




 それは、彼の国にも良心があったからだ。




 スジャー王子とその一味は、俺を捕まえようと、最後は2機の戦闘機まで飛ばせたわけだが、それがいけなかった。




 報道はされなかったが、日本航空が外交ルートで彼の国に抗議したのだった。




 それ故に、F15戦闘機を私事でスクランブル発進させ、日航機を威嚇させたことが国王の耳に入った。




 激怒した国王は、その威嚇飛行に関与した人物を洗い出し、スジャー王子とその一味の仕業であることがばれてしまった。




 当然、国王は、悪事に関わった王子たちを粛清した。




 もちろん、そのような事実は国の恥になるので、公表はされなかったが、日本の商社マンたちなどは、その事実を普通に知っている。




 王子が衆目の中で処刑されることなどはない。




 しかし、彼の国の「粛清」とは「死」を意味する。




 だから、あのスジャーは、もうこの世にはいないだろう。




 で、サブラの話に戻るが、サブラは、その後、離婚をして、ミランダ・フェと共にフィリピンに渡った。




 そして、イスラム教からキリスト教に改宗して、マニラのカトリックの教会でミランダ・フェと結婚式を挙げた。




 俺が知っているのはそこまでだ。




 ああ、あいつらのことを久しぶりに思い出してしまった。




 さて、61歳になった俺は、淀川の堤防の上の道路を西へと向かい歩いている。








 涼しくても決して寒くはない、よく晴れた清々しい日だ。




 俺の目の前にはJR西日本の鉄橋が見える。




 そして、その先には六甲山が見えるのだが、




 六甲山の遥か彼方には、




 彼のかのくにがある。




 =「了」=


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