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ききとして舞え  作者: 曖昧簡素
第一章 想う鬼と語る人
9/9

ボロアパートと春の予感









―――――――桜の多い街だと、駅から出て一番に彼は思った。





花びらが舞い、道の端々に薄い色の靄が埃のように溜まっている。遠くの方に見える景色には薄い桃色があちらこちら、浮くように張り付いて見えた。




山に囲まれながらこの絶妙に発展した街が本日より彼、平山明久が大学生活を過ごす舞台となる。




この土地は周りを山で囲われており、高台に一つ大学がある。偏差値も志しも妙に高く、倍率もその数字に近い。外から来る学生達が空気のように循環しており、それによりこの街の経済も回っている。閉鎖的な発展を遂げた、少し風変わりな土地である。



駅から大学までの道は飲み屋やスポーツ用品店、ファーストフード店などが並んでおり、どれもお互いの領地を浸食しないバランスの上に立っている。




彼は眼鏡を押し上げ、地図を確認する。これから大学が管理する寮まで自力で辿り着かねばならない。



この街に学生向けアパートは多いが、明久は敢えて一番ボロいであろう寮を選んだ。ひと月三千円、大浴場と共同トイレ、洗濯機付き。



これだけあれば言うことはなかったし、自分の学費や生活費がどこから金を出されているのか、考えるとあまり贅沢する気にもなれなかったようだった。それに、学校が管理しているのなら、安全なような気がした。



しかし寮は大学からも、駅からも少し遠い。山の麓、下手をすれば中腹になるのでは、と地図を見ながら思う。



キャリーバッグで来たのは不正解だったかもしれなかった。明久は溜息を飲み込み、歩き出す。途中までバスが出ているはずだからだ。



バス停には何人かの若者が並んでおり、時刻表を見ると後十五分程でバスが来るらしい。

明久は最後尾につき、折り畳み式の携帯電話を開く。春に買いかえたばかりのフューチャーホンである。


メールの受信トレイには母親から今どこだ大丈夫か腹は減っていないかと言うような文面が載っており、慣れない手つきで返信をする。


母の方が早いかもしれない。


去年中学生になった妹には「お兄おそーい、おじいちゃんみたい」と言われたのを自分の指先の不自由さで思い出す。



高校から使ってはいるものの、中々慣れないのが現状である。人並みに、友達とメールもするのだが、どうして……などと考えている間にバスが来る。彼は少し電子機器に対して不器用である。


乗り込むと車内には意外と人がおり、座席は七割程度埋まっていた。明久は一番後ろの座席に腰をかけ、息を吐く。


聞き取り辛いアナウンスに耳を傾けながら、メールを打つ。

もう大学の最寄り駅に着いたこと、これからバスで寮へ向かうこと、道中コンビニのおにぎりを食べたこと……彼はとても律儀な性質なのである。バスは走る。彼を乗せて、桜を舞い上がらせながら、時に牽きながら。

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