第1話:公開処刑
俺は、お供で取引先と一緒にいる。
取引先は処刑が好きだ。
だから、俺は、ここにいる。
ここは小さな個人商店が軒を連ねる巨大な市場だ。
俺は、その巨大な市場の最も賑やかな一画にいる。
四角い公開処刑場を囲む一画に。
俺の取引先と熱狂する群集、
皆がこれから起きることをこの上ないほど興奮しながら待ちわびている。
皆が人間ではないような残酷な眼差しを四角い刑場に注いでいる。
わっ!
10メートルほどの助走をつけた首切り役人が勢い良く、中国の盤刀のような刀でスバっと、罪人の首を切り落としてしまった。
ほんの1秒前まで生きていた罪人の亡骸の周囲は、当然、血まみれだ。
ここは、スークと呼ばれる市場なのに、繁華街なのに、人で混み合う休日の昼下がりなのに、40分ほど前から凄惨な処刑が繰り広げられている。
しかし、それも終わりだ。
斬首はフィナーレなのだ。
大勢の群集の中には子供も若い娘もいる。
それなのに、目の前には切り落とされた首が転がっている。
勢い良く切り落とされたので、身体からかなり離れたところにゴロンと。
ここはどこの国だ?
言えねえよ!
だから、彼の国なのだよ。
日本の商社マンは「東方ブッタ」と言う。
その国さ。
フィリピン人の家政婦が言う事を聞かなかったからと、折檻で五寸釘を額に打ち付けられる。
そんな国。
エジプトの東方にある国。
俺は、今、そんな国にいる。
処刑が終わり、取引先と別れた俺は、公開処刑場がある市場からエチオピア人が運転する社用車で移動して家電の店が軒を連ねる別の市場にやってきた。
社宅にあるパイオニアのプリメインアンプが鳴らなくなったからだ。
もうすぐ正月なのに歌が聞けないのは嫌だ。
テレビを観たってアラビア語なので何が何だかわからない。
だから、ソニーのプリメインアンプを買ったのだ。
買ったのはいいが、まだ釣り銭を受け取っていない。
釣り銭を受け取るところでサラーになってしまった。
サラーとはイスラム教のお祈りのことだ。
イスラム教ではサラーを1日に5回するが、今のサラーはアスルと称される3回目のものだ。
30分ほどの時間をかけて祈りを捧げるのだが、あと10分ほどある。
俺は歩道に立っている。
ソニーのプリメインアンプを持ちながら。
俺以外の人々は皆がひれ伏してお祈りをしている。
俺は祈りを捧げる人々の低い声に包まれている。
皆がひれ伏しているのに俺だけが歩道の脇に立っている。
モスレムなわけはない俺は祈りを捧げないからだ。
俺は、することがないので、釣り銭を受け取るまでの間、両手でプリメインアンプを持ち歩道の脇に立ち尽くしているのだ。
サラーの時間になると、釣り銭がまだであろうが店から追い出される。
店員もサラーをするからだ。
なのに俺だけがモスレムではない。
日本人なのだから当然違う。
だから、俺だけがサラーをしていない。
釣り銭を待つだけなので、することがない。
プリメインアンプを持って立っているしかない。
俺のドライバーも俺の横でサラーをしている。
あーあ、サラーの時間を気にすればよかった。
しかし、今更それを言っても仕方がない。
「サラー!」
大きな声が耳に入った。
その方向に目をやった。
すると、
わ!
宗教警察が俺に近付いてくる。
鞭をビュンビュン振りながら。
俺に何の用だ?
俺が何をした!?
所は中東のとある王国。
時は1983年の12月。
=続く=




